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恋は毎日の日常に沢山潜んでいます。でも上手くいくかいかないかはタイミング次第、たいがいはタイミングが合わずそのまま何も無かったかのように通り過ぎていきます。さぁ、今日はどうかなぁ、恋の花は咲くのかなぁ・・・・・・8/15「デパート恋物語」

俺の気持ちはどっちにしようか迷っていたが、こうなったら行くだけいってみようと思い、居酒屋恋模様の暖簾をくぐり席に着くと、ノリノリの牧さんと、少し縁了気味の彼女と三人で生ビールで先ずは乾杯した。仕事の後の喉の渇きを取るのには、生ビールが一番で、いっきに生ビールを飲み干した。
その後、俺の大好きなレモンサワーを飲む頃には、気分よく牧さんの思惑にのっかっていた。
牧さんの強いプッシュもあり、彼女も一先ずは、家の店でバイトしてほしいという願い事を快く了解してくれた。
その後牧さんは、彼女にはいい返事がもらえたという事で、ニコニコしながら座敷に敷かれた座布団の上に、ちょこんと座って、手酌で冷酒をやり始めるのであった。
俺達三人は心地よい程に飲み上げ、十一時頃にはイイ気分で店を出た。イイ気分の牧さんは、首がゆらゆらと揺れ、体中を冷酒の酔いが覆い、いい塩梅になっている。
俺も結構酔いもまわり、気分良く二人にそろそろ帰ろうか、と言いながら、三人横並びになり歩き始めた。すると牧さんが一瞬、横目で俺を見た様な、見てない様な素振の後、何時もは電車で帰るのに「私は最終の市バスで帰るからさぁ、後は二人でごゆっくり……クッ――、お疲れちゃ~ン」と言ってなにか良い事でも有ったかのように薄ら笑いを浮かべ、一人ウキウキしながら、人気の少なくなった大通りをスキップの様な小走りで帰っていった。
残された俺達二人は、牧さんの余りにも露骨に言った「後は二人でごゆっくり……、クッ――」の一言に呆気に取られてしまい、ポカ~ンと口を開けたまま、牧さんの後ろ姿を目で追いながら立ち尽くした。
フッと我に返った俺達は、お陰で心落ち着かず、互によそよそしい雰囲気で「それじゃ~ぁ、また明日……」
「…………」と、別れ帰ってしまった。
翌日、開店一時間前に出勤してきた牧さんは俺に体を擦り寄せる様にして、ニタニタと笑みを浮かべながら「おはようさん……」と挨拶をしてきた。
牧さんの顔には、あの後の事を聞かせろと書いてあるが、俺は気付かぬふりで「おはよう」とひと言だけ返した。
その俺の様子に牧さんは、口を尖らせ、流し眼で俺を見ながら踵を返した。その姿に申し訳ない気もしたが、特に何があった訳でもなく、変な想像をされるのが嫌で、素っ気の無い態度をとったのだが、流石に牧さんには何も無くても話さなくてはなぁ、という気持ちが湧いてきた。
となると彼女が来る前に話して置くべきだと思い。売台を拭き終った牧さんに厨房の中から手招きした。
すると牧さんは一瞬動きを止めると、俺を見詰め返し、零れんばかりの笑顔を浮かべながら、俺の横へとやって来て「それでぇ、どうだったの?」とまるで宝くじの当たり外れを聞くかの如く、嬉しそうに耳を澄ませたが、ありのままを話すとフーっと、深い溜息を一つ吐き、何も言わず朝の作業を始めだした。
その姿を見た俺は、還暦を目の前にしたおばちゃんには、どうでもいい人の恋路も楽しみの一つなんだなぁと感じ、余程ドラマの様なワクワクする様な展開を、期待していたのだなぁ、と思うと、何故か子供の頃テストで百点を取って、母親を喜ばしてやろうという様な気持になり、今度こそは牧さんの為に一つ、頑張ってやらなくては、という想いが湧いて来た。
そして開店一時間前になり、彼女が出勤して来た。店は開店前の最後の追い込みに掛かり、何処の店にも忙しく動き回る売り子さん達が、忙しく自分の売り場を整えていた。
それもその筈、今日は月に一度の大売り出しの日曜日で、大チラシが入る為、開店と同時に、お客様が雪崩のようにながれ込み、来店する事は判っているからである。
