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ねずみの中には人がいる.最終話

「だれだ、お前は?」

 パレードはテーマパークの閉園前、夕方の日が沈みかけようとしているタイミングで行われる。実は、パレード開始時刻はそれほど正確に決まっていない。パレードには複数キャラクターが同時に出演するため、キャラの誰かがイベントに捕まっていると、一テーマパーク、一キャラクターの原則があるため、その分、微妙にパレード開始のタイミングはずれる。なので、だいたい日が暮れるくらいに始まる、ということは、弊社はもちろん、お客さんの中では周知のことなんだ。

 ぼくはとりあえず、社員専用口内の通路を使って、昼にシゲさんとイベントで立ちあったお城の方に向かっている。パレードはお城から始まるからだ。お城の閉ざされた門から、イルミネーションが装飾された巨大なかぼちゃの馬車や、まるでネオン街のように虹色に怪しく光る機関車に乗って、テーマパーク中を行進していく。

 乗り物は季節ごとに変更され、その季節に関わりのある演出や、うちの会社から放映されている最新の映画キャラクターを派手に登場させたりする。やっぱり、トレンドは大事だからね。

 さて、ぼくは今日何の乗り物なのかな。実は、パレードは久しく担当していない。一番体力を使うので、なるべくつまらない理由をつけて避けていた。だから少しだけ、不安がある。

 通路を歩き、お城につながる社員専用口にようやく着いた。お城へとつながる専用口はスタッフが慌ただしく出入りしている。毎日必ず行われる行事とはいえ、乗り物の整備や、装飾、蛍光灯が光るかなどの確認など、その都度やらなければいけないことがたくさんある。スタッフはこうして毎日、死に物狂いでパレードの準備をしているんだ。

 「あ、◯◯◯◯、到着すね」

 若手のスタッフが声をかけてきた。ぼくは、勢いよく屈伸をしながら、準備体操をするジェスチャーをして、盛り上げようとした。

 「え、暇なんですか?あ、まだ大丈夫ですよ」

 こういう時のスタッフはこのように、ものすごく冷たい。ぼくがキャラになりきっていても、基本無視されてしまう。

 「今日は、ケーキ型の車でお願いします」

 車って言うな。でも、ぼくも言うか。このスタッフ見た感じ、まだ若いのに、既にこの会社の闇に飲まれている。瞳に夢を全く感じない。どすぐろく、何かを諦めてしまっている瞳だ。

 「んで、○○○○と一緒に乗ってもらいます。お願いしますね。」

 なんだって?熊の彼と一緒じゃないか。熊の彼の中の人は、曲者ぞろいで、合わせるのが本当に大変なんだ。

しまった、今日の熊の彼、だれが中の人かシフト表を見忘れてしまった。人によっても動きや、間の取り方とか絶妙に違うので、誰が中の人をやるのかはとっても重要なんだ。困ったなぁ。スタッフに聞いたところで、中の人の情報は社内でも、シークレットなので知らない人の方が多い。

 ぼくが知っている、熊の彼担当の中の人は三人ほどいる。全員で何人いるかは、正直覚えていない。が、この知っている三人とは、何度か組んだことがある。

 一人は通称、ヤマさん。トシさんとほぼ同期の大ベテランだ。元々はサーカス団員出身で、軽やかにステップやアクロバティックな動きには定評がある。だがそこがまさに問題で、熊の彼はキャラの設定上、のんびり屋でノロマ。すばやい動きや、大きなアクションは一切しない。ヤマさんの長所は全て、封じられる。なんで、ヤマさんが選ばれたんだろう。だから、ヤマさんが演じると、ときどきキレッキレの熊の彼になってしまうことがあるんだ。

 二人目は通称、めぐみ。めぐみはぼくとほぼ同姓代の後輩だ。中の人では珍しい女性で、元々は別のテーマパークで働いていた。そこでの働きがうちの会社の目に止まり、引き抜いた人材らしい。仕事はしっかりするが、めぐみは社内恋愛の常習犯でもある。若手、先輩問わず、中の人同士で恋人関係になり、だいたい三、四ヶ月で別れる。時々元彼と組むことがあり、その時の空気は最悪らしい。恋人と上手くいってないときは、キャラの動きが素っ気なくなる。良くも悪くも直近の恋愛事情次第の厄介な奴だ。

