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静矢零という男について――『逆転裁判5』3話感想

 『逆転検事1&2 御剣セレクション』が今月6日に発売された。そういえば無印~4、検事、大逆、『ゴーストトリック』はプレイしたのに、5~6は未だに手を出していなかったなとふと思い出し、さっそく『王泥喜セレクション』で『5』をプレイしている。

 約10年ぶりに王泥喜と再会、そして成歩堂の復活を目の当たりにした私は、画面の前で思わず身を震わせていた。気づけば真宵ちゃんの年齢を通り越した。それほどの歳月を経ての再会なのだから感動もひとしおだ。あの頃と変わらないスーツ姿、しかしあの頃とは様相が異なる幕開け。はたしてどんな物語を見せてくれるのか。期待を高めながら彼らと共に法廷に繰り出している。

 ということでクリア後にまとめて本作の感想記事を書く――つもりでしたが、3話の"あの男"があまりにも強烈に印象に残った。居ても立ってもいられないので、冷めないうちに感想を書き残しておきます。(※以下、『逆転裁判5』本編のネタバレを含みます。ご注意ください)












何もかもあやふや過ぎる台詞。爆笑した。

 静矢零しずやれい。18歳。全ての試験で100点を叩き出し、模擬裁判では弁護士役を務める。彼はまさに私立テミス法律学園・弁護士クラスを代表する天才――というのは偽りの仮面。実際は25歳。7浪で入学。試験の点数は両親が賄賂を渡していた結果に過ぎない。しかもそれが公にバレたきっかけは、静矢本人が素顔のまま建設業のアルバイトに勤しみ、うっかり写真に映り込んでしまうという大ポカである。……もっとこう、バレないような工事現場を選ぶとか、変装するとかあったろ❗❓

 その経歴が法廷で全て暴露された後は無敵の人と化す。およそ天才とは呼べない、めちゃくちゃな嘘を並べ立てて法廷を引っ掻き回す。模擬裁判に出演していたのは実は替え玉だったなどと言い出し、おかしな発言を追及されれば「クッ! しつこいやつだな! ちょっと待てよ、今考えるから……」と、もはやどこからツッコめばいいのかわからない台詞を口走る。

 これには弁護士側も裁判長も呆れるばかり。夕神検事に至っては、番刑事を連れて散歩に出かけてしまう始末であった……

「オレ、初めてだよ。
こんな投げやりな法廷・・・・。」

 こいつおもろすぎるやろ。トリックスターもといコメディ・リリーフへの思わぬ転身。私のボルテージはグンッと上がった。静矢お前、ただのいけ好かない鞘当て役かと思ったら、逆裁5の矢張枠だったんか。

 しかし、その後のシナリオを読み進めてみると、彼に対する印象は劇的に変わった。この第3話「逆転学園」、静谷零視点で見れば「主人公になれなかった凡才の物語」なのではないか。彼は今話の裏主人公なのではないか、と。


 まず彼の年齢について。第3話時点で25歳。入学時は恐らく22歳。これは王泥喜法介が法廷デビューを飾った年齢である。他の弁護士と比較しても、成歩堂龍一は芸大生でありながら24歳、希月心音に至ってはわずか18歳で初戦だ。紛れもない"天才"たち。そんな彼らに比べると、静矢は出遅れすぎた"凡才"である。

 ひょっとしたら静矢は、伝説の弁護士として語り継がれている成歩堂龍一の年齢と、自分の年齢を比べたことがあったかもしれない。そして彼の両親もまた。あの成歩堂氏は24歳で法廷デビューを果たした。なのに僕は、この子は。何にせよ年齢に関する悩みは絶えず付きまとっていただろう。周囲を見渡せば才能の原石であるうら若き者ばかり。親友の約束を交わした森澄しのぶと厚井知潮は七つも年下である。静矢は終始ニヒルな笑顔を浮かべているが、それは圧倒的にアウェイな環境に置かれたことで卑屈になっていること、そして気丈に振舞っていることの表れであるように、私は思えてならない。

お前は本当は良いやつだって信じてっからなユガミ!