売台の中には出来たての中華惣菜が並び、ガラスケースの上には、特売品のパック詰めが山の様に重ねられ、牧さんの気合の入り方も何時もとはまるで違い、隣近所の店に遅れを取ってわならないと躍起になっている。
そして開店、「いらっしゃいませ」と至る所から聞こえだすと、家の店先にもお客様が列をなした。
今日の家の目玉商品は当店一押しのプチ豚饅で、神戸の中華街では押すな押すなの大人気商品である。
通常一個百円が、二割引きの八十円となっている為、売れるは売れる、あっという間に蒸し機の中は空っぽで、蒸すのが間に合わなくなり、列がドンドン延びていった。それを見て待ちくたびれたお客達は、しょうがなしにチルド状態のモノを買い求めて帰って行く始末だった。
「店長、ヤバいよ。もうチルドの方も無くなっちゃうよ」
「えぇ、マジかよぉ……」
それでもチルドのパック詰めも昼前には売り切れてしまった。
そこへたまたま通り掛かった食品部長がそれを見て「欠品は駄目ですよ」と注意を受ける始末だったが、無い袖は振れぬで、どうする事も出来ない。
その後も口八丁、手八丁で他の商品を売りさばいていた牧さんも、昼を廻り流石に疲れたとみえ、午後一時半を回った処で「牧さん、喜座衛門へいくかい?」と声を掛けると、返事を返すでもなく、無言のままに頷くと、一人手さげを掴み、重い体を引き摺る様にして去ろうとする。それを呼び止め、こんな事になるだろうと思い、開店前に作っておいたまかない用のチキン竜田丼を二つ手渡し、「冷めていても美味しいから、二人一緒に休憩どうぞ!」というと、牧さんの表情は一変し、茶目っ気いっぱいの笑顔に戻り「だから店長って大好き!」と一言いうと、彼女を引き連れると、二人仲良く休憩へとスタスタ行ってしまった。
俺は客足の落ち着いた店の番をしながら、夕方の特売セットの準備に取り掛かった。
そこへ中央レジの小坂さんが今日の売り上げの途中経過を届けてくれた。
「今日は流石に何処もいいみたいだよ。
店長の処も何時もの三倍だもんね。今日は打ち上げ行くの?行くなら連れててね・・・・・・」とうっとりとした微笑みを向けると、「じゃぁね……」と微笑みながら行ってしまった。
実は小坂さんとは、何度となく仕事帰りに飲みに行く仲で、お互いに後腐れの無い男女の仲を望む者同士、割りきった付き合いをしているのであった。
この事は牧さんには言っていないが、気付いているかもしれない。そうこうしてる中に牧さんと彼女が休憩から帰って来た。
「御先でした。美味しかったァ、甘酢のタレがイイのよねぇ、最高!また作ってねぇ」と何時も嘘でもそう言ってくれる牧さんは、江戸っ子で少し口は悪いが、気遣いの人である。疲れ果てていた彼女も、息を吹き返し、ニコニコと笑顔を取り戻している。
「いきなり忙しくなって驚いただろう。平常はこんな事無いんだけど、月に一度だけ全店が特売掛けるからさぁ、大丈夫? 」
「ええ、大丈夫です」
「それから今夜暇ある? 打ち上げやろうかと思ってるんだけど・・・・・・」
「あら!私は誘ってくれないの、2日でも三日でも連チャンOKよぉ」と牧さんがいうと、牧さんに目をやった彼女もニッコリ笑って「OKですよ、私も!」と答えてくれた。
その清々しい彼女に心引かれながら、一言言い訳をした。
「別に毎日こうして飲んでばかりいる訳じゃないからね。誤解しないでくれよ!」といって彼女に目をやると、何故だか隣に居た牧さんが、俺の肩を叩き「いやぁねぇ店長、そんな事態々言わなくても判ってるわよぉ、何時も一緒なんだからさぁ」と機嫌よく会話に交じって来る牧さんを見て俺は、(アンタに言ったんじゃないんだけど……、判ってないよ)と思ったが言うのは止めて軽く睨んだが、勿論、牧さんは気付いていない様だった。
ちなみに彼女は牧さんの隣で、頬を緩ませながら優しく頷いている。
俺は彼女に笑顔を返しながら思った。
