握野英雄という人物に出会って

着なれてしまったリクルートスーツ
いつ履いても痛くなる黒のパンプス
もう暗くなってしまった空を見上げて息を吐いた
もう十分寒いのに、もうじきこの息が白くなる季節が来る
街はこんなに騒がしいのに、私の所在はどこにもなくて、フラフラと足を進めていた


「鍋パをしよう!」
私の行動はいつも思い付きだ。そして思い至れば動かずには居られない。
その日も私は突然の誘いを仲良しのLINEグループに流した。数名が釣れてくれ、後日、無事に鍋パーティを実行することができたのである。

鍋の準備の間、友人がごそごそと荷物を漁り、THE IDOLM@STER SideMの2ndライブの円盤を取り出した。
ウキウキする友人達とは対称的に、私は全くといっていいほど興味がなかった。アニメならまだしも、なにやら声優がライブをするらしい。よく分からない文化だ。
歓声を背後に、1人、テレビの見えないキッチンで野菜を切り続けていたのを覚えている。

無事に鍋パは進んでいき、友人達とのトークも楽しみながらお腹も満たされた。そんな折り、友人が目を輝かせて口を開く。
「しばちゃんはね、絶対にこの人が好きだよ!」
スマホの画面にはいかにも私が好きそうな、柔らかい雰囲気の青少年が映っていた。ちなみにそれは後日、北村想楽くんであることを覚え、たまに性癖を抉り取るようなパンチを繰り出されている。
ともかく、友人がせっかくおすすめしてくれたのだ。スマホゲームくらい入れてみるかと、LIVE ON STAGEをダウンロードした。

友人達が帰ったあと、私は1人、先ほどダウンロードしたアプリを見ていた。アイドル達がなぜアイドルになったのかが分かる個人ストーリー、それを読みながら眠れない夜を過ごしていたのだ。
アイドル達を順番に見るなかで、目に止まったのはどうにも強面で、それでいて優しそうな顔をしたお兄さんだった。そういえばアニメを見たときに、イケメンがいると目に止まった人がいた。もしかして、彼がその人か。
単純に興味がわいた。アニメではおそらくイケメン警察官だった彼が、どうしてアイドルになったのだろう。
タップをし、ストーリーを読み始めた。
そして、読み終わる頃には、私は涙を流していた。

当時の私は2回目の就活の真っ只中だった。
大学4年の就活を諦め院に行った私にとって、就活は慣れたものであり、トラウマであり、そして、万全の用意を必要とするものだった。
1回目の就活を止めたあとも、自分はどうなりたいか、何をしたいか、それを考え続けていた。
頭の中に思い浮かんだのは幼い日の自分だった。
家庭内不和で家には帰りたくない、学校に友達はいるけど弱みは見せられない。一見恵まれた環境にいた私は、人知れず孤独を抱えていた。
帰りたくなくて泣きながら遠回りをした日がある。
ここではないどこかで誰かに愛されることを渇望したことがある。
過去の自分を救いたかった。それが私の未来に繋がる気がしたからだ。
世の中は広く、私のような子供なんてごまんといるだろう。私よりも苦しい立場の子供たちもきっといる。そんな子供たちを救いたい。笑顔で過ごしてほしい。幸せだと笑ってほしい。
そんな思い、夢を描いた。
しかし、二度目の就活をはじめ、私は、自分が描いた夢が途方もなく、それこそ聖杯にでも頼まない限り実現不可能な夢であることを思い知っていった。
自分でも自分の夢を小馬鹿にしていた。できるわけがない。理想論だと。

そんな私の前で、握野英雄という人物は「子供たちに、ひとりじゃないって伝えたい」と、堂々とまっすぐ、笑いながら言うのだ。
その姿がどんなに眩しく、どんなに救いになっただろう。
気付けば涙は止まり、この人が夢を叶えるとき、私も隣で同じ景色を見たいと思った。
この人がいる限り、私はぶれることなく前を向けると思った。

そこから、私のP活が始まった。

普段はなんでもかんでも「英雄~!」と助けを呼ぶため、友人たちからは「すぐに英雄を巻き込まないの!」と笑われることも多い。
でもそれぐらい、私にとって英雄は唯一無二で、掛け替えのない存在だ。

英雄に誇れる自分でありたい。
英雄と同じ夢をみて追いかけたい。
そしていつか、満面の笑顔の英雄と一緒に、夢を叶え、また新しい夢へ走り出したいのだ。

出会ってくれてありがとう、英雄。

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