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ロマンポルノ無能助監督日記・第19回[日向明子主演『桃子夫人の冒険』撮影中に『Keiko』を見てしまい・・・]

   日向明子主演・小原宏裕監督『桃子夫人の冒険』は、アメリカで17年間冷凍され、目覚めた桃子=日向明子が、昨年(78年5月)開港したばかりの成田空港に帰国するところから始まる。

迎えに来て頭髪が完全に後退している旦那の徳一郎(吉原正晧)には最初気づかないが、暫く見つめていると、やっと分かった様子で、「徳一郎さん、ああ!」と抱きつく。
その後、自家用車で空港を出、高速道路上、走行する車の後部座席で発情した桃子は、徳一郎に脚を広げて見せ、いきなり裸になり、セックスを始めるというところでエレキギターが始まり、クレジットタイトルが重なる。

撮影時の成田空港は閑散としていて、殆ど制限なく撮ることが出来て楽であった。
世界掲示板なども、物珍しい感じで撮っている。
クランクインは79/11/16、アップは12/1の12日間で撮られた。
カメラマンは安藤庄平さん。チーフ助監督は鈴木潤一さん。僕は助監督二人体制のセカンド。
高速道路を走りながらの撮影には、カチンコマンまでは劇用車には乗り込めないが、伴走車に乗って、ドキドキしていたのを覚えている。

この桃子が何故冷凍されていたのか、理由は最後まで語られない。
17年という年月の意味も、どこにも出て来ない。
夜は貞淑な妻だが、昼は素裸に毛皮のコートをまとって出歩き、他人の家の牛乳入れ(なんてものがあった)から瓶牛乳を取って若者に見せて「これあげる」と言ってはコートを広げて素裸を見せて、胸にキスさせたり、訳の分からない行動を取っても、理由の説明は一切ない。

ただ、17年ぶりなのに「まだ若い肌」だとか、奔放に、旦那以外のヤクザや、青年らともセックスをしてゆく、ということを日向明子にさせたいだけのために無理矢理設定を作っているというか・・

読んでいて腹立たしくなるひどい台本だった。

出倉宏というテレビ構成作家の手になるもので、日テレの「日曜お笑い劇場」やテレビ朝日の「爆笑!ドットスタジオ」などの構成をしていた人らしい。
この人がどうして日活を書くようになったかは、僕には分からないが、藤田敏八監督の『不良少女・姦』(77)にもクレジットされている。

日活ではこの後、西村昭五郎監督『制服体験トリオ・わたし熟れごろ』(81)と小沼勝監督『ファイナルスキャンダル・奥様はお固いのがお好き』(83)の二本で名前が出てくるが、何を隠そう、これは二本とも、監督に言われて僕が頭から書き直しており、出倉宏の初稿は跡形も無いと思うが、登場人物名くらいは残っているだろうか、それも忘れた。
会ったことは無く、写真も見たことも無いから、どんな人物かは知らない。
いい加減なホン、薄いセリフを書く人だ、という以外は。

『桃子夫人〜』の時はまだ、監督から脚本の相談などされないカチンコマンだが、読んでいくと・・・

桃子は徳一郎と東京都内の大邸宅に戻り、父親(井沢一郎)と娘・綾子(東郷亜希)と会うが、久しぶりに会った親子の対話とか、生まれてすぐに別れた娘が育った姿を見た驚きとか想いとかはゼンゼン無く、呆気に取られるアッサリさで、ただ、父親の「もう帰らんと思っていたのに、よかったよかった」とかのセリフがあるだけでさ〜、なんなんだいったい、これは。

こういう場面を作りたいのであれば、17年前に娘を出産した桃子は不治の病に犯されるなどして、アメリカで治療を受ける為に単身渡米した後、行方が分からなくなり、旦那も探したが見つからずに諦めていたら、やっと連絡が来た、と思ったら記憶が曖昧になっており、17年前と寸部違わぬ美しい姿で成田空港に現れ、旦那を驚かす。そして、行動も淫乱となっていながら桃子には自覚が無いのを明確に分かる設定にしたらいいのに、そうすれば、娘の対応も違ってくるだろう、そして、次第に、桃子の姿が若い理由、それは冷凍されていたからだ、と分かってくる、何故、冷凍されたのか・・・とすればサスペンスも出てくるし・・・てな感じで、こんなにまとまってはないが、近いことを考えながらカチンコを打っていた。

脚本に不満の鬱屈した気分でありながら、日向明子さんが明るく元気よく溌剌と演技していたのが、救いだった。
この年、日活では11本に出て、「ロマンポルノの百恵ちゃん」と言われるようになっていた。僕はあまり似ていないと思ったが、輪郭や目つきが、どことなく共通しているとマスコミに思われたのか、会社も意識し出して、この2年後に加藤彰監督『百恵の唇・愛獣』で再会する。
現場は日向さんの明るさで持っていたな・・・
武蔵野美術大学を卒業している。共通の知り合いがいるから多分、同い年。