 そして、3人目は西口。もう苗字でいいや。西口は中の人ではほぼ最年少で、鳥の彼よりも後輩。中学を卒業後、単身渡米。ニューヨクの最も治安が悪いストリートで、ダンスとこぶしで生き残ってきたアウトローだ。ストリートダンスの世界大会に出場し、そこでうちの会社にスカウトされたらしい。これまで社会常識を教えてくれる人がいなかったのか、会社で挨拶しても、返事をしない。熊の彼は、思うようにダンスすることを禁じられるので常に不機嫌。一緒に組むことがあっても、ハイタッチするべきところで、無視をすることもある。

 今挙げた通り、熊の彼を担当する中の人はなかなかの曲者しかいない。

 「あ、◯◯◯◯さん、来ました」

 若手のスタッフが報告する。熊の彼の到着だ。だれ?と聞くわけにもいかないし、ここは、ぶっつけ本番で動きを合わせながら、熊の彼の中の人が誰なのか判断するしかない。

 シュッ、シュッ…。

 一体、どういうことだ。熊の彼はここに到着したと同時に、シャドーボクシングを始めた。ひょっとして、西口か?奴ならやりかねない。ちなみに、熊の彼は設定的に、もちろんシャドーボクシングなんてしない。ぼくはこの正体不明の熊の彼と共にパレードを乗り越えなくてはいけない。不安だ。

 「そろそろ、スタンバイお願いします」

 若手スタッフがぼくらに声をかける。いよいよか、やるしかない。ぼくは熊に、よろしくねの意味を込めて肩をポンポンと叩いた。

 「…」

 嘘だろ?熊の彼はぼくの手を肩で振り解いた。ぼくが一体何をしたというのか。これからパレードを共にする相手なのに。ものすごく、気分が悪い。やはり、こいつ西口か?

 とはいえ、もう時間なので、ぼくは熊の彼と共に社員専用口から静かに外に出て、お城の中のお客さんに気づかれないように、お城内の閉ざされた門まで移動した。

閉ざされた門には、一般のお客さんが行けないように、お城の中にある隠し通路を使って移動する。隠し通路といっても、緊急時は非常口になる通路なんだけどね。ぼくと、熊の彼は一切コミュニケーションを取ることなく、閉ざされた門の内側に辿り着いた。

 閉ざされた門の内側には、様々な装飾が施された巨大な車が用意されている。ぼくと熊の彼は、指定されたケーキ型の巨大な車に乗るように、スタッフに誘導された。高さ十メートルほどの大きな大きなイチゴのケーキの装飾がされた車。初めて見る人にとっては、圧巻の光景だが、乗る側の人間からすると、どんな絶叫マシンよりも怖いアトラクションだ。

 この動く巨大で不安定なケーキに、安全ベルトなしで登り、踊ったり、パレードを見守るお客さんに挨拶し続けなければならない。時には、激しい火花や強烈なスモークを使った演出もあるので、最新の注意を払わないとこのケーキから落ちてしまう。

 ふぅ、と深呼吸してぼくは巨大なケーキの車に掛けられたハシゴをつたって、車の上へと登って行った。ぼくが登った後に、熊の彼も登ってきた。もうすぐ、パレードスタートだ。パレードといっても、決められた動きなんてなくて、基本的にぼくらのアドリブに任せられている。ぼくは、嫌だな、という気持ちを押し殺して、互いのテンションを上げるために、熊の彼とハイタッチをしようとした。

 ぼくは右腕を高く上げ、ハイタッチをする姿勢をとった。すると、熊の彼はこちらを一度見て、なぜか、首を傾げた。ぼくは、心を冷静に落ち着かせようと、懸命に努力した。

 ぼくは頑なにハイタッチの姿勢を崩そうとしなかった。ここで折れたらだめだと思ったからだ。

 粘っていたら、熊の彼がこちらに向かって歩いてきた。きたきた、最初から素直になればいいのに。まぁ、いいでしょう、と思っていたら

 「若手だろ、あんま調子のるなよ?」

 と、熊の彼は小声で囁き、ぼくの腹部に一発いれてきた。ふぅ、なめたことしてくれんじゃねぇか。若手だろ?こいつヤマさんか?ヤマさんにしては態度悪すぎる気もする。このまま舐められて、パレードを向かえるのは癪に触る。たとえヤマさんであったとしても、わからせとかないと。

