ドゥームズデイクロック実況感想④『WALK ON WATER~水上を歩く~』
※この記事にはネタバレが含まれます!※
ハリウッドの光と影
いつものごとく、本編はコラムから始まる。
ウォッチメンにおける海賊のコミックスがごとく、背景で流れていた1954年の白黒映画『遅延』。
これを演じていたカーバー・コルマンは役者でありながら、様々な面でウォッチメンのキャラクターを想起させる仕掛けが施されている。
まずは、彼が元警官であり、同時に指名手配であること。これはさながらナイトオウルとロールシャッハから抽出したかのようだ。そして彼は1954年に、自ら獲得したトロフィーによって撲殺されている。
……そして彼はその人生、その私生活が謎に包まれており、彼の死後見つかった隠し部屋には無数の壁時計や腕時計で埋め尽くされていたという。
時計……すなわちジョン・オスターマンを思い出したのはわたしだけではあるまい。本編と直接関係ないようで、これら背景で流れるドラマには必ず本編と連動した意味が隠されている。ウォッチメンにて描かれた、黒の船と呼ばれる、海賊によって全てを奪われた男が死体をも用いて家へと帰ろうとしたあの作品のように。
対称形のもたらすもの
1ページをまるまる用いて描写されたのは、そこには存在しないパンケーキだ。溶けたバター、たっぷりとかけられたシロップ。銀色に輝くフォーク。それらは全て、現実には存在しない。思い出のようでいて、フラッシュバックのような光景だ。
過去との邂逅を経て理解した。ここはアーカムだ。凶悪な犯罪者が無数に暮らす、ゴッサムのごみ溜め。確信したのは、暴れ狂うロールシャッハ二世の姿を確認したその背後にミスターフリーズがいたことからだ。この世界は過去のものではない。彼の思い出は流れ続けるが、現在もまた、彼がバットマンによって収容所へと落とされてからやや時間が過ぎただけに過ぎない。彼が暴れた理由は実にわかりやすい。彼を”恋人”にしようとした男の”どこか”を噛み千切ったのだろう。吐瀉するように続く地面の淡い血痕がそれを物語っている。
過去……彼がテレビに映る父親を見る目は厳しい。ウォルターコバックスが収監されていた頃、彼は登場することがなかった。彼の父親はマルコム・ロング。ロールシャッハとなった男、ウォルター・コバックスとの面談を経て深淵を覗き、また同時に深淵に見つめられてしまった男。幼い頃と青年となった彼の最大の違いは、父親を嫌悪しているという部分にあるだろう。
そうでなければ、テレビに出演する父親の背中をああも憎々しく睨みなどしない。だが彼はロールシャッハとなった。父親ではなく、息子である彼が。
彼は母を心配していた。その声音から彼女の状態が決していいものでないことも理解していた。だが彼は学生であり、また強迫観念に駆られるような行動力など持ち合わせていなかった。ゆえにデモにも無関心であり、世界情勢など二の次であった。実に面白いのは、彼の背後でデモをしている中に一見核問題から最も無関心でありそうなモヒカン頭のパンクファッションの青年がいることだろう。
コバックスの治療は父の為になる。確かに、名声としては最上のものだろう。彼が移動した世界で言うのであれば、逮捕されたジョーカーと初めて面談した医者のようなものだ。望むと望まざるに拘わらず、その名は知れ渡る。
────そして彼は目撃した。あの日、アメリカのどこかで。爆発とそれに伴う殺傷範囲に含まれていなかったことは彼にとって最悪だっただろう。なにせ、その脳裏にはオジマンディアスによって仕組まれた最悪のトラウマ装置が潜り込んだのだから。
彼は語る。アメリカ中が気狂いで飽和したと。腹を切り裂く妊婦。変身しようと足を切り裂く男。彼もまた自身の目を抉り出そうとしていたが、残念ながらそれは止められた。収容された部屋から出された彼は、屋上で一人の男を見る。彼は……ああ、なんということだ。シーツを纏う彼の姿。老人。これらの特徴。そして、何より満月へ向けて飛び立つその姿は────。
