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ねずみの中には人がいる.2

「着る」

 鳥の彼とは一旦、ここで別れる。さて、着替えるか。会議室から、会社の出入り口よりも厳重に警備されているエリアがある。何があるのかは社内では絶対に言及されないが、素直にいうと”更衣室“がある。
キャラクターを着る場所。テーマパーク最大の禁忌のエリア、ほんとは現実にあってはならない場所。
更衣室のあるエリアの手前で、社員証を警備員に見せる。警備員はぼくの顔を見ようとしない。彼は分かっているんだ、ぼくが本当は存在してはいけない人だってことを。

 社員証を見せ、さらに簡易の指紋認証を受ける。
「ピピピ」
「はい。大丈夫です。」
警備員が一言いうと扉が開き中に入れる。毎回緊張する。慣れない。この扉を通り過ぎると、存在していけない人しかいないエリアに辿り着く。エリアに入ると、
「昨日の噴水ショーで腰やっちまってさ」
「ああ…。災難やなぁ。でも、最前列の女の子、めっちゃ可愛くなかった??」

 こんな会話しか聞こえてこない。取りあえず、ぼくは自分の更衣室で出番まで時間をつぶすことにした。
 「ガチャ」
 「あー、おつおつ。」
 更衣室内でたばこを吸っている50代後半の男から話しかけられる。
 「ああ、トシさん。おつかれさまです。」
 書いてしまった。まぁ、さすがにトシさんじゃ、わからないからいいか。トシさんは、僕たちが担当するキャラの中の人で最年長だ。
かつては、本場アメリカの方でもスタッフとして働いていたプロ中のプロ。
この更衣室の中には、トシさん以外にも3人ほどスタンバイしている。
「朝イチのやつは、もう行ったよ」
 二十代後半のスタッフが教えてくれた。
「なぁ、やらね??」
「またですか??」
トシさんから誘われる。個人ロッカーからトランプを取り出して、何やら楽しげにニヤニヤしているトシさん。他のメンバーもトシさんの周りに集まってきた。

 「もう、仕方ないなぁ。」
と、悪態ついてみたが、実はこれが一番会社で楽しい時間なんだ。トシさんは賭け事が大好きで、特に無類のポーカー好きなんだよな。
ぼくもトシさんに誘われるがまま、何回かやってみたんだけど、これが面白い。
なんというか、みんなで身銭を切って勝負をすると、胸の奥から熱くなるし、勝てば勝ったで、また次もやりたくなる。あとは背徳感がたまらない。存在してはいけない場所で、やってはいけないことをする。このスリル、最高なんだよな。

「よーし、じゃぁ、二万でいいですか?」
ちょっと、今日はいつもより勝負してみようかな。
「いいね〜!!熱いじゃん笑」
と、トシさんも二万賭けてきた。面白くなってきた。
実はね、ふざけているように見えて、ポーカーは本当に僕たちの心の支えになっている。僕たち中の人は、外では絶対ミスをしてはいけないプレッシャーに常に晒されている。何もしないでただ出番を待っているだけでいると、頭がどうにかなりそうになる。トシさんは、そんな僕らの気持ちを誰よりも分かってくれている。少しでも現実を忘れられる時間があるから、ぼくたちはやっていけている。
「何で四カードとか最初にくるんですか?」
「ひへへ笑」
 実はトシさんはラスベガスでポーカーの技術を磨いてきた、日本最強クラスのプレーヤーでもある。だから勝負をするとお金をむしり取られる一方だ。

「トシさん今日は何時からですか?」
「うーん、夕方くらいかなぁ」
「いつもより短いですね。ぼくは今日パレードまであるんで…。」
「どんまい。乗り切ろうぜ。大丈夫。」
トシさんはいつも優しい言葉をかけてくれる。たぶん、トシさんがいなかったらとっくにこの仕事を辞めていた。
「ピピピ」
 
 タイマーがなる。そうなると、いよいよぼくの出番だ。ポーカーをしていると時間はあっという間に過ぎる。四万くらい負けるときもある。
さて、地獄の時間がやってくる。四万負けたメンタルで果たして、やっていい仕事なのか?と思うことが多いけど、いつものことなので最近は考えるのをやめた。
 
