見出し画像

どうしても生きたいと願う人、どうしても死にたいと願う人、人って悲しい生き物だね。

 8
 ある雨の降る夜、大通り沿いを傘も差さず酒を飲んで良い気分で帰宅途中の男性が一人歩いて居た。かなり飲んだのか、足元はふら付き今にも倒れそうである。

するとその男は大通りを渡ろうとしたのか、進行方向の向きを変えた。その瞬間、男は躓いた様に大通り目掛けて倒れ込んで行った。
信号機は赤色が点灯して居た。見事に男は雨の降りしきる中車に轢かれ即死、警察は「お酒に酔って、謝って大通りに侵入し転び、走って来る車もいきなりの事で交しきれず、侵入して来た男を、引き殺してしまった」と言う事で納まった。年齢46歳、六人家族で妻と子供が4人の最近では珍しい、大家族である。

ただこの家族、幸せを絵に描いた家族とは程遠い家族で、無くなった亭主は毎晩のように酒を飲み、酔っぱらって帰って来ては、家族に対して殴る、蹴るの、暴力を振るい、大声で怒鳴り散らすと言った具合に、とても家族の手に負えず近所の人の通報で、警察が駆けつけ止めに入る事は毎回の事だった。
そんな事もあって先祖代々住み続けて来たこの家は、回り近所から後ろ指を差され、とてもこの土地に止まる事が出来ない状態で住み慣れた家を手放さなければ成らなかった。
ちなみに亡くなった亭主は婿養子で結婚した当初は愛想も良く、良く働くと評判の亭主だったのだが、ある日突然、二十年以上勤めた会社が倒産し、職を失ってしまった。
その後は就職活動をするが、なかなか40歳過ぎたオヤジを使ってくれる会社など無く、一家全員いきなり路頭に迷い掛けた時、そんな亭主を拾ってくれたのが今の会社であった。
男は全く畑違いの営業の仕事ではあったが、毎日一生懸命に働き、何時も足が棒に成る位、客先を回った。毎日、毎日、来る日も来る日も、汗だくに成りながら御客に頭を下げて回った。だが思うような結果は出なかった。
一生懸命に遣れば遣るほど、御客からはソッポを向かれ会社からは、毎日小言を言われ、周りの社員も最初は「少しずつ遣れば良いよ」と優しい言葉を掛けてくれたが、入社から2年が過ぎようとした頃には、誰も優しい言葉どころか、口も効いて暮れない状況だった。
その頃から男は家に帰ると荒れだした。男はまじめ過ぎて、八方塞に成り何を如何すれば良いのかも判らず、暗闇を一人彷徨って居た。もがき苦しみながら、歩いても、歩いても出口の見えてこない暗闇を一人歩き苦しんで居た。そんな亭主を見て妻は、何度も、何度も「会社辞めたら、もっと楽な仕事をすれば、自分に合った仕事を探せば良いじゃない」と問いかけたが、逆に、その優しさが裏目に成って男は止める事が出来なかった。
そして何時の間にか自分を見失って居た。
男は気が付くと、自分の中に、死んでしまいたいと思って居る、自分がいる事に気が付いた。そしてそれを妻に打ち明けた。
「死んでしまいたいんだ。お前たちにもこれ以上迷惑を掛けたくない。悪いがそうさせてくれ」と言ったが、泣きながら妻は「お願いだから死なないで」と言いすがった。
男はそんな妻を振り切り、家を飛び出し自殺を試みるが、いざ死のうと思うと、自分で自らの命を絶つ事など出来ず、自殺する勇気も無い自分を蔑みながらも哀れに思った。
だがこのまま恥を晒しながら、生き続ける事も出来ず、自分で死ぬ事が出来ないならいっその事誰かに殺して貰おうと考え、そして今回の事件が起きたのだった。
事故現場の隅には花が供えられていた。
その横に手を合せながら静かに佇む淋しげな男が立って居た。雨の降りしきる中、ずぶ濡れになり供えられた花束を見つめているのである。その男こそが生まれ変わった崎森昭二であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?