幻覚と現実の交差。さながらDr. マンハッタンから事実を奪い取りその景色を悪夢だけにしたようなものだろうか。そういう意味ではヴェイト、オジマンディアスは世界中にDr. マンハッタンを創造、否、製造したと言ってもいいだろう。実に彼らしい、悪趣味な舞台装置だ。
そんな彼は今、ゴッサムにいる。アーカムアサイラムに。拘束着によって動きを制限させられた彼が見るのは────ロールシャッハテストだ。彼は見たくないと呟く。涙まで流しながら。
世界はどうやら侵略者からの襲撃からまだ立ち直っていないようだ。テストの目的は一切の情報がない彼が侵略者のスパイではないかを立証する為の措置。ゆえに、テストを受けないならばショック療法として450ボルトの電圧を流すように医師は指示した。しかも”次は”と。彼の脳裏には老人の姿が浮かぶ。満月を目掛けて飛び立った男の姿が。
その姿は幻覚だとわたしは思っていた。しかし実際には、彼はそのまま食堂まで飛んで卵トーストを注文した。問題は翼以外何も身に着けていなかったことだが。単なるシーツに見えたそれはグライダーの役割以上の役目を果たす何かだったのだろうか? それとも、彼が言う卵トーストを注文した老人の話はそもそも彼の幻覚が生み出した実在しない記憶なのだろうか。
バイロン・ルイス
モスマン。彼はかつてミニッツメンと呼ばれたヒーローチームの一員だった。60年代に精神病院に入れられていた筈だが、なんの因果かロング青年とかつてモスマンを名乗った老人は出会ったのだ。
彼は老人の「見たいものを見るんだ」という言葉から学んだ。精神病棟に収容される彼は、目を閉じるだけで悪夢に苛まれる。だがそれを上書きするように、彼は楽しい時間を脳裏に描く。父と母は幸せに生きている、と。
彼はモスマン老人と仲良くなっていた。彼は両親のことを語っていたようだ。どうやらアドバイスは直接的なものに及んでいたらしい。
さらに言うのであれば、モスマン老人の飛行による脱走は決して幻覚ではなかった。彼はシーツとベッドのバネを改造し、本当に空を飛んでいたのだ。そして戻るついでにリコリスの菓子や科学雑誌を持ち込んだりと、何だかんだ好き勝手に過ごしていたらしい。そんな彼、ロング青年……レジーと呼ばれる彼が眠るもとに老人が訪れる。
「メリークリスマス!」
渡されたのは、父の机にあった品々。カップやレコーダー、ロールシャッハテストのカード、そして……ウォルターコバックスについて書かれたファイルだった。レジーは悪夢を振り払う方法を学び、また乱暴な扱いを受けながらも決して悪夢に負けるだけの存在ではなかった。
彼は言う。脳裏に刻まれたバケモノの姿。それが父と母を(よりによって二人は爆心地にいた)殺したことを。そして死を約束されたことは知らない彼は、さっさと死んだバケモノへの消えない怒りを抱え続けていた。
いっそ両親の傍にいればよかったと唱える彼に、モスマン老人は語り掛ける。不要となった戦いの知識を彼に伝えようと。
彼が教えるのはミニッツメンに所属した者達がそれぞれ得意とした戦い方。1950年代という古き時代。そこで活躍した、かつてヒーローと呼ばれた存在達。
ダラー・ビル。シルエット。ナイトオウル。キャプテン・メトロポリス。フーデッド・ジャスティス。モスマン。彼はミニッツメンの戦い方を教わった。表紙にもあったピースの欠けたエイドリアン・ヴェイトのパズル。
力が足りない。そう感じるレジー。彼は怒りを抱えていた。方向性のない怒りを。そして向けられる害意に、暴力に対して決して無抵抗ではなかった。精神病棟に収容される彼。その姿は、加速度的にかつてのウォルター・コバックスのそれへと重なっていっていた。
怒り。それこそがロング青年の、今の彼の行動原理となっていた。
テレビから入ってくる情報によって、ロールシャッハの手記によって明かされたあの事件の真実が明かされる。オジマンディアスが半生を費やし仕掛けた平和へのピースは、たった数年の時間稼ぎにしかならなかった。
いや、ある意味ではむしろ世界をより悪い方向へと変えたとも言える。
事実、あの世界にはもうヒーローはいないのだ。
そしてレジーは、ロング青年は事実を知ったことをきっかけに精神病棟を脱走する。火災報知機を鳴らし、洗濯物へと放火して。
