SF映画小説『Summer Time 雨に消えた男』Vol.5(終)
<ジャズバー>(夜)
ステージでは、「サマータイム」の演奏が、続いている。
恭二のバイオリンと崇のサックスが、美しいだけでなく、人を惑わす、蠱惑的なハーモニーを奏で、それを、夏美のピアノが柔らかく、包むように束ねて、耳に優しく聴こえてくる。
テーブル席には、黒川、周平、夢乃が並んで立ち、その音楽に心を捕らえられてしまい、暫く何も考えられないでいた。
しかし周平は、ハッと我に帰り、ためらいながらも小声で黒川に、 「・・・こう言っちゃなんですけど、こんなことしている場合なんですかね。バスの事故から、まだ間もないわけですし」と、囁いた。
黒川は、「ああ」と落ち着いていながらも、耳はメロディーを追いかけて、周平の言葉には、上の空であるかに見える。
周平「液体人間は、どんどん大きくなっているんじゃないですか?」
黒川「そうだな」と言いながら、慌てず、音楽を聴き浸っている。
周平は恭二を指差して、「彼も液体人間なんでしょ」
黒川は、腕を組んで演奏している彼を見つめ、「多分な」とうなづいた。
周平はイライラし始め、「大丈夫なんですかね」と、不安だ。
この所長、音楽を聴くことの方が大事そうなんだもの。困るよ。
が、黒川は「分からない。しかしそれこそ、今まで寺さんが言っていたことが、分かる時なんじゃないか」と、初めてちゃんと答えた。
周平「へ?」
黒川、推理してゆく、「十年前、『奴ら』は次元の割れ目を利用し、飛行機の乗客を拉致して、”液体人間”に改造した。何かの実験だったのかもしれない」
周平「人体実験?・・そんな、ゴツい設備があるところなんですかね」
研究所や、軍隊があるような『奴ら』なのか?ナチスみたいな・・・?
黒川「しかし、夏美さんの力・・髪の毛に宿っていた力を、もらっていた井坂恭二だけが、人間の心と身体をとりもどして、故郷に戻ってきてしまったんだ」
周平「・・・『奴ら』って、宇宙人なんですか?」
黒川「私には、別の天体から来た”宇宙人のような存在”、とは思えない。具体的な形をイメージすることが出来ない、この、我々がいる同じ次元には生きてはいないんじゃないか。破壊者なのか、創造主なのか、それすら分からないが、人間の世界にとっては、”敵”だってことは分かる」
周平「・・・そうですね」
所長の推理、いつもより冴えてる。説得力がある。音楽聴いてるだけじゃなくて、ちゃんと考えていたのか。夏美さんが、近くにいるからか。
正体が分からないから、逆に恐ろしい敵なのか。
すると、液体人間は、その”敵”に囚われ、利用されている可哀想な人たちなんだ・・・
黒川「僕らの力は、『奴ら』と闘うためにあるんじゃないかと思う。この闘いは、太古の昔から、続けられてきたのじゃないかって」
周平「神と悪魔ですか?」
黒川「我々はどっちに雇われてるんだろうね」
周平「神様側だと思いたいすね」
夢乃が、恐怖を感じて、思わず周平の手を握ってしまう。
周平、びっくりして「どうしたの?」
夢乃「感じる・・この音楽に呼び寄せられているのよ」
黒川は、咄嗟に夢乃の肩に手をあて、彼女が周平に送っているイメージを共有した。彼女に触れなくても、千里眼や微細な音によって、それらが形作る同様のイメージを獲得していたが、触れることで、よりはっきりして来る。
周平「そうか。液体人間の中には、音楽仲間がいるから、井坂恭二は、自分が音楽をやれば、そこ・・(と言って、思い直した)”ここ”にやってくる、と考えた・・・って、え〜っ!?」
黒川「・・ああ」と、うなづく。
周平「ここに、巨大化したやつが、やって来るじゃないすか!」
黒川は、携帯電話を手にして、かけようとしている。
< ジャズバーの近くの街路>(夜)
道路の排水口から、赤い液体人間が溢れて出てくる。ここでは聴こえるはずの無い、ジャズバーでの音楽に惹かれているのか?
「サマータイム」のメロディが、バックに流れている・・・
飼い主に連れられていた犬が、曲がり角に向かって吠えている。
その向こうに液体人間がいることを、飼い主は分からないから、角に近づこうとすると犬は怖がる。
飼い主「どうしたんだ? なんだ、タリー」
角の向こう側にいる赤い液体人間から、何本も”触手”のようなものが伸びて来て、飼い主の動きを止めた。
飼い主「ウッ!!」
触手が二本、両耳から、飼い主の中に侵入したかと思うと、すぐに彼の眼球が解けて、ドロドロと流れ落ちた。そして、そこから顔は液状になり、全身を蝕んで行くように溶け、赤い液体人間の本体が、飼い主と同化し、着ていた服は、バサっと地面に落ちた。
犬は、恐怖したが、果敢に吠えた。
液体人間は、うるさい! とばかり、犬を触手で平手打ち。
キャイ〜ン!
