あの日泳いだ川の名前を僕達はまだ知らない
写真は秋の空ですが夏の話です。
そして川の名前は知っています。
金曜
暑い日。営業を終えた僕は事務所へ戻る前に海へと向かっていた。河口にある緑地。お気に入りの場所。水平線まで見えるし、トイレや東屋があるので外回りの営業マンなんかがその緑地でよく休んでいる。僕もだいたいその1人だ。天気が良い日の夕方、ボーッとしながら海を眺め、磯臭さを鼻腔に送り込みたい。僕のデスクで待ち受けてる書類と伝票の山を頭の片隅から叩き出すにはこういう時間が必要である。なんて宣ってるけど結局はサボりたいだけである。いいじゃない。今日の外回りは終わったんです。
ドクペ買いました。
途中、100円ショップに立ち寄った。今日は暑すぎる。夏場、「東京のモンは最高気温38度とか大変やなぁ。こちとら涼しい東北の民で良かったでホンマ!カッカッカッ!」なんて具合に夏の涼しさで東京都民にマウントを取れるのに、昨今の暑さときたら東京と大差なんじゃないか。夏は暑くて冬は寒い、なんて最早どこの都道府県にも勝てない。そもそも勝つ必要は無い。
ぶん殴ったら冷える冷却材と炭酸飲料を持ってレジに並ぶと、前に並ぶ男子高校生3人がそれぞれ水中眼鏡を購入しているところだった。水泳の授業で使うのだろうかと思ったが、買った水中眼鏡は素潜りとかで使うタイプのヤツだ。流石に学校のプール如きで素潜り眼鏡は使わんだろう。居たとしたらその子は恐らく海女だ。少なくとも僕の周りには海女はいなかった。とすると遊びで使うのか?これから磯遊びでもやるのかな?なんて事を考えながら高校生達を見ていると、背の高い1人が「お?眼鏡野郎が何見てんだよコラ」と言わんばかりの顔を向けてきた。ファーストチョイスが「睨む」かよ。最近の学生恐っ。恐いので視線を外しそそくさと車へ戻った。
緑地
緑地の駐車場に車を停め、立ち上がって大きく伸びる。腰が痛い。レジ袋を携えて東屋に向かう。先客はゼロ。やったぜ。ぶん殴った冷却材をうなじに当て、一服する。風がないので、控えめな波の音が微かに聞こえる。事務所に戻りたくない。このまま安いビジネスホテルを取って、取引先の近くにあるオンボロの焼き鳥屋で一杯やりたい。余りにもボロボロで、かろうじて店名が読みとれる暖簾のあの店、一度は行きたいぜ。
当然そんなことが許される役職でないので、煙とデカいため息を吐き出しながらしばらく海を眺める。1本吸い終わる頃、学生が3人、自転車を漕いで緑地にやって来た。あ、さっきの男子学生じゃん。やはりここで磯遊びか。ここの緑地は低い堤防を越えると小さな磯になっていて、そこから右にずれると防波堤に登れるようになっている。きっとそこから海へ飛び込んだりするんだろう。先日もそういった遊びをしている集団を見かけている。いいなぁ。僕も飛び込みたい。でもスーツ姿が革靴を脱いで飛び込む光景はダメだな。自殺と捉えられかねない。やめよう。
ワイルド3人組
男子学生達も僕に気づいて、「あ、さっきの100均の~」なんて話している。めちゃくちゃ聞こえる声で話すじゃん。恐いモン無しかよ。それぞれの自転車カゴの中に先ほどの店のレジ袋と、何やら細長い棒が突っ込まれている。銛だ。三つ又の銛が刺さっている。まさか潜るのか。これから。磯遊びじゃなくて素潜りをやるのか。すげぇ~。夏休みに銛持って素潜りかよ。もう30近くの僕には到底真似できない度胸とバイタリティが彼らにはあるんだろうな。恐れ入るわ。
僕からそれほど遠くない場所に自転車を停めて、学生達がガサガサ袋をあさり準備を始める。そんな彼らをどうしても見てしまう。すると黒く日に焼けた1人とバッチリ目が合ってしまった。ジロジロ見るのは流石にマズいな。事案が成立してしまう。何かアクションを起こさなければ。ちょっとヤンチャな雰囲気の男子学生。恐っ。しかしこっちのほうが年上だ。何をビビる事がある。今の僕に出せる最大の大人感を演出しながら、これから潜るのかと声を掛けてみた。「はい!何か捕れるかなって思って!」めちゃくちゃ好青年じゃん。素晴らしい返事だ。白い歯が眩しいぞ。
どうやら本当に潜るらしい。水着は用意してるのかと尋ねてみると、「パンツ履いてるから大丈夫です!」とこれまた若い返答が帰ってきた。帰りの事はその時考えよう!という気概か。つくづく素晴らしい。もう僕は到底真似できないなぁ。海で泳ぐ事のハードルが高くなってしまった。いやそもそも随分泳いで無いわ。中2の海水浴が最後か?あれ?今の僕ってまだ泳げるのか?自信がない。今後海に近づくのは控えよう。
secret base ~君がぬいだもの~
いそいそと制服を脱ぎ捨てる彼らを見て、そういえば、と昔の記憶が蘇った。小学5・6年生の頃だったか、夏の放課後、彼らと同じようにあの頃の僕達も、パンツ1丁で川遊びをしていた。近所にある小さい川。ランドセルを川岸に放り投げて、スーパーで買った安い水中メガネを交代で使いながら、唇が紫になるまで遊んでいたな。短い橋の下は深くなっていて、まぁ問題無いだろうと飛び込んだら足を捻った事も、ずぶ濡れになったパンツの上からそのままズボンを履いて帰っていたもんだから、母に「漏らしたのか!」なんて冤罪をかけられていた事もいい思い出だ。
あぁ、懐かしいな。今の僕達が、あの川で遊ぶ僕達を見れば、どんな事を思うんだろうか。きっと海の彼らを見た時と同じように、昔と今の差に一抹の寂しさを覚えるのか。それとも、「おい!パンツ脱げばズボン濡れないし怒られないじゃん!」とフルチンで遊ぶクソガキ共にゲラゲラ笑うのだろうか。
いやどっちでもないわ。恥じるわ、己を。
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