 ぼくは熊の彼の首もとをつかみ、ケーキの壁に身体を押し付けた。

 「てめぇ、落とすぞ?」

 小声だけど、しっかり熊の彼に聞こえるように伝えた。

 「それでは、パレード始まりますー」

 若いスタッフが叫んだ。テーマパーク中にパレードの曲が流れ始める。閉ざされた門の外から大観衆の歓声と、ともに手拍子が始まった。ぼくは熊の彼から手を離し、ケーキの車上の所定の位置についた。でも、熊の彼は所定の位置に移動しようとしなかった。

 なんだ、こいつ。もうパレード始まるぞ。

熊の彼はぼくの側をピクリとも、離れない。

 いよいよ、お城の閉ざされた門が開かれ始めた。目の前で数千人のお客さんが一斉に手を振っていた。ぼくは、一旦、熊の彼は放置して、手を振ってくれるお客さんに、両手で目一杯手を振り返した。

 そして、巨大なケーキの車は走り始めた。もうこの車は、テーマパークを一周して、お城に戻ってくるまでだれにも止められない。

 その時だった、お城から車の大行列が走り始め、城の外に巨大なケーキの車が出た瞬間だった。熊の彼は、お客さんに手を振りながら踵で思いっきりぼくの右足を踏みつけた。

 ぼくたちの足がどうなっているかなんて、お客さんからは見えない。ぼくは沿道のお客さんからは、熊の彼と戯れ合うふりをして、熊の彼の足をかかとから思いっきり潰しにいった。熊の彼は悶絶して、

 「うぶぅぅ!」

 と唸った。とはいえ歓声で、沿道のお客さんには届かないが。こいつは一体だれなんだ。ぼくに恨みでもあるのか?巨大なケーキの車は、お城から離れ、氷の国のエリアへと移動を始めた。

 氷のエリアで巨大なケーキの車は一旦止まった。氷のエリアは、雪で氷漬けにされた街を忠実に再現されたエリア。ぼくたちは、ここで氷の魔女にパレードを妨害される、という演出に対応することになっている。

 プロジェクションマッピングで、巨大なケーキの車に、氷の魔女が映し出された。氷の魔女はぼくたちに、氷漬けの魔法をかけようとする。そこを熊の彼がぼくを守ろうとして、氷漬けにされるのが、いつものパターンだ。

 嫌な予感がした。魔法をかけられそうになる、ぼくを全く助けにくる素振りを見せない。氷の魔女はプロジェクションマッピングなので、他のスタッフのように状況を察して動きを止めることなんてできない。ぼくは、そのまま氷の魔法をかけられてしまった。

 だが、なぜかプロジェクションマッピングの演出でで氷漬けになるのは、熊の彼である。ぼくが氷漬けにされる演出を用意していないからだ。

 絶対に不自然だけど、ぼくは明らかに魔法をかけられた後にもかからず、何かをかわすような動きをした。それで、なんとか誤魔化そうとした。

 ここからは、ぼくが誰か熊の彼を助けて!と沿道のお客さんと一緒に祈りを捧げる。すると、どこからともなく、小さな春の精霊たちがやってきて、熊の彼の氷を溶かし、氷の魔女をおっぱらってくれる。

 ところが、プロジェクションマッピングの演出が溶けたあとも、熊の彼は全く動こうとしない。心配そうに見つめたり、少し、ざわざわする沿道のお客さん。こいつ何かんがえているんだ?ぼくは、熊の彼に近いてみた。すると、いきなり、“わぁ”っとぼくを脅かすように、おどけて見せた。

 沿道のお客さんは、なんだ、熊の彼のいたずらか、とすっかり笑顔になっている。ぼくは心底びっくりした。確かにぼくらはパレードについてはアドリブで任せられている。でも、やっていいことと、悪いことがある。こいつをいますぐ、ケーキの壁に押し付けて、主人公を怒らせると、どうなるか教えてあげたい。

 巨大なケーキの車はまた、進み始めた。熊の彼は、より挙動不審になっている。車の上で、寝そべったり、あぐらをかいたりしている。確かに熊の彼は、のんびり屋でノロマだが、パレード中にここまでサボったりしない。“何かがおかしい”。そして、熊の彼は車の走行中にぼくの足を相変わらず、お客さんにリアクションするふりをして踏んでくる。それも、思いっきり。常軌を逸している。やはり、ぼくに恨みでもあるのか?