 時刻は十一時。あと三十分で入れ替わりだ。そう思いながら、自分のロッカーを開ける。そこには干からびた世界的なキャラクターの胴体と、無表情の黒い瞳が印象的な頭がある。
今からぼくはこれを着る。

 これを着た瞬間から、ぼくの一挙手一投足は世界的キャラクターの、まさにそれになる。これを着ている時にキャラに入り込みすぎると、記憶を無くすこともあるんだ。最近は大丈夫になったけどね。
まずキャラの胴体にぼくの身体を入れる。どうやるかというと、ファスナーを下げるのだけど、ファスナーは一般的にみんながイメージする場所にはない。盲点とも思える場所に隠されている。そりゃそう、お客さんにファスナーなんて見つかった暁には、すべてが終わりだ。秒でネットに流される。

 ファスナーは、2箇所ある。一つは左足の裏側にある。理由は簡単、足の裏にあれば立っている限り、ファスナーを見られることはない。まぁ、座っていても、羽毛などで隠されてまず発見されない仕様なんだけどね。足の裏のファスナーは、着る本人すらどこにあるか分からない。しばらくキャラの足の裏を触り続けて、ほんとに少しだけ感じる違和感を探し出す。そこにファスナーがある。これに慣れるのは相当苦労した。
 
 左足の裏のファスナーを開くと、なんと股の方まで裂ける。左足の裏から頭を入れるようにして、続けて腕を入れて、入りきったところでファスナーを閉じる。このファスナーの後始末は絶対に忘れてはいけない。しっかりと閉じる。壁の張り紙にも“ファスナー要チェック”って書いてある。この言葉すら存在してはいけないけど。

 こうしてぼくは、胴体のみ世界的キャラクターになった。次は頭だ。これが一番厄介だ。ファスナーを極限まで見せないようにするために、ファスナー部分がほんの少ししか確認できない。しかも、このファスナーはほんの少ししか開かない。だから、人の頭のサイズによっては、絶対に着ることができない仕様になっている。 
だから、ぼくが担当するキャラクターの中の人は、基本頭が小さく、そして、大柄すぎず、華奢なスタッフが選ばれる。
頭のファスナーは、説明が難しいのだけど、このキャラクターの口角のラインに沿って、首の根元まで伸びている。わかんないよね。上唇に合わせてファスナーの縫い目があるんだ。盲点でしょ?ファスナーを開き、首の根本から強引に顔をねじ込むという仕様になっている。これが、いまだに慣れない。

 これに頭を入れた瞬間から、ぼくはぼくでなくなる。テンションも、仕草も、外見上は物語の世界の住人になる。お客さんに夢を与え続ける存在になる。そんないろんなことを自分に言い聞かせながら、
「ふぅぅぅ」
っと、息を吸う。そして吐く。息を吐いたと当時に頭をそれに捩じ込む。そして、ちゃんとファスナーを他のメンバーに閉じてもらう。
更衣室内の同じ中の人たちに、オーバーアクションで、物語の登場人物のように大きく手を振る。そして、ステップを踏むかの如く、更衣室を出ていく。
 
 ルンルンで更衣室を飛び出す。気持ちは少しもルンルンではない。緊急事態でも起きて、急遽、今日は営業終了しないかな?とか考えている。でも、慣れなのかな。気持ちはとてもネガティブなのに、仕草にはそれは一切現れない。ぼくも悲しいプロになってしまった。
更衣室を出ると、
「◯◯◯◯!!かわいい!!」
と、他のスタッフが声をかけてくれる。同じ中の人が茶化しているように見えるかもしれないが、これはある意味ウォーミングアップ。
名前を呼ばれたら、全力で愛らしく手を振らなければならない。少しも気を抜かないために、更衣室を出た瞬間から、気持ちを高めていく。自分自身の気持ちを入れ直すために、他のスタッフはあえてキャラクターに声をかけてくれる。これから数時間地獄がはじまる。

