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人との出会いとは当たり前のように思えて奇跡のようなもの、だからこそ大切にするべきだと思います。あなたは恋してますか? 「デパート恋物語」 8/14

      デパート恋物語

「おはようございます。今週末、2日間、御世話になります沖田です。宜しくお願いします」
「あっ、こちらこそ――、よろしく……、店長の徳田です……」
俺は千葉の三恋百貨店に出店している、中華惣菜店で店長を任されている。
まぁ店長と言っても社員は俺一人、後はパートのおばちゃん二人で廻す、六尺売台二本の小さな店だ。
その店のパートの一人の大竹さんが、先月ご主人の転勤の関係で辞めた為、ここ三週間ばかり、マネキン会社に応援を頼んで週末だけ手伝って貰っていたのであった。
しかし日当が高いわりに、仕事の出来はサッパリなマネキンばかりで、パートの牧さんは最近ウンザリとした顔を、俺に向けて来るのである。
「店長、ここのマネキン会社代えたら、まともに仕事のできる奴が来た例しがないじゃない。挙げ句の果てには、結局全部こっちでやらなきゃいけなくなっちゃってさぁ……、人件費の無駄!」
「そうだなぁ、俺もここまで酷いとは思わなかったよ。しかも、とっかえ、ひっかえ、毎回、違う人間よこしやがってぇ、お陰でこっちは新しい奴が来るたびに、毎回同じ事教えなきゃならないし、二度手間三度手間もイイとこだよな!」
「そうだよぉ~、家の店がなんで使えないマネキン会社に貢がなきゃいけないのよぉ。どうせ店長の事だから、係長にここのマネキン会社試しに使ってやってくれ、なんて頼まれたんだろう?そんでもって断り切れなかったんでしょう……」
「まぁ、そんな処だよ……」と答えると牧さんは、げんなりとした顔で溜息を一つ吐き、俺に背を向けた。
まぁ何処の百貨店でもよくある話だが、俗に言う袖の下を使って入り込んで来る業者で、フロアーの課長、係長を通して各店舗に口を訊いてもらい流れ込んで来るのだが、これが普通に働いてくれればいいのだが、なかなかその普通って人が、今の世の中にはいない。
スポットでしか入らない事をいい事に、客と揉めたり、ボーっと突っ立ったまんまで、挨拶一つ出来なかったり、少しましだなぁと思うと、店の商品に手を付ける者や、酷い奴は売上を抜く奴もいる。
そうなると厄介で、毎日最後の集計が合わなくなり、中央レジが閉められず大目玉を食う羽目になる。
まぁ百貨店なんて処は、店の数以上に多くの人間が出入りする処だから、その分色んな人間の人となりを目にする事になる。
毎日売り上げ目標と戦いながらも、守銭奴の様に売上に目を光らせ、余計な気を揉みながら一日を終える。すると職場を離れ、フッと我に帰った時に、自分が人間不信に陥っている事に気付く。
俺は本意ではないが、今回は係長から紹介された派遣会社を断ろうかと思っていた。
だが、今日に限って、まるで神様が俺の心の中を見透かしていたかのように、何時もとは全く違う別人がやって来た。
俺は余りにも予想とは違う女性を前に、ボーっと突っ立ったまま、鳩が豆鉄砲でも食らったかの様な表情で、どもりながらどうにか挨拶をしたのだった。
一見、清楚で物静か、清潔感漂い、いかにも私、成績優秀でした。というオーラが溢れ出ている女性で、今まで派遣されて来た、間の抜けた感じのギャル、という雰囲気では決してない。
彼女は俺を見ながらエプロンを頭からかぶり、三角巾を頭に巻くと、自分を見ている俺に首を傾げるしぐさをして次の言葉を待っている様だった。
俺は、何時も牧さんに頼んでマネキンに作業内容を教えてもらうのだが、今回は久しぶりに自ら、その役目をかって出た。
売台横で惣菜のパック詰めを作る牧さんが、また悪い癖が始まった。と言わんばかりの表情で様子を伺っている。
そんな事は一切、御構い無しに俺は、親切丁寧に作業説明を続ける。
実は俺、昔から学歴コンプレックスを持っていて、大学卒で、お嬢様風、賢そうな女性にめっぽう弱い、と言うよりもタイプ、と言った方が正しいだろう。
そして直ぐに仕事が終わった後、食事に誘うお調子者、軽い奴、大の女好き、と全てに当てはまる俗に言う女誑しである。
早速俺は、彼女のプライベートを質問しまくったが、彼女は澄ました顔で俺の話しを聞くと、嫌な顔一つせず、質問に答えてくれた。
富山県出身で神戸外語大を卒業後、地元の銀行に就職したが銀行マンが肌に合わず退職したそうだが、その後就職する事無く、パートの様な仕事を掛け持ちしながら転々としいたが、ここ半年位はマネキンをやりながら、家庭教師を日に二時間余り週五日やりながら生計を立てているそうだ。
それゆえに彼女は仕事慣れというか、呑み込みが早いというか、とにかく今迄のマネキンとは頭の出来も違うようで、教えた仕事は一発で覚え、直ぐに手際よくこなしてくれた。これには牧さんも驚き「店長この人凄いね、いるんだねぇこんな人がマネキン会社にも、家で働いてくれたらどれだけ楽かぁ。ウ~ン、イイなぁ~」
「…………」

そうとう牧さんはお気に入りの様子だ、もしくは相当疲れているかだろう。返す言葉の見つからない俺にも、しみじみと想いが伝わって来た。そして、今し方までこの女誑しがという目で見ていたのに、「店長、今晩仕事が終わってから、彼女を食事に誘いなよ。そんでもってさぁ、マネキンなんか辞めて家の店で働いてくれって、お願いしなよ。言いずらかったら私も一緒に行って頼んであげるからさぁ、ねっ!」と真面目に訴えて来る。
 どうやら牧さんには、店のパート作業を一人でこなす事が相当キツイようだ。そうなると俺は、態々食事に誘ってまでお願いする程の事でもないような気がしてきて、気乗りがしないのである。
「う~ん、どうしたもんかなぁ」
「どうしたもんかなぁじゃなくてぇ、何時もの調子でいっちゃいなよ。だけどやった後、直ぐにポイしちゃ駄目だよ。ちゃんと上手に言って店を手伝って貰わないと――」
そんな話を聞いた俺は、なんで俺がこの婆さんの誘いに乗ってホイホイと言い成りになり、店の手伝いに来たマネキンに手を着けなきゃいけないんだ、ダメだった時の気まずさを想うと、余計に彼女への俺の気持ちは冷めていった。
「あっ、みんなお疲れちゃ~ン、さぁ沖田さん行こうかぁ」と隣近所の店の店員さん達に挨拶すると、「店長も早く着換えて、通用門前に集合ね。それからお金下ろして来ただろうね。気前よく今日はパッと飲み代の方は払ってよ。こんな美人が一緒なんだからねぇ」
彼女はそんな牧さんの隣で愛想笑いを浮かべている。牧さんだけは間違いなく行く気満々で意気込みの程がこんこんと伝わって来た。
(困ったもんだなぁ牧さんにも、しかしどうしたもんかなぁ……)

続く

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