 そもそも、熊の彼はのんびり屋で優しい性格という、設定。さっきの氷のエリアでぼくに見せたような誰かを動かせるようなことはしない。一度でも熊の彼を演じたことがある人ならまずやらない行為だ。

 と言うことは、めぐみでもなさそう。めぐみは、動きのクオリティには日によってムラがあるが、やってはいけない動きはさすがにしない。少し気になっていることは、寝そべったり、あぐらをかく、行為をしている時の彼は、間違えた、と微塵も思っていない動きにみえる。

 中の人は自分が演じるキャラが、設定上しない動きをしてしまった時、あっと、慌てて修正したりする。一度その間違えた動作を止めて、自分が最も得意な動きから、もう一度リセットしりする。今日の熊の彼には、それがない。

 ひょっとして。ぼくはイタズラに見せかけて、戯れ合うように熊の彼の赤いタンクトップを脱がそうとした。もちろん、脱がすつもりはない。

 熊の彼は、くすぐったいというジェスチャーをやって見せた。びっくりした。熊の彼は、タンクトップを脱がされるのを極端に嫌がるという、設定があるからだ。中の人なら絶対知っている設定。この熊の彼は、熊の彼自体の設定をまるで知らない。ぼくは、パレード中にもかかわらず、固まってしまった。

 こいつ、熊の彼の動きを知らない。熊の彼の中の人じゃない。やばいな。キャラクターの動きはできているから、何かのキャラの経験者であるとは思う。相当まずい気がする。こいつ何がしたいんだ。ぼくは訳がわからないことに、とても恐怖を感じていた。

 巨大なケーキの車は進み続ける。ちょうどテーマパークの入り口に差し掛かったところで、また熊の彼がぼくに近いずいてきた。ぼくの足を踏むつもりなのだろうか。

 もういやだ。こんな嫌がらせに、いつまで耐えなければいけないんだ。何とかしなきゃ。 

ぼくは逆に近づいてくる熊の彼に、自分の足を引っ掛けてやった。

「ガン!!!!」

高さ、十メートルほどのケーキの車から、熊の彼はぼくの足にひっかかり、勢いよく、車の外に投げ出されてまった。

「夢の終わり」

 やってしまった。周囲は騒然としている。走っている車の上に乗っている状態で、人の足を引っ掛けた。やっていいことじゃない。 

 いや、これは正当防衛じゃないか。だれかも知らない謎の男が乗っていて、永遠に嫌がらせをしてくる。だれだって、自分の身を守ろうとするだろう。おれは、間違ったことをしてない。上の人もちゃんと、説明すればわかってくれるだろう。

 巨大なケーキの車は急停車した。スタッフが状況を理解して止めたのだろう。落ちた熊の彼はピクリとも動いていない。え、死んだの?まさか、うそだろ。最悪のケースが頭をよぎる。

 他のスタッフが集まってきて、熊の彼の状態を確認している。テーマパーク内は騒然としている。沿道のお客さんからは、悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。

 これは、ぼくの責任なのか?ぼくが罪を追及されるのか?彼がもし亡くなってしまった時は、ぼくが警察につかまるのか?いやだ。いやだ。そんなことは認められない。

 いや、そもそもぼくが彼の足に、自分の足を引っ掛けたなんて誰が証明できる?だれもできない。そうだ、これは事故だ。彼が、パレード中にパフォーマンスの勢いが余って、勝手に車から落ちた、ただそれだけのことだ。

そう、考えていたらスタッフや観客の響めきが聞こえてきた。

「おい!大丈夫か!!!」

 熊の彼は立ち上がった。ぼくは、正直に言うと、ほっとはできなかった。彼にぼくがしたことを告発されると、罪に問われる危険性があるからだ。死んでくれていた方が、ぼくは救われたかもしれないと、思った。

 熊の彼は、介抱しようするスタッフを手で払いのけた。すると、熊の彼はぼくの方を車の下から指差した。ぼくは目を逸らした。まずい、ぼくのことを告発するつもりだ。でも、いいのか?ぼくは君が熊の彼の担当者でないことを知っている。そっちがバラすなら、こっちもばらすぞ。と、強がっていたが。心底震えていた。なんて日だ。こんなことが、あっていいのか。ぼくは、うつむいたまま、動くことができなかった。

 熊の彼は、彼を治療するために連れてこうとするスタッフを再び腕を振り回して、自分から引き離した。やばい。この男も、どうかしている。スタッフも、熊の彼のことを完全にいかれていると分かった。誰も熊の彼に近づかない。