 この更衣室エリアは裏ルートと繋がっている。それは、テーマパークの様々なエリアに直接繋がっているルートだ。ぼくはそこからスキップしながら自分の持ち場に向かって歩いていく。誰かに聞いてみたい。職場に通勤する時に、スキップで向かったたことはあるかな?これがどれほど辛いことか、余裕があればぜひやってほしい。私たちは基本毎日やっている。
持ち場に向かう途中で彼と再会する。鳥の彼(本当の姿)。ぼくのキャラと、鳥の彼のキャラは大の仲良しという設定だ。まだ、テーマパークに出る前だというのに、鳥の彼は、ぼくに構ってほしいと言わんばかりに、胴体を触ってくる。ぼくも、くすぐったい!というかわいいリアクションを取り、反応で返す。

 本当は鳥の彼がふざけて胴体を触ってきた瞬間に、ぶちのめすぞ、と思っているが、絶対にその感情を表に出すことはしない。忍耐が大事だからね。
持ち場の出入り口の前まできた。ついに下界に降り立つ時。始まる。最初の扉を開くと、そこはテントのような待機エリアになっている。この場所で“もう一人のぼく”をじっと待つ。それまでは、決してこのテントから外に出てはいけない。

 でも、出てしまえばいろんな意味で楽になれるかもしれない、と考えることもしょっちゅうある。基本病んでいるんだよね、ぼく。
朝イチのシフトで表に出ている“もうひとりのぼく”は若干遅れている。上から入れ替わりが厳守だと言われているけど、時間を守るのは難しい職種なんだよね。それに、この焦らされている感じがとても嫌。こっちは準備ができているのに。つらい。
なんて、考えていると、鳥の彼がエンジン全開でぼくの頭にチョップしたりしてくる。

 これも誰かに聞くことができれば、聞きたいんだけど、人を殺したくなる時ってどんな瞬間?ぼくはこういう時、そう思う。鳥の彼は、完全にキャラに入っているからこそ、イタズラ好きという設定を忠実に守っているだけ、ということは分かっている。でも、出番を待たされていて、イライラしている人の頭をチョップしたらさ、そりゃ、キレるでょ?
テントの出入り口が開く。イライラが最高潮なぼくの前に、朝イチシフトのもう一人のぼくが帰ってくる。

「やばい、殺される。」

 とだけ言葉を発し、もう一人のぼくは頭を脱ぐ。これは本来ルール違反。脱ぐ行為は更衣室の中でのみ許されている。ただ、キャラの中は灼熱なんだ。冬でも熱中症になってしまう人もいる。もう一人のぼくは、胴体が世界的キャラのまま、ミネラルウォーターを一気に飲み干す。朝イチシフトのもう一人のぼくは、まだ経験が浅いとはいえ、アメフト部出身でスタミナに自信がある。そんな彼でも、ここまで疲弊する。中の人ってアスリート並みに体力を要求される仕事なんだ。

「では、お願いします!」
そう、スタッフに声をかけられると、いよいよ出番。ぼくはいつも強く息を吸って、魔境へと繰り出す。

「地獄の城」

 このテーマパークはもともとアメリカ発祥で、様々なキャラクターの映画を制作する会社だった。ヒットを量産し続けて、今では、アメリカの大統領もぼくの“外見”のキャラは好きと、公言するにまにになった。
この国では約、五十年ほど前にこのテーマパークは生まれた。歴史的にもこの国を代表する最古参のテーマパークでもある。
至る所にあるアトラクションは、人気のものであれば、三時間以上待つケースもある。

 そんな世界的テーマパークの主役がぼくだ。
他のキャラクターよりも、微細な仕草まで、マニュアルが存在し、その動きができるまで鏡の前で何千何万回と練習をする。思い出したくもない。それくらい、大事な、大事なキャラの中の人をやっている。失敗は許されない。
 テントから勢いよくバサっと、入り口を開けて、ルンルンなテンションマックスで場内に足を踏み入れる。
 「◯◯◯◯!!!!キャーーー!!」
 場内中の視線がぼくに釘付けになる。外に出て十秒も満たない時間で、記念写真を撮ってほしい老若男女がぼくの周りに押し寄せる。
ぼくはとびっきりのピースポーズや、首を左右に動かすいつもの動きで、お客さん一人一人に対応する。
お客さんと写真を撮りながらいつも思うことがある。こんな精神的に疲れていて、社会にも絶望している青年と、ツーショットを撮って何が楽しいのだろうか?
 ぐずぐずしてはいられない。ぼくのキャラにはたくさんのイベントが待っている。こうして、お客さんと写真を撮り続けているとすぐに時間がなくなる。