共に行くものだと思っていたモスマン老人。バイロン・ルイス。しかし彼は違った。
「呼ばれとるんだ」
そう語る彼は、手作りのモスマンとしての羽を纏ったまま、炎の中へと消えていった……。
変わり続け尚混在すること無き”対称形のマスク”
過去のヒーローが残した遺品。それは遺書以外にも複数のモノが入っていた。南極の地図、そして地の果てへと向かう船の乗船券。
彼はかつてミニッツメンで何を見たのだろう。大富豪の御曹司だったという老人は、執拗な赤狩りの尋問によって精神に変調をきたしたと語られていた。だが、それは本当に真実だったのだろうか。彼はただ”見たいものを見ようとした”だけだったんじゃないだろうか。
フードの下に隠された正義。
そして、ロング青年。彼の行動原理は怒りだ。かつてのロールシャッハ……ウォルター・コバックスと同じように。だが、ロング青年へと渡されたモスマン老人の遺書にもあるように、大切なのは自分が何を見るかだ。
ひょっとしたら、老人には何かが見えていたのかもしれない。手作りの羽では飛べない先に……今はもういないヒーローの姿が。
ロールシャッハのマスク。初めて手に取るその覆面は、ロング青年に笑いかけているように彼には見えていた。
南極へと赴いた彼。その足を進めさせるのは、執念にも近い怒りの感情だ。両親の仇を討つ。否、それであるならばもっと早くに決着をつけていただろう。彼自身の頭に救うバケモノを自分ごと殺せば済む話だったのだから。
とうとう対峙したオジマンディアス────エイドリアン・ヴェイト。弱々しくもしっかりと訴える彼。実に説得力のある話だ。だが同時に、実に不可解でもある。
なぜ彼はわざわざスキャンした自分の頭部の画像を貼り出していた?
なぜ彼は無防備に背中を晒しながらも、絶妙なタイミングで隙だらけの姿でいた?
風前の灯火と言いながら、なぜ彼はきちんと着飾っていた?
ロールシャッハのマスクを被り現れた男を前にして、なぜ動揺一つしなかった?
目の前の男をわざとらしくロールシャッハと呼び、喉元にメスを突き付けられながら彼は真っすぐ目の前の青年を見つめる。
そう、青年だ。オジマンディアスほどの男が、目の前のマスクをした男が決して成熟した大人ではないことを理解していただろう。ならば彼が何を求めているかをこの場で見抜いたのだろうか?
わたしは、そもそもオジマンディアスを、エイドリアン・ヴェイトという男を塵一片たりとも信じていない。人生の大半を自らが救世主となる為だけに捧げる行動力を持ちながら、その結果訪れる無数の悲劇を”必要な犠牲”と虚飾して見せるこの男をわたしは信じない。信じてはいけない。彼はただただ、能力がひたすらに有能ではあるが、その本質は病んだティーンエイジャーのそれだ。
「レジー」
そう呼びかける声はもう一人いた。名乗らぬ彼が名付けられたジョン・ドゥと同じく、名無しの名前で呼ばれる若い女性。
ロング青年を友達だという彼女はこの牢獄から出ようと、こともなげに言って見せる。彼女もまたメタヒューマンであったはずだ。
これまで見てきたリバースやボタンで登場した、未来を一部予知してみせた少女。
一気に騒々しくなるアーカムアサイラムを前にして、バットマンとアルフレッドが会話している。そこにはジョン・ドゥを診察し、彼へショック療法を指示していたマシュー・メイソン氏のマスクがあった。
バットマンは、決して彼を単なる精神異常者と決めつけていたわけではなかった。彼なりの方法ではあったが、何か確信を持って彼を監視していたようだ。武装したアーカムの職員が忙しなく動き回る。
そんな空間に、一枚の写真が突如として現れる。ああ、わたしはその意味を知っている。彼が来たのだ。
宙を舞う蚊が突如として生まれた青白い光に触れ焼け落ちる。
レジーは行った。そしてこう残した。
『父に言われた。人間は”光”を求める、虫みたいに────中略────人によって違うがそれぞれ見ている。見たいものを見る。取るに足らない者も……大いなる存在も』
事態は動き出す。世界と同じように。
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