という哀れな声を残して、犬は、遠くに飛ばされて行った。
< ジャズバーの中>(夜)
夢乃には、遠くから犬の声がイメージされていたが、プツン!と絶えた。
それは、夢乃が獲得したイメージで、ダイレクトに周平に伝わって、周平も、恐怖した。
周平は顔をしかめ、「うっ・・なんで? 彼らは優しい人間だったはずなのに」
夢乃「自分たちはいいことをしている、と思っているみたい。それで、仲間を増やしているのよ」
黒川「それが奴らの意志なんだろう」
周平「人類を液体人間に?」
黒川「全人類をな」
恭二が、演奏しながら少し苦しそうな顔になり、夏美、心配そうに見た。
<更にジャズバーの近く・外>(夜)
道路に広がった液体人間は、赤い敷物のようである。
通りかかったタクシーが、その赤い敷物にタイヤを取られ、急停止する。
タクシー運転手が、「何だ?」と思い、窓から顔を出すと、タクシーの下から飛び出す、液体人間の触手に襲われた。
犬の飼い主と同じように、触手が耳から入り込み、眼球がグワっと溶けて流れ出た。
<ジャズバーの中>(夜)
恭二たちの演奏が、終わった。
恭二は、穏やかな声で、「夏美、ありがとう・・楽しかった」
夏美は、胸をつまらせながら、「恭二さん」としか言えなかった。
崇「井坂さん、すばらしい演奏でした」
恭二「坂西君、夏美と幸せになってくれ。君は素晴らしい音楽家だ」
三人は、今、自分たちでプレイした演奏に浸りたかった。
夏美が、二人の才能をマックスにまで引き上げた、コラボレーションだったから・・・
崇「坂西さん」
崇が手を差し伸べるが、恭二はそれを拒むように後ずさる。
崇「?」と、恭二の目線を追って、振り返ると・・・
ジャズバーの中に、赤い液体人間が、ドロドロと、階段を降りて流れ込んで来ている。
気がついた周平も、「来たな・・・」と、呆然と呟いた。
夢乃も、黒川も、周平より先に気づいていた。
だが、赤い液体人間は、すぐに襲いかかろうとはせず、赤い半透明で無個性な人間の形へと、三体に分かれた。
恭二は、その三体に語りかけた。
「演奏は終わったよ。残念だが、君たちには、もう演奏は出来ないだろう。諦めるんだ」
三体の液体人間たちは、ふわふわと漂うように、その場に止まっている。
黒川、周平、夢乃ら、液体人間から後ずさっている。
液体人間たちが、ゆっくりとステージに近づいて行く。
恭二「夏美、これで本当のお別れだ。みんなと、早く逃げてくれ」
夏美「恭二さん・・・」
しかし、出入り口は液体人間が塞いでいる。
周平「逃げろったって・・」 どこへ逃げたら良いのか?
崇「楽器の搬入口があります」 と、裏のドアを示した。
恭二は、崇にうなづくと、悲しい目のまま、洋服だけ残して青い液体人間へと変わっていった。衣服は、床に落ちた。
夏美「(悲鳴と混ざり)恭二さんッ!!」
恭二が変身した青い液体人間を、三体の赤い液体人間は取り囲み、威嚇する。青い液体人間は、発光して、威嚇し返す。
人間の形をしていた赤い三体の液体人間は、集合して、一つの大きなかたまりになった。
一つに戻って塊となった赤い液体人間に、恭二=青い液体人間は、飛びかかった。塊は、うねうねと蠢いた。その塊の内部に侵入する青い液体人間=恭二が戦っている。夏美のために。
黒川たちは、楽屋口に向かうが、夏美が来ないことには、逃げる意味が無い。
夏美「・・・」 恭二を見捨てては、行かれない。
崇、夏美の手を取り「行こう!」もう、”あれ”は恭二には戻らない、と言っていたじゃないか。
崇に引っ張られるように、仕方なく逃げる夏美は、涙を流していた。
赤い液体人間の塊から、唾を吐くように、ペッと飛び出して来た、比較的小さな赤い塊。
それは、恭二が倒した一人の死骸だ。
さらに、赤い塊の中で暴れてる青い塊が、怪しく発光している。
< 同・楽屋口通路>(夜)
狭い通路を逃げてくる哲雄たち。
<ジャズバーの近くの道路>(夜)
ジャズバーの裏口から、逃げ出してくる夏美たち。
次の瞬間、建物が、そこだけ大地震に見舞われたかのように、揺れ、ゴゴゴ・・という音をあげ、ひびが伝わり、崩れてゆく。
一同「!」 と、建物から離れるが、目をそらせない。
液体人間の思念を受診する夢乃。
夢乃「!」
<夢乃のイメージ>
戦いながら、大勢の無個性の人間たちに飲み込まれていく恭二。最後の力を振り絞っているが・・・