 彼の秘密は最悪の形で暴露されてしまった。夕神検事に机をバンバン叩かれ、嘲笑されながら。神聖なる法廷で。傍聴人の前で。彼のプライドは崩れ去った。あまつさえ、これまでの成績は賄賂を渡していたからであることを知り、電話越しに両親と口論していたところを、よりもよってしのぶに見られていた。「ぼくのすべてがウソだったんだ! だけど、今さら何て言えばいい? 天才でないぼくになんて、何の価値もない。そう、まさに……」

 "100点"続きだと思い込んでいた彼が口にする"0点"。それがどれほど重苦しいものであるか、どれほどの歳月がのしかかったものであるか。想像を絶するほどの苦渋だ。

 しかし、彼はただただヤケクソになって暴走したわけではない。そう、全ては――

「それでも・・・・シノブにだけは、
どうしても償いがしたかったんだ。」

 全ては親友である森澄しのぶを守るために。二人を退学処分にさせないために。殺人犯の汚名を自ら着ようとした。

 全てが"嘘"で塗り固められていた彼は、"嘘"で対抗することを選んだ。「……シノブは無実。それが真実だ。だが、今は法の暗黒時代。真実はユガめられてしまう。手段を選んでなんかいられない。ウソで対抗するしかないんだッ!」。真犯人である一路真二の「手段を選ばない」という教えに従い、戦うことを選んだ。


 静矢零という凡才は、"法の暗黒時代"に、全てをかなぐり捨ててたった一人で立ち向かった。


 それがどれほど愚かな方法であろうとも。"ねつ造"に"ねつ造"で対抗しているのだから、結局は彼自身が暗黒時代の闇に呑み込まれていることになる。審査員席に一路先生がいなかった、ねつ造のテープを渡してきたという事実から、ひょっとしたら真実に勘付くことはできたかもしれない。しかしそうはならなかった。"凡才"である静矢零が取りえる唯一の手段は"嘘"であり、彼はそれを全力で遂行してみせた。

 静矢は"友情の証"を肌身離さず身に付けていた。これは周囲の人間からどう思われるだろうか。7浪したいい歳の大人が、"友情の証"などというごっこ遊びに固執し、失われた青春を必死こいて取り戻そうとしている。そんな風に冷笑的に捉えることだってできる。

「お前たちが忘れても、ぼくは大切に・・・・」

 それでも彼は強い覚悟で愚直に戦い続けた。自分が不義理な人間であるからこそ、たとえ殺人犯の汚名を着てでも。自分がどうなろうとも。たとえ二人が友情の証を忘れていようとも。たった一人で友情を守ろうとした。

 しかし二人は"友情の証"を忘れてなどいなかった。衣服の下につけており、緊張するとこの箇所を触るクセがある。ピンチに陥った時、三人の友情が勇気づけてくれるから(このくだりはみぬきシステムをうまく物語に落とし込んでいて良いですね)。三人の友情は失われていなかった。

「とっくに・・・・失ったと思っていたのに・・・・」

 皺の寄り方。ゴツゴツとした輪郭。どう見ても18歳ではない老け顔だ。天才の仮面が剥がれたその無様な泣き顔からこぼれ落ちたのは、嘘偽りのない純粋な思い。そして彼は自分が殺人犯ではないことを打ち明け、

「正しい手段でぼくの罪を暴き、
真実を見つめ直す機会をくれたんだ。」

 自分とは異なり、正当な手段で真実を暴こうとする希月心音を鼓舞した。この物語の主人公たちにバトンを託したのだ。

 ――それが静矢零という男の物語。審査員席に一路はいなかったという彼の発言がなければ、真実に辿り着くことはできなかっただろう。凡才が泥に塗れながら勝ち取った未来が、今、ここにある。


 閉廷後、私はふと彼の未来に思いを馳せていた。親友のためにここまで尽力できる男だ。どうか別の道で幸福を築いてほしい。たとえ弁護士になることができず、テミス法律学園を去ることになろうとも――