 熊の彼は、こっちの方に歩いてくる。何をするのか分からなさすぎて、本当に怖い。熊の彼は、ケーキの車を再び、よじ登ろうとしている。スタッフは、それを必死に止めにかかった。沿道のお客さんは、一斉にスマホを取り出して、この狂気の一部始終を記録しようとしている。ものすごい、フラッシュの光がぼくたちスタッフを包み込む。

 熊の彼は、そのスタッフたちを振り払おうとするが、流石にスタッフは数人係で熊の彼を取り押さえようとしているので、身動きが取れない。そしたら、熊の彼は、さらに正気の沙汰ではない行動に出た。

 熊の彼は、首元のファスナーを開けた。頭が地面に転げ落ちた。そこには、そこには、頭から血を流した、トシさんがいた。

 沿道のお客さんは泣き喚いている。今お客さんの目の前に映っているには、熊のコスプレをした五十代のおじさんだ。スタッフがトシさんの顔を必死に隠そうとしている。トシさんは、必死に抵抗している。

 ぼくは、混乱しすぎて、頭がおかしくなる一方だった。なぜ、トシさんはここにいる?PK戦の一件で、夢の頭脳の執務室に呼ばれたはずだ。夢の頭脳はトシさんをクビにすることを匂わせていた。それが、なぜ、ここに?しかも熊の彼の中に?熊の彼の頭を取って喚いているのか、一体、どういうことなんだ。

 トシさんはぼくの方を見ながら、何やら喚き散らしている。沿道のお客さんのざわめきで、トシさんの声は一切聞こえない。例聞こえなくても、トシさんに何か言われる筋合いはない。気分が悪くなってきた。全てが嫌になってきた。帰りたい。ミカに会いに行きたい。

 ぼくは巨大なケーキの車から、飛び降り、硬い地面に着地した。足が折れるかと思った。ぼくは、そのまま足を引きずりながら、トシさんの方へ歩いて行った。

 トシさんは、驚きたじろいでいる。まさか、ぼくが降りてくるなんて、思っても見なかったのだろう。ぼくは、トシさんに言った。

 「 “おれの頭、とれよ”」

 この世界的キャラクターは、熊の彼と違い自分で着脱ができない。トシさんに脱がしてもらうしかない。トシさんはぼくの首元に隠されたファスナーを開いた。

 「やめてー!」「なにしているの◯◯◯◯!!」

 ぼくの名前を叫びながら、沿道から悲鳴が聞こえる。ファスナーがゆっくりと開いていく。スタッフが慌てて、ぼくにタックルしてきた。それだけは、止めねばならないと。だが、もうファスナーは十分過ぎるほど開かれていた。ぼくは、スタッフにタックルされつつも、自分で世界的キャラクターの頭を取ってやった。

 ぼくはスタッフを払いのけ、立ち上がってぼく自身の本当の顔を沿道の数千のお客さんに見せつけた。お客さんはぼくの顔を撮影する人もいれば、その場から逃げ出したり、しゃがみこみ泣き崩れる人もいた。なぜか、拍手する人もいたね。

 ぼくは、本当に清々しい気持ちだった。この仕事を初めて、一番気持ちがいい。もっと、お客さんには喜んで欲しい。中の人の素顔を見ることができるなんて、体験できることじゃない。気づいたらぼくとトシさんはスタッフに取り押さえられ、毛布で顔を覆われ、連れ去られた。

 今ぼくは、夢の頭脳の執務室にトシさんといる。夢の頭脳が謝罪会見をメディアに対して開いている。それが終わり次第、こちらにくることになっている。それにしても、謝罪会見は長い。今日一日の出来事はだいたいスマホで書き上げてしまった。全部書けるとは思っていなかった。

 あ、トシさんがなぜ熊の彼の中の人としてパレードに出たのか書いてなかった。夢の頭脳に執務室に呼ばれたトシさんは、すべて察したらしい。同じキャラの中の人なのに、自分だけが消される運命なのが許せなかったらしい。逆恨みだ。家のローンも、娘の進学も。

すべてが終わったと、最後に喋ったきり、一言もはなさない。

 よし、こんなものかな。あとは、この文章をSNSに投稿するだけだ。あ、シゲさんの顔写真だけは添付しておこう。あいつは、許さない。自分だけ、助かると思うなよ。

 夢に癒されたい、全ての人へ。世界中のテーマパークにいるキャラクターたちには、必ず中の人がいる。人間が中に入っているんだ。人が中に入らないと、そのキャラクターには命は吹き込まれない。そのことを、どうか忘れないで欲しい。

 では、そろそろこれで投稿しよう。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門


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