<ジャズバーの近くの道路>(夜)
夢乃が黒川の手を握っている。
二人の能力が増幅して、恭二の最後のイメージを獲得したのだった。
夢乃「恭二さんが吸収されてしまった」
黒川「もはや、彼一人の力ではどうにもならなかったんだ」
夏美「・・・恭二さん・・・」
建物の残骸が、ぐらぐら揺れている。
液体人間は、崩れた建物の底から夏美を追って、這い上がって来ようとしているが、まだダメージから抜け出せないようだ。
それだけ、恭二が懸命に戦った、という証だろう。
が、瓦礫の隙間から、赤い光が闇夜に照り返され、それが、人の顔のように見えて来た。
夏美、夢乃、黒川、周平の心に投影されたイメージだ。
崇には見えていない。
恭二の声「夏美」
思わず見つめる夏美。
夏美には恭二の顔が見えた。
恭二の顔「怖がることはないんだ。痛くもない。一緒になろう。悩みや苦しみから解放される」
手を伸ばしてくる恭二。
夏美「恭二さん‥‥」
周平、夏美の腕を引っ張って。
「夏美さん、あれはもう彼氏なんかじゃないよ」と、強く言った。 さっきまでの恭二とは、言うことが正反対だ。
すると、”恭二の手”のイメージは消え、実体に転換し、”赤い液体人間の触手”に変わった。
触手は、建物の残骸の下から、細長く伸びて来ていたのだった。手では無かった・・・
夏美「(哀しく)ああ・・・」
周平は、夏美を守ろうと、液体人間が伸ばしていた触手を振り払った。
すると一瞬、周平から小さな熱波が発生して、ひるんだその触手は、スッと遠ざかった。
しかし、周平は、それを自分がやったとは思っていない。
黒川は、見ていた。夏美の傍にいるので、周平のパイロキネシス(念力発火)能力が増幅されているのだ、と。
黒川「ヤツラの考えていることはこうだ。・・・こうやって人間を吸収し、完璧な液体人間に近づいていく。それは、どんな環境変化にも対応できる新しい人間だ、と」
夢乃「(朗読するように)みんな同じになって、一つの意識を持てば、何万年も繰り返してきた人間同士の争いなど、しなくてもすむ」
周平「そんなもん、ヒトじゃねえや」
黒川「しかし、そのためにはヤツらは、夏美さんを必要としている。あのままでは、不安定なんだろう。夏美さんを求め、いずれ、もうすぐ、本体が隙間から這い上がって来るだろう」
周平「どうします?」
黒川「もっと、人気のないところに行かないと・・・」
すぐ目の前には夜の東京湾が広がっている。
黒川「海だ」
周平「え? 泳ぐんですか?」
黒川「いや、本部がボートを用意してくれている」
< 東京湾・夜釣り漁船上>(夜)
黒川が運転するモーターボートの上には夏美、夢乃、周平、崇。
ボートは、岸から200メートルくらいの沖に出ている。
それを追うように、クジラを思わせるような、或いは巨大なナメクジ状の怪物と化した赤い液体人間も、ズルズルと岸から海に入ってくる。
夢乃「追ってくるわ」
赤い液体人間は、海水の中で、流線型の鮫状に変形して、水の抵抗を和らげる形態になると、猛スピードでボートを追ってくる。
周平「うわ! 速いですよ」
海面を盛り上がらせて、迫ってくる赤い液体人間。
その姿は、暗い海を、ぼんやりと赤く発光する物体が泳いで迫る、サメか何かのようにも見える。
ボートと、それを追う赤い液体人間は、距離を縮めながら、暗い東京湾の沖へと進んでゆく。このままでは、ボートにぶつかるか、呑みこまれてしまうであろう・・・
が、黒川は「この辺でいいだろう」 と、ボートのエンジンを切ってしまった。液体人間との距離は100メートルだ。
周平「ど、どうするんですか?」
黒川「寺さん」
周平「え?」
黒川「さっき、やって見せてくれたよな」
周平「?」
黒川「僕と夢乃ちゃんだけじゃない。寺さんも、覚醒したんだ」
周平「??」
液体人間は50メートルに迫っている。
黒川「コップの水の温度を上げて、喜んでいる場合じゃないぜ。液体人間を焼き払っちまうんだ」
周平「そんなこと」
黒川「出来る!」
液体人間との距離は30メートルを切っている。
周平「・・・」
自分の両手を見つめる周平。
ボートの手前で海上に姿を表す赤い液体人間、それは巨大な津波のようだ。
夢乃「こわいよ〜!」
黒川「寺さんがやらないと、液体人間は、やがて全ての人間を吸収してしまうぞ」
