あなたの昔愛した人が他の人と一緒にいたらあなたはどんな思いでその人を見ますか?そして自分の中に湧きだした想いにどう向かいますか?

次の日の夕方、俺は仕事を早めに切り上げ、家族の住む家へと足を向けた。上尾駅を降りて昔は駅までの道のりは自転車に乗っての通勤だったが、今日は家の近所まで杖を突きながら歩いて向かった。随分と久しぶりの道のりに、懐かしさを感じた。
俺の頭の中でどんどん時間が巻き戻されて行く、家の近くまで来ると、妻が当時小学生だった子供達と一緒に手を振り迎えてくれた事を思い出した。
「お帰り、パパ~」
「ただいま、二人とも宿題は終わったかなぁ――」
「終ったよ。ねぇ」
「うん、終ったよ」
夕日の赤がやけに眩しく目に沁みて、心がギュッと締め付けられた。
ふっと視線を前にやると、中学になった娘が友達と横並びになって歩いている。
俺は一瞬、何故か身を隠さなければと、娘に背を向け電柱の陰に身を隠した。
(何やってんだ――、俺は?)
俺は後を追った。特に何をする気もないのだが、久しぶりの娘の姿が妙に眩しく、愛しく感じた。娘は友達と別れて、夕日の坂道をトボトボと一人歩きながら家へと向かって歩いている。声を掛けたくてしょうがない自分と、それを阻止する自分が入り交っていた。やがて娘は自宅へ着くと、郵便ポストの中を探り、家の中へと入って行った。俺はしばし玄関先を通り過ぎた脇に有る電柱の陰から家をみまもっていた。
辺りは残った夕日と、夕日を追って来た夜の闇とが混じり合い、空には夕星が輝きだしていた。腕時計の時間は19時を回ろうとしている。俺はそろそろ帰ろうとした時、家の前に車が一台止まり、助手席のドアが開きそこからなんとスーツ姿の妻が降りて来た。
「どうも有難うございます」
「じゃぁ、また明日ね――」
「ハイ、お疲れ様です」
俺は目を疑った。
「嘘だろう、何で……」
心のどの部分に有ったのか分からない、愛情、信頼、思い出、色んな物が色褪せれていき、何かとても大切に感じていた物が消えて無くなった気がした。
俺はどの位の時間、ボーっと立ち尽くしていたのかは分からないが、気が付いた時には完全に日は暮れて辺りは暗くなっていた。

   *

隣の親子と暮しだして一カ月位が過ぎた週末のある日の事、大家が隣の家の件で家を訪ねてきた。「あ、お休みの日に申し訳ありません。ちょっとお聞きしたい事があって……、坂崎さん、お隣さんは家に帰って来てますか?」俺はどう答えるべきか一瞬迷ったが、何者か分からない追手が大家の処にも何だかの手を使って訊ねて来ている事は間違いないと思い、俺は「いやぁ、どうだろうかぁ、そう言われてみれば物音一つしないねぇ、帰って来てないんじゃないですかねぇ――」と惚けた。勿論親子二人は、奥の部屋の押し入れに隠れていた。
俺は胆をつぶしたが、大家は俺の話しに不審を抱く事無く、帰って行った。
「スミマセン、ワタシタチノタメニ」
「あぁ、気にしなくてイイよ。困った時はお互い様だから……」と言いながら俺はこのままでは何時か見つかる、どうにかしなくてはと思った。
そして女に少しは事情を聞いた方がいいと思い、遠まわしに何で追われだしたのか、そして亭主は何処へ行ってしまったのか、俺は女を見詰めて少し困った表情を浮かべ事情を聞くと、流石に女も迷惑かけて申し訳ないと思ったのか、もしくは多少は俺を信じてくれたのか、どちらかは分からなかったが、少しずつだが女は事情を話してくれた。
この家族は生まれたばかりの赤子を連れて、日本にいる友達を頼り観光ビザで入国し、そのまま組織のナイトクラブで、ボーイとホステスとして働きだし、親子三人で暮しだした。しかし毎月毎月幾ら働いても店からは、子供の託児所代とマンションの家賃、光熱費と何だかんだ理由を付けて、殆ど給料を払って貰えなかった。最初は辛抱して頑張っていたのだが、子供のミルク代やおむつ代、病院へ連れて行くのも普通の病院へ連れて行く訳にも行かず、裏口から入れてくれる町医者の処へ行けば通常の倍以上料金を取られる。困り果てて友達に相談したが、友達も言葉を濁すだけで何の力にもなってくれなかったらしい。
それに溜まりかねた亭主はここを逃げ出し国へ帰る事を決めたらしい。
そして店が休みの日の晩に、一人で出かけてゆき何処から工面したのかは判らないが、百三十万円と言う大金を手にして帰って来たという。
しかしその後、直ぐに組織の人間が亭主の後を追って家にやって来て、押し問答をしている最中に隙を見て、亭主は一人で逃げ出し、それを見て残された女は子供を抱え、男達が亭主の後を追って部屋を出て行った隙に、俺の家に飛び込んで来て助けを求めたと言う事だった。

続く

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