「・・・・・・・・し、しし、シノブ!」
「これからも、今までと変わらない、
・・・・親友でいてくれるか?」

静矢……❗❗
お、お前……❗❗😭

 静矢がしのぶに抱いていのは恋愛感情などではない。自分と対等な人間であってほしい。そんな純粋な願いだった。

世代を超えて"青い弁護士"が肩を並べる。地味ながら名場面。

 そして何より、二人と対等な人間であろうとする意志。彼は成歩堂に師事している。しかもなんと模擬裁判では勝利したのだという。あっ実力はちゃんとあるんだね!? ごめん誤解してたわ……

弁護士の姿か? これが……

 真実にまっすぐ突き進む弁護士・希月心音の勇姿を、法廷で直接見届けた彼のことだ。今後は"法の暗黒時代"に"嘘"や"ねつ造"で対抗することはしないだろう。共に法曹界を守るという親友との約束を果たすため、彼は弁護士としての道を突き進むことを選んだ。後ろめたさや"嘘"がなく、司法に生きる者として公明正大に、二人の本物の親友であるために。聞けば自身の秘密は元から打ち明けるつもりだったのだという。これは彼自身が悩み、迷い、そして決断した結果なのだ。

 ついでに言えば。静矢零(弁護士)が青、厚井知潮(検事)が赤、森澄しのぶが黄というカラーリングは、やはり成歩堂龍一、御剣怜侍、矢張政志に重なる(しのぶちゃんがヤハリなのはなんかちょっと嫌だな)。かつて法廷に名を轟かせた者たちの意志は、新しい世代に脈々と受け継がれている。彼らは必ずや法曹界を担う存在になるだろう。そんな余韻に浸ることができるエピローグでした。


 このエピローグを見届けた私は、静矢零の言動に驚愕すると同時に、敬服していた。というのも、この記事を書いてる私は静矢と同じ二十代後半なのだ。自問してみる。自分は静矢と同じ選択ができるだろうか? 現実にもテミス法律学園が存在しいて、そこに今から入学することになったら、才能の原石に囲まれながら青春を過ごすことができるだろうか? もし静矢と同じ状況に陥り、全てが"嘘"だったとバレてもなお、「親友でいてくれるか?」と言えるだろうか? …………絶対に無理だ。私は卑屈な人間だ。耐えきれない。すぐに逃げ出してしまうだろう。だからこそ、逃げずに戦い続けることを選んだ彼の姿が輝いて見え、背中を押される思いがした。

 主人公になれなかった凡才が、どこまでも無様に抗い続け、そして法の暗黒時代に一"矢"報いた。静矢視点で見ると「逆転学園」はそんな物語として解釈できるのではないだろうか。

「どうせこいつが犯人やろなあ……」と半ば惰性で推理していたけど、豹変後が良すぎて最高でした。

 以上、長くなりましたが、「逆転学園」の感想、というより静矢零に狂わされたオタクの妄言でした。尺の都合もあるでしょうからさっぱりと描かれていますが、行間を読むと彼の様々な葛藤や思いの強さが垣間見れる。トリックについては若干グダってる感じがしますが、プロットそのものは青春ミステリとして真っ当に面白かったです。何となく『5』に手を出さないまま10年という期間が過ぎてしまいましたが、むしろこの歳だからこそ、この男に深く共感することができた。ありがとう逆転裁判。中学ん時とは違う感動を味合わせてくれて。

 もし『6』以降の新作や新シリーズが開廷したら、弁護士になった彼の姿をちょい役でもいいから見てみたいですね。闇落ちしかけている人間にそっと寄り添って、「僕も"法の暗黒時代"に呑まれたことがあった」「でもそこから救ってくれた人たちがいたんだ」なんてことを言ってくれたら嬉しい。まあこれはオタクの戯言ということで。妄想で留めておきます。


 …………さてと。それではさっそく4話を始めることにしよう。静矢零。たとえ主人公になれずとも、愚直に戦い抜いたこの男の勇姿を胸に刻みながら、私は正当な手段で"法の暗黒時代"に立ち向かって――ん?






お、お前❗❗❗❗
CV:中村悠一かよ❗❓
やっぱ主人公格じゃねえか❗❗❗❗