 でも、大丈夫。ぼくはこう見えて中堅くらいの経験値を持っている。こんなときどうしたら、お客さんと離れられるのか。ぼくにはテクニックがある。
本当はこの場で頭を取るが、お客さんに離れてもらう最も効果的な手段ではあるが、一回やったらいろいろ終わってしまうのが難点。これはぼくが退職を決断したタイミングまで取っておこう。
では、どうするのか?
 
 まず、突然ビクッとする反応を見せる。要は周囲のお客さんに何かあったのでは?と気づかせることが目的。続いて、歩きながら写真撮影をする。さっきまで、立ち止まって撮影に応じていたのに、まるでどこかに行かなくてはいけないかのように。そして、最後。
「カーン、カーン、カーン」
これ。鐘の音がなる。ぼくは、この鐘の音が聞こえたら、お城を指差すことにしている。ここはテーマパーク。お城に帰らなければいけない王子様をファンは止めることはしない。大事なのは鐘の音が聞こえるまでに、ちゃんと伏線をはっておく。だから、唐突感なくその場を離れることができる。
最後に写真を撮った小さな女の子が涙目で叫んでいる。
「◯◯◯◯ばいばい!!また後でね!!」
残念ながら、君と会うことはもうないよ。この広大なテーマパークで、ぼくのキャラは一人しか出歩かない。今ぼくと会えたことが既にラッキーな事なんだ。諦めてほしい。

 いつからだろう?小さな女の子に対しても、感情を無くしてしまったのは。昔はそんなことはなかったのだけど。たぶん、感情がなくてもこのキャラの動きができるようになったからかな。
感情がないと、血の通った演技ができない、という人がいる。そんなことはないけどね。むしろ一つの動きに毎回誠心誠意、感情を入れていたら精神が崩壊してしまうと思う。

 例えるならば、日常生活で交流する女性を、全てお姫様だと思って接するみたいなこと。普通の社会人は、出会って五秒の女性にひざまづけるだろうか。ぼくはそれをやっている。
たまに、お姫様のような衣装を着たお客さんがいる。そういうお客さんは、お姫様として接することが僕たちは義務づけられている。
 「◯◯◯◯、ひざまづいてー!」 
と言われたこともある。ぼくには毎回「土下座しろ」と言われているように聞こえる。誰がすき好んで人にひざまづくものか。でも僕たちは、そういった声を無視できない。夢を与えてあげる存在だから、その場は相手を
お姫様にしてあげなければならない。まともな神経じゃやっていけない。
 そういえば、トシさんがお客さんから、
 「私のお馬さんになって〜」
 と無茶振りをうけ、思わず中指を突き立てたらしい。バレなかったみたいだけど。夢の頭脳にばれたら一発でクビ、いや、クビで終わればまだ軽傷だと思う。テーマパークで世界的キャラが中指を突き立てるなんて…。
やっぱトシさんって、かっこいいな。

 いけない。余計なことを考えすぎた。次のイベントはお城だ。早く移動しなければ。ぼくは、慌てたリアクションでその場をさささ、と立ち去り、社員専用口へと移動した。
社員専用口とは、中の人がアトラクション間をファンに足止めされずに、円滑に移動できる社員専用の通路だ。社員専用口はだいたい、アトラクション内の目立たないところに設けられている。今ぼくがいる場所から一番近いアトラクションは、“熊の彼”がいるあそこだ。
熊の彼の中の人は、だいたい、なかなかの曲者が多い、いないとうれしいな。
 そうして、ぼくは熊の彼のアトラクションに入った。幸いにも熊の彼はいなかった。
 「あ!!◯◯◯◯!!」
 アトラクション内のお客さんに声をかけられる。それにしても、ここは今日もお客さん少ないな。うちでアトラクションといったら、どこも最低でも1時間以上の待ちができる。まぁ、最近新作ぜんぜん出してない。あと、
容姿がかわいくない。これはあくまで個人的な意見だけど。赤いタンクトップに、ムキムキの茶色い熊、だけど、虫一つ殺せない心優しい性格、そして、笑顔を忘れない。