周平「俺が?・・・」
黒川「ここにいる僕たち、そしてこの夏美さんを取り込んでしまえば、計り知れない力を持つだろう。人類は終わる」
夏美「寺塚さん」
周平「!」
周平の表情が変わり、凛々しくなると、両手の間が明るくなりだす。
周平、迫って来た液体人間をきっと睨みつけ、両手を突き出して、その光の球を飛ばした。
光る球は、バッ!と液体人間に当たった。
しかし液体人間の一部を、ジョワっと、蒸発させたに過ぎない。
が、進行は止まらせた。
液体人間は取り込んだ恭二の顔を、再度、具現化させた。
それが、夏美に一番効果を与えると知っているから・・・
だが、夏美は、それを無視した。強い、意思の力で。
それこそ、恭二が夏美に託した、最後の想いであった。
周平「黒さん!」
黒川「夏美さん、お願いします」
夏美「(頷く)」
と、目を瞑って、周平を後ろから抱きしめた。
周平「えっ……」
黒川「照れてる場合じゃないぜ」
周平「は、はい」
周平、内から力が湧いてきて、先のものよりも大きな光の球を作り出す。
周りの人たちも熱を感じるほどだ。
光の球は周平から放たれ、さらに大きくなりながら液体人間に命中する。
一度は液体人間の体内に吸収されたかに見えたが、中からますます大きくなって──大爆発。
グワァア〜ン!!!
その衝撃は、波紋になって東京湾に広がって行った。
ボートも危うく転覆しそうなくらいに揺れ、皆、床に倒れた。
そしてボートの周辺は、水蒸気が霧のようになっている。
バラバラになって焦げた液体人間の残骸が、煙をあげ、ボートの彼らの上にも落ちて来た。
夏美「恭二さん」
床に崩れ落ちたまま、泣いた。思いっきり泣いた。
その夏美を抱き寄せる崇。
ぼう然としている周平に、
黒川「寺さん」
周平「え?」
黒川「今の、うちの事務所では、やらないでくれよな」
霧はいつの間にか薄くなり、昇って来た朝日がまぶしい。
残った水蒸気で、彼らの前に、虹がかかった。
<カラッと晴れた東京>
< 黒川探偵事務所>(数日後)
黒川、夢乃、周平がくつろいでいる。
周平はコップの水の温度を上げようとしているが、うまく行かない。
夢乃は、近々行われる夏美のライブのチラシを見ている。
夢乃「今度はちゃんと聴きたいんだけど・・やっぱ、やめようかな」
黒川「どうして?」
夢乃「ほら、夏美さんの側にいると、いろいろ見えたり聞こえたり・・」
黒川「コントロールする術を、覚えないといけないな」
夢乃「でもねえ・・あれ?」
突如、周平の持っていたコップの水が、ブクブクと沸騰を始めた。
黒川「お!」
周平「夏美さん無しでも出来たぞ!」
その時、事務所に夏美が入って来た。
周平「あっ、夏美さん!」 やっぱり夏美さんの力だったのか・・・
夏美「私、決めました」
黒川「何をですか?」
夏美「皆さんと一緒に働きたいと思って・・・『奴ら』と戦いたいと思って」
一同「?」
夏美「ニュース、見てなかったんですか?」
黒川、リモコンでテレビを付ける。
テレビはニュース画面で、新しいアメリカ大統領の就任演説の中継録画だ。
夢乃「アメリカ初の女性大統領だよね」
<新大統領就任演説の中継録画>
新女性大統領の演説が同時通訳されている。
「私たちには変化が必要です。今、私たち人類は、自ら地球を滅ぼそうとしています。地球を救うために、人類は旧態然としていてはいけないのです。国や種族で争う時代は終わったのです。皆が一つになって争いをやめる時が来たのです──」
聴衆の喚声が上がった。
<黒川探偵事務所>
夢乃「なんだかさ、液体人間が言ってたことみたい」
頷く夏美。
<新大統領就任演説の中継録画>
続く就任演説。
「──さあ、アメリカ国民の皆さん、全地球上の皆さん、一つになりましょう」
そう言うと、女性大統領は微笑む──その顔が歪んだ次の瞬間、ドロドロと液体人間と化していった。
慌てるSP、聴衆の叫び。
<黒川探偵事務所>
テレビに釘付けになっている一同。
黒川「プロローグが終わったに、過ぎなかったようだな」
黒川、夏美、周平、夢乃は、決意せざるを得なかった。
人類を守る超人戦士として・・・
........The End.
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