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イヤなことはしなくていいんだね(ふりかえり卵巣がん日記 #55)

がん相談支援センターのCさんと話せたことで「抗がん剤治療を選んでOK」の気持ちに戻ることができ、そこからは迷うことなく抗がん剤治療を進めました。

最初の抗がん剤投薬(入院)はもう10日後。いろいろ準備しなきゃね...私は腹が据わりさえすれば、準備そのものは大得意。手術入院の時と同様、張り切って進めました。まずは支援センターから戻るとすぐ、入院までの間にやることをリストアップしました。治療のために中断することは?そのための準備は?仕事先にもまた連絡しなければ、そしてウィッグの用意もしておこう...などなど。

やっと辞められる!

さて、ToDoリストのトップ項目は「非常勤講師をしていた学校を辞める」でした。当時私は本業のイラストレーターの他に、美術系の専門学校でイラストの講師を週1でやっていました。

治療中に通勤はできるもんなんでしょうか?ーこれをA先生に質問したら、「それは難しいかも」との返答でした。(くわしくは「ふりかえり日記#48」に)じつはこの時から心の中でガッツポーズをしていたくらい、私は非常勤講師の仕事をずーっと辞めたいと思ってたんです。それなのに、気づけば勤続15年。

えーっと...ちょっとここから脱線します。「せんせーマター」を振り返ってグチグチと喋りますが...そうそう、嫌ならさっさと辞めればいいじゃんって話ですよね。でも、そうできないのが私の性格。つまり何事にも「べき」を優先しがち、なんです。



講師を始めたきっかけは「ウチで講師やりませんか?」とある学校からスカウトされたこと。子供の頃から「どんな仕事をやるとしてもせんせーだけは絶対ムリ!」と思ってたくらい、先生、教師という存在そのものも毛嫌いしてた私ですが、必死で生活を立て直そうとしていた時期(本業のイラストレーター収入が少なかった)だったので、普通のバイトに比べたら遥かに報酬の高い講師仕事はありがたかったんですよね。背に腹は変えられぬ...生活のために、お金のためにと思い切って引き受けました。

さぁ、そこからがタイヘン、何をどう教えたらいいの?のオロオロ状態(ああ、思い出すだでも胃がキリキリ痛い)から頑張って、それなりに成果を挙げられるようになり、そこそこ生徒からも好かれるせんせーになれた(自画自賛)んですが...ずっと「自分に向いてないことを無理してやってるなぁ」という思いが消えることはありませんでした。


やがて、だんだんイラストの収入も増えてきて...「じゃあ、もう辞めたら?」なんですが、それができないのは「不安定なフリーランスなんだから、何かひとつくらいしっかりした副収入の道を確保しておくべき」の思いがあったから。イヤなことはやらなくていい!とスッパリ断ち切れないタチなんですね。「あーあ、なんだかんだ定年まで、私はやり続けるのかなぁ...」そう思うとドンヨリ。でも仕方ない、とあきらめていました。

そこに抗がん剤治療です。これで辞めることへの大義名分、自分への立派な言い訳ができたわけです。あぁ、がんのおかげでやっと辞められる!...こう言っちゃナンですけど、この嬉しさは格別でした。



こう言っちゃナンですけど、とつい断りを入れちゃうように、なんとなく「病気のせいにしたらいけない、病気に甘えちゃいけない」みたいな刷り込みが私にはありました。病気だからとあきらめずに続けることが崇高、みたいなね。
でも、「そんなふうに思わなくていいんだよ」と教えてくれたのが『サイモントン療法ー治癒に導くがんのイメージ療法』という本でした。がんをどう捉えたらいいのかな?と数冊読んだ本の中でも、とてもためになった本です。

「控えおろう〜!」

サイモントン療法は、がんの心理療法のひとつであり、心理社会腫瘍学のカール・サイモントン博士が開発したものです。
「イメージ療法?瞑想のCD付き?なんか怪しい?」と胡散臭く感じてしまいそうですが、「イメージやスピリチュアリティの見直しでがんが治る」などと主張してるわけではありません。(私はスピリチュアル偏重のアプローチはまず疑ってかかるほうです。)

化学療法などの西洋医学も否定せず「身体面の病気の消失はそこに任せるとしても、それ以外のところ、たとえば〈精神・心理面、社会面、スピリチュアリティー〉などは自分自身で改善できるよね」という考え方なんですね。つまり、治療を助ける方法のひとつとして、がんの捉え方や、自分自身への思い込み、こういうのを変えてみたら?という提案がされています。これが穏やかで説得力があり、とても納得させらました。(あ、この先もこの本の話が続きますが、私はもちろん回し者とかじゃないですよ、ただの一読者です。)

なかでも繰り返される「がんは《恵み》である」の考え方には目から鱗が落ちまくりでした。「がんは恐ろしい敵ではなく、寄り添って大事なことを伝えてくれている」本から受け取るそんなイメージはとても新鮮で、心からほっとしました。

例えばその恵みのひとつとして「嫌な仕事をやめる」こともあるとーそう書かれてあるのを読み、辞めることを喜ぶ気持ちに少し後ろめたさがあった私は「そう思っていいんだ!」と背中を押されたように感じました。

他にも、こんな一文もありました。

私が日々患者にお伝えしているのは、がんは「水戸黄門の印籠」のようなものということです。いったんこのがんという印籠を出すと、「控えおろう」と言わんがごとく、周囲が「ははぁ、仰せのとおりに」とひれ伏してくれるのです。この印籠とも免罪符とも言えるがんは、自分を本来の姿に引き戻しやすくする機会を提供しています。

衝撃でした。いちばんやっちゃいけないと思っていた「がんを盾にして、自分の都合を通す」がOKだなんて。え、いいの?!...ほんとに?
それくらい「がん患者は〈自分を大事にすること〉をやってね」っていう考え方なんですね。あぁ、なんて優しい、心強いメッセージなんでしょう。

おかげで、それを実行に移して堂々と「私、がんになったので。学校辞めさせてください」を言うことができました。支援センターから帰宅してすぐに学科長に連絡を取り、後日学校に面談に行ったところ、すんなりと話は通じ(なんたって「がん」ですから)「まずはお体を第一に」と丁重に送り出してもらえました。

この帰り道はスキップしたいくらいで「もう二度とこの町に来る必要も無いんだ!」と思っても溢れ出る嬉しさ(東京郊外までの通勤時間も長かったよ...)お世話になっておきながら失礼千万なのですが...それを承知で言わせていただきます。「あー!せいせいした!」



長年の鬱積が一掃された気分でした。(いや、その場に居続けることを選んだのは私だし、誰に頼まれたわけでもなく勝手に辛くなってただけなんですけどね)「ドクター・サイモントン、ありがとう!がんの恩恵が今、私に降り注いでます!」そう叫びたいくらいでした。

あーまた長くなっちゃいました。次回はもうひとつの解放ネタ、髪とウィッグの話をします。(つづく)


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