 もう意味がわからない。ぱっと見はただの快楽殺人者だ。赤いタンクトップは返り血にしかみえない。まぁ、いいか。ぼくはアトラクション内のお客さんにかわいく手を振りながら、カーテンのある部屋に姿を消した。
一度カーテンから頭だけ出し、もう一度挨拶する。これは、アドリブでもなんでもなく、決められた動きのひとつだ。
カーテンから頭を戻し、奥の方へ歩いていく。すると、扉がみつかる。社員専用口だ。

 ここから先の通路は、枝分かれになっていて、様々なアトラクションやエリアと繋がっている。ぼくはお城へつながる通路を小走りで移動した。
 五〜六分歩くと、お城へと繋がる社員専用口前についた。やっぱり、ちょっと遠い。疲れた。
 すると、全力疾走しながら同じお城の社員専用口に誰かがやってきた。
 「ぜぇぜぇぜぇ…」
 ぼくと全く同じ風貌で、スカートとカチューシャをつけているキャラクターはいま、両膝に手をつけて呼吸を整えている。
このキャラはぼくのガールフレンドという設定のキャラで、ぼくと“彼”のふたりとお城をバックに記念撮影できるイベントを行う。たしか今日のガールフレンドの中の人は…あ。
シゲさんだ。

 よりによってシゲさんか。相性悪いんだよなぁ。シゲさんは四十代半ばのスタッフで、実は元歌舞伎役者という異色の経歴を持っている。むかし女方では、かなり有望視されていたらしい。
シゲさんの動きや、動きの間は少々独特でなかなか即興で合わせづらい。たまにそろり、そろり、と歌舞伎のような歩き方もするし、ぼくとシゲさんはカップルという設定なのに、
不安しかない。
 シゲさんは、両手を合わせて、メンゴメンゴみたいに遅れた事を謝っている。その仕草やめろよ。
 「それでは〜◯◯◯◯と◯◯◯◯のカップルが登場します!!」
 外で一般スタッフがアナウンスしている。出番だ。頼むから何も起こらないでくれ。
 ぼくとシゲさんは社員専用口を出て、俊敏な動きでお城の出入り口に颯爽と現れる。
 「きゃーーーー!!」
 大歓声だ。ぼくは手を振りながら、お客さんの歓声に応える。シゲさんもかわいく手を振って対応している。すごいよね。四十第半ばのおじさんが、ここまでかわいい仕草を再現できるなんて。女性キャラの中の人は繊細で難しいんだ。こうして決められた動きをしてもらえたら、ぼくは楽なんだけどね。でも、シゲさんは“アドリブ”が多い。
「それでは順番に撮影に移っていきますね!」

 さぁ、長い仕事のはじまりだ。スタッフの掛け声と共に、数名ずつのグループと一緒に撮影と軽いボディタッチの交流をする。限られた時間で、出来る限りのグループを回したいので、結構シビアにやらなければいけない。
最初のグループだ。子連れの3人家族。さっそく、シゲさんがしかける。メジャーリーガーのボブルヘッド人形くらい、首を小刻みに動かしながら、小さな男の子に近寄る。

 男の子は泣いた。あたりまえだ、動きが斬新すぎる。ヒロインの動きではない。シゲさんはこういうところがある。キャラの動きの基本は忠実に出来るが、ファンのために良かれ、と思ってやったことが独特すぎて裏目に出る。まわりも、あまりに突発的なタイミングでやられてしまうので、すぐにフォローができない。
 泣いている男の子にどうしたの?と首を傾け頬に人差し指を当てながら、不思議そうなポーズをしているシゲさん。側から見たら煽っているとしか思えない。
もはや時間もないので、泣いている男の子をスタッフが撮影位置に強引に連れて、ちょっと、申し訳なさそうなご両親と一緒に撮影した。一番楽しそうだったのは、撮影時に飛び跳ねたシゲさんだった。こいつマジか、と思った。最後に男の子をあやしながら
「すみません」
と、一礼するご両親。わるいのはすべてこちらだ。このご両親には何の落ち度もない。申し訳ない。シゲさんはこの家族に、腕がはち切れんばかりに手を振っていた。