(やっぱ育ちが良いんだろうなぁ、自然に溢れ出る笑顔が、清楚で控えめな感じで堪らなくいいなぁ)と思った瞬間、自分の心の奥の大事なものが、キュンと締め付けられる気がして生き苦しさを感じた。
その後、俺は何時もとは遅めの休憩に入った。食堂も昼のピークを過ぎていた事も有り、落ち着きを見せていた。昼のピーク時なら食券売り場も、注文受け渡し口も、押すな押すなの行列で、それを見ただけで胸が一杯になり、昼飯を食べるのを辞めて自販機の缶コーヒーで済ませた事も何度かあるくらいだが、今日は行けると思い。俺は食券売り場の自販機で、大好きなざるそばの食券を二枚勝ってカウンターへ出した。
「おう、店長今から飯かい、今日は忙しそうだねぇ」
「まぁね、今日位は忙しくないと俺の首も飛んじまうよぉ」と冗談を言い合ってざるそばを出してくれたのは、社食の麺関係を担当しているまぁーちゃんだ。
まぁーちゃんはここでは古株で、俺なんかよりもずっと前から、この三恋の社員食堂で社員として働いている。
「ハイよぉ、おまちぃ~、ワサビ多目ね」と俺のこの味だけに限らず古株社員、パートから館内警備社員、設備関係者のこの味までキッチリと頭に入っていて、何時も感心させられる。「ありがとう、いただくよ」と返してテーブルに着き、つゆにワサビをたんまりといれ、薬味の刻みネギはそばに直接ちらし、それをさっさとたぐる。ワサビの香りと辛味をねぎの風味と辛さが、そばの上手さを更に引き立てる。
俺の昼飯は何時もこれだ。何度食べても飽きが来ない。毎日明けても暮れてもそばしか食わないから、まぁーちゃんとも大の仲好になる筈である。
そんな俺を知ってる牧さんが、口癖の様言うのが「店長、よく毎日毎日そばばっかり食べてられるねぇ。三恋中で噂になってるよ。社食のまぁーちゃんと中華屋の店長は出来てんじゃないかって、わたしゃ~情けないよ。そんな事だからイイ年して嫁も来ないんだよ――」と何度となく言われている。
ちなみに俺の年はまだ二十六になったばかりだ。自分ではまだ若いと思っている。
「あぁ~、やってるなぁ店長、相も変わらずおそばですかぁ、ホント好きだねぇ――」
「おう、小坂さん、今からお昼?そうなのよぉ、やっと抜けて来たわぁ……」
「おっ、それから今晩いくんだろう」と、ぐい飲みを飲み干す仕草をすると、ニンマリ笑って、ヤルヤルっと元気な返事が帰って来た。
俺と小坂さんとは先にも言ったが、割りきった付き合いを始めて、かれこれ一年程になるが、殆ど彼女の方が誘って来る。
よくは知らないが、バツ一で子供が一人いるらしい。月に一度か二度、実家の両親に子供を預けに行く、両親も孫可愛さに、喜んで子守りを買って出てくれるという。
そして気が向いた時だけ、俺に声を掛けてくるようだ。俺も決まった相手が居る訳でもなく、年も近く話しも合う事から、特別な用事が無い限りは断る事はしない。
だからダラダラと言うか、都合よくと言うか、二人の関係は今も続いている。
「お疲れさ~ン、ワァ~やっぱ仕事の後の生はたまんないなぁ」
「そうだよなぁ、牧さん駆け付けいったらどうだ」
「まぁ~店長ぉ、私を酔わせてどうするきよぉ……」
「…………」テーブルに一瞬ポカーンと、間があいた。
「もうみんなぁ、なにマジになってんのよぉ、もうやだぁ~」
「だよねぇ~牧さん。冗談の分からない男は嫌よねぇ……」と小坂さんは俺に言うが、俺は愛想笑いを浮かべながら(そう言ってる自分の目が一番泳いでいるよ)と小坂さんに言ってやりたかったが、本人も判っているらしく、ぎこちなく震える笑い顔を、必死で取り繕おうとしている。とんだ冗談か本音か判らない言葉で始まった今夜の打ち上げは、この後とんでもない事になって行った。
俺と女三人がワイワイと囲むテーブルに、何処かで聞いた事のある男の声で「おぉ~、やってるなぁ、俺も仲間に入れてくれよ」と声を掛け、俺達の飲んでいるテーブルに入り込んで来た男は、まぁーちゃんだった。
「なに? まぁーちゃんじゃない。なにやってんのぉ、こんな処で?」