 さて、次のグループだ。若い学生服の女子二人組。まずいな“獲物”が来てしまった。女子たちは超テンション高く、少し跳ねながらぼくたちに話しかけてくる。シゲさんはいきなり片方の女子を、ギュッと四秒ほど抱きしめる。ギュッとされた女の子もはしゃぎながらギュッとシゲさんを抱きしめ返している。
 「えー!!ずるい!!」
 もう一人の子もギュッとされたがっている子を見て、すかさずその子を四秒ほど抱きしめるシゲさん。こんなことが許されていいのか?
 ちょっと昔の話。この仕事をする人同士、仲間内で飲んでいた時にシゲさんから聞いた。
 
 「実はね、ぼくは制服を着ている女性がたまらなく好きなんだ」
 その瞬間、え?と変な空気になり、みんな黙った。みんな気づいた、これは冗談のやつじゃないことに。シゲさんは、制服を着ている女性に対して、著しく惹かれてしまう、という“病気”がある。愛おしいとか、護りたい、とかではなく、制服を着ている女性をどうにかしたい、という強い願望がある。もう、犯罪者のような思考を持っている。
 
 社会人は例えば、教師のような職業でない限り、制服を着ている人との接点はない。でも、ぼくたち中の人は日常的に制服の人と接する。テーマパークには学生はもちろん、学生じゃない人も学生服を着て遊びに行く文化がある。つまり、シゲさんみたいな犯罪者もどきには、夢の職場でもあるんだ。
 
 シゲさんのキャラもまた、世界中から愛されている。ヒロインといえば?と街中で質問すれば、上から三巡でまず出てくると思う。
 だから、自ら制服を着た女性に抱きつこうが、頭を撫でようが、相手が全く嫌がる素振りなく、むしろ喜ばれる。シゲさんは、合法的に自分の欲求を満たすことができる。皮肉だね。ハイレベルな選考の中から、選ばれた中の人がまさか…ね。人のこと言えないけど。
 「くすぐったいよー◯◯○◯」
 そんなことを考えていたら、シゲさんは、学生服女子たちに自分の頬をくっつけたりしていた。かわいそう。
 「では、撮ります!」
 
 ほら、スタッフが急がせようとしている。両手で祈るようなポーズで、え?もう?みたいなリアクションをとっているシゲさん。この人は、本当に人の神経を逆撫でするのが得意だ。手を出さないスタッフがえらい。
 撮影のポジションにつく。ぼくはそこで気づいた。シゲさんの腕がそれとなく、制服女子の腰回りにいくのを。ぼくは、軽くシゲさんの背中を突いた。それはアウトだよ。
 「チ…」
 
 何かシゲさんから聞こえた気がした。それを詮索する暇もないまま次のお客さんの番がくる。制服の女子たちとの撮影が終わり、次はちょっと派手目なおばさん二人組がやってきた。
すると、一瞬おばさんたちに手を振ったら、もう撮影ポジションに移動している。これだよ。いかにも早く撮り終えたい感が出ている。まぁ、普通の人にはわからないレベルだけど。

 基本的にお客さんによって態度を変えるなんてことは、あってはならない。あってはならないが、ぼくらも人。個人的な好き嫌いの感情はどうしても出てくるんだ。今回のシゲさんはスタッフ側からみれば、あからさまだけど。とはいえ、ぼくも人のことは言えない。
 これは中の人では永遠の難題として語り継がれていることなのだが、“自分のどストライクタイプ”な人に、いつもと同じパフォーマンスでのぞめるか?というものがある。

 難しい問題だ。プロは出来るとみんな言う。
はたしてそうか?人ってそんなに機械的に対応できるものなのだろうか?ぼくは出来ない。人だから。
ぼくは、年上の女性がすき。気遣ってくれる人がすき。普段内向的と思わせながら、「すき」って突然意表をつかれるのがすき。今日もがんばってね、って声をかけてくれる人がすき。そういうお客さんには、より良い気分でこのテーマパークから帰ってほしいって思う。
だから、正直なことを言うと、ぼくのお客さんへの対応はたぶん平等じゃない。無意識のうちに、微妙な仕草や、アクションが変ったりすると思う。自分が好きな人には正直でありたい。

 変なところへ話が飛んでしまった。派手目なおばさん二人組は
 「◯◯◯◯ちゃーん、チューしたいわー、ほんとに」
 とぼくに強引に顔を近づけてくる。背負い投げしたい。でも、こういうときは何もしなくて良い。なぜなら、ぼくとシゲさんは、いわば恋人関係。女性にキスされそうになると、「何やっているの○○○○!」と、シゲさんが怒って止めに入るというのがお決まりだ。

 そろそろ、シゲさんがぼくを助けてくれるころ、と思って何もしていなかったら、おばさんにキスされてしまった。
一瞬、え?って、ぼくは固まってしまったけど、慌てながら、頭をかきながら少し照れたリアクションを披露する。あのおっさんは何やってんだ?シゲさんの方を見たら、拍手しながら三百六十度一回転した。
どういうこと?と思いながら時間も時間なので、おばさんたちと撮影に移った。
「ほな、またね〜!」

 次のグループが来る。一瞬の隙を見てシゲさんに、ぼく自身を指さすジェスチャーで、“助けてよ”という意志を伝える。シゲさんは、両手を体の左右に伸ばして、何のこと?って、返してきた。
ふぅ。キレそう。たぶん、制服女子たちの時にぼくが注意したことを根に持っている。こんな互いに一色触発の状況なのにカップルという設定でぼくらは、お客さんを相手にしないといけない。くそだ。
次のグループだ。若い男女の二人組だ。カップルだな。と、その時シゲさんが突然前に出る。シゲさんは、絶対に今不必要なタップダンスを踊り始める。

「え、○○○○ちゃん、すごーい!」
若いカップルがシゲさんを褒める。実はタップダンスは本来ぼくのキャラが世間的に得意だとされているものだ。だけどぼくはあまりしない、というか苦手だ。できなくはないが。シゲさんは、ぼくがタップダンスを苦手だと知っている。
シゲさんは軽いステップを終えると、俺の方においで、おいでと手をくいくいさせてきた。

 やろう…。こいつ俺がタップダンス苦手なことを知って誘ってやがる…。
「え、○○○○も踊ってくれるの?」
若いカップルの女子に言い寄られる。もはや逃げられない。シゲさんをいますぐ、二度と立てなくしてやりたいところだが、ぼくもプロだ。苦手だがやれないことはない。

 よーし。ぼくは、ゆっくり最初のステップから入り始め、
「タン、タンタ、タン…」
と、綺麗なリズムになりかけたその瞬間、スッとシゲさんが足を出してきて、ぼくはシゲさんの足につまずき転んだ。
「もう○○○○笑おっちょこちょいなんだからぁ笑」
若いカップルの女子がぼくの体を起こしてくれた。列のグループの方も大笑いしていた。

 スタッフは苦笑いだった。ぼくは一瞬スタッフの顔をみた。何を言いたいかは絶対伝わったと思う。
 (こいつ、ころしていいか?)
シゲさんは、お腹に手を添えて笑っているリアクションをとっていた。シゲさん助かったね。お客さんがいなきゃ、あんた終わってたよ?
 
 その若いカップルとの撮影も終え、次から次へとくるグループをぼくたちはさばいていった。途中わざとシゲさんの足を踏んだ。割と本気でね。シゲさんは、そんなこと何も気にせずに斬新な動きを次々と披露していった。
 「はい!それでは皆さま、ありがとうございましたー!」

 最後のグループの撮影が終わり、ぼくとシゲさんは深くお辞儀をして、お城の社員専用口に颯爽と戻っていった。 ふぅ。シゲさん、覚悟はできてんだろうな?

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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