「おぉ、牧さんじゃねぇかぁ。いやさぁ、カウンターの奥でさぁ、一人淋しく大将のしけた面見ながら飲んでたらよぉ、聞き覚えのある声がするなぁっと思って見たら、店長の姿が見えたから来てみたんだよ」
「なによぉ、まぁーちゃん、また一人で飲んでるのぉ? やだぁ~――」
「おっと、そちらにいらっしゃるべっぴんさんは、小坂ちゃんじゃねぇかぁ、乗ってるねぇ、でもよぉ、または余分だろう、またはぁ、でも許すけどねぇ~、可愛いからぁ~、小坂ちゃんピィ~ス!」とVサインをおくるまぁーちゃんは、かなり酔っている様だったが、楽しい酒なので皆は躊躇なく受け入れ、酒はどんどん進んで行った。
「大将! 冷酒を一つと生レモンサワー二つに、生中二つ!」ドンドン酒は進む、俺はこの進みようを見て、みんな飲べいだなぁと思い、思わず笑いがこぼれた。
その後は、どれくらい飲んだのか判らないが、途中で俺は飲み過ぎて意識を失くしてしまったらしい。
「あれっ、ここは何処?あいタタタッ、なにしてんだ、俺は……」
「あ、店長目が覚めたぁ?」と言う声で目を開けると、直ぐ目の前に彼女の顔がある。
「うわぁ、びっくりしたぁ――」
俺は慌てて飛び起きる。どうやら彼女の膝枕で眠っていたらしい。辺りを見渡すとどうやら居酒屋の近所にある公園のベンチの上らしいのだが、何故?沢山のクエッションマークが頭の中を占領していた。
「俺、どうしちゃったのかなぁ……」「覚えてないんですかぁ、酷かったんでうよぉ」「え、まさかぁ俺、やっちゃった?沖田さんと……」
「え、酷いぃ、覚えてないんですか……、って言うのは嘘です。何も有りませんから、ご心配なく――」といわれて、ベンチの上で向かい合っている状況では流石にここでエッチはしてないなぁ、と確信してホッとすると、そんな俺の顔を見た彼女は、満面の笑顔で微笑んだ。
「あれ、ところでみんなは?牧さんと小坂さん、それからまぁーちゃんも居たよねぇ……」
「牧さんは一人でベロベロで帰りました。まぁーちゃんと小坂さんは、寝ている店長に声を掛けて起こそうとしてたけど、鼾をかいて起きない店長を見て、二人で何処かへ行っちゃいました。でっ、残った私達は居酒屋恋模様を追い出され、公園のベンチで寝てったって訳です――」
「あ、支払は?」
「まぁーちゃんって人が全部払ってくれました」「あちゃ~やっちゃった~なぁ、まぁーちゃんに悪い事したな、明日謝らなきゃ――」
「店長、明日って、もう今日ですよ。ほら――、みんな出勤してますよ――」
「え、今何時?」「七時過ぎです――」
「やば~いっ、いかなきゃ、急いで行こうよ!」
「え、今日私は……、お休みですよ――」
「あちゃ~、そうだ、俺と牧さんだけだ――」
「こうしちゃいられねぇや、とにかく一緒に居てくれてありがとう。この埋め合わせは必ずするから、ゴメン、有り難う――」とお礼をいって公園をダッシュで駆け出した。
    *
「ざるそば二枚くんねぇかい」
「いっらっ、おう、店長かぁ、生きてるかい……」
「昨日は悪かったねぇまぁーちゃん、迷惑かけちまって……」
「イイって事よぉ、俺も結構楽しませてもらったしよぉ、気にすんなよ―― また行こうぜぇ」
「それはイイんだけどさぁ、まぁーちゃん、ちょっと――」
「なんだい? うん?」
布巾で濡れた手を拭きながら、まぁーちゃんは窓口から上半身を乗り出し、耳を寄せた。
俺はポケットからクシャクシャの万券を二枚握りしめて、まぁーちゃんの白衣のポケットに押し込んだ。
「ウン? オイ、何すんだよぉ、気にすんなって言ってんだろうよぉ――」
「いやぁ、これはこれだからさぁ、たんなかったらゴメンなっ、今、これきゃないんだ――」「フン、十分だよ。金じゃねぇだろう……」
まぁーちゃんはポケットに目をやる事も無く、ニンマリと笑って返して来た。
俺が毎日そばを食う意味がここにある。
馬鹿で、女誑しの俺だけど、男同士のこんな付き合いだけは、一番大切にしようと決めている。

続く

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