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ロマンポルノの現場では、女優さんが「脱ぐ」ことを恥じらったり、スタッフの目を気にして緊張したりした瞬間、雰囲気がサッと変わる。
和気藹々の「楽しいお仕事」的に撮影していても、その緊張が伝播して、一瞬にして全体がピリピリムードになる。
日向さんは、そういうことが全く無かったし、小原監督も「粘る」ということが無かったので、撮影は早い。
粘りようにも粘り甲斐の無いホンだから。手抜きしたくもなるでしょ・・・

娘・綾子役の東郷亜希さんは、同性愛者の活動家(日本雑民党)・“伝説のおかま”と言われて、よく選挙に出ていた東郷健の娘さんで、映画初出演であったが果敢に体当たり演技しながら力不足、というより、このホンでは演技のしようも無かったのではないか、可哀想に思えた。映画はこれ一本。

配役未決の役者事務所に衣装合わせの予定入れるチョンボをしたり、藤田組を外されたり、仕事には自信を失くしている状態の無能助監督も、全くの新人女優から見れば、他に頼れる人もいない、40代がメインのスタッフの中にあって、24歳の僕は、多少は相談相手に感じられたかも知れない。それでも、あまり愛想は無かったろうが。

亜希さんが芝居出来ず、撮影が中止になった後、セットでリハーサルの練習相手をしたりしたが、きちんとした指導も、良いアドバイスも出来なかったかな・・
でも、腐ったりする事なく、よく頑張ってくれたと思う。

17年間冷凍されていたので母親はまだ21歳、娘は17歳ということで、娘のボーイフレンド・健一(今井久)が桃子に一目惚れして、ムッとなる、という役どころである。

その後、監督になってから亜希さんから連絡をもらい、ゴールデン街の店で東郷健さんと対談することになった。亜希さんが司会みたいなものだが、ちょっと何を話していいのか分からなかった気持ちを覚えているが、無内容な対談だったかも知れない。
写真集の付録のような対談で、探せばどこかにあるかな・・・

後半、緊縛モノ作家の団鬼六が精神科医の役で特別出演して、桃子を分析すると、診察するシーンもないのに、いきなり「彼女はサイボーグで、夜は貞淑な妻だが、昼は男を追いかけるようにセットされている」と言うのが・・・アタマ痛くなる、何故それが分かる、根拠を示せ、根拠を!

だいたい“サイボーグ”とは“改造人間”のことだが、たまに“ロボット”や“アンドロイド”と同義語で使う輩がいて、不朽の名作マンガ「サイボーグ009」を読んだことがあるのかよと思うが、ここでもそういう使われ方だ。
仮に父親が、淫乱セックスマシンに仕立て上げたとして、何の目的でそんなプログラムしたのか、全く分からない。
そういう不条理を狙ったわけでも無い。

テレビのバラエティ番組のコントを書くようなつもりで、映画の脚本を書いたのだろう、これは。出倉宏のホンは、続く2本もそうだった。
素人より悪い。素人なら、もっと一所懸命考えるだろ。40年以上経ってもハラタツノリ。原辰徳はこの時東海大学3年生。

撮影中盤の撮休、11/23、日劇文化でクロード・ガニオン監督『Keiko』を見た。

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23歳の、さほど美人では無いがそれなりに魅力あるOLの人生を、ドキュメンタリーかのように丁寧に撮ってゆくが、彼女の人生を覗き見しているような、見てるとちょっと後ろめたくなるようなリアルな臨場感に引き込まれ、見終わった後、何か引きずるものがあった。

最初「23歳でバージンなんて変ですか」と言っていたケイコは、喫茶店で知り合った男と初体験をして、付き合い、別れ、また男と出会い、年上の女性ともレズ体験をして、淡々と成長してゆく。リアル過ぎて気持ち悪いくらいな感じで、今やっている仕事とは対極もいいところ。

クロード・ガニオンは、この年の日本映画新人監督賞を獲り、主演の若柴順子は実際の京大生で、芸能的な活動はこれだけで、その後は研究の道に進み、大学教授になっている。

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同居する年上女性のきたむらあきこは、野田秀樹のマネージャーとなって再会し、さらにはシスカンパニーの社長となって、なんとか映画に出そうとしたが実現しなかった。

『Keiko』を見た後、日比谷から三鷹に戻って、そこからバイクで文化祭をやっている小金井の学芸大に行ったらもう夕方になっていて、多分カノジョが来ているだろうと思ったらさっき帰ったと言われ、後輩が作った8ミリ映画の上映会を見て、夜、学食ディスコで踊っているうちに雨が降り出し、雨の中をバイクで家に帰って10時過ぎにカノジョに電話して、「金子さんは冷たかった」とか表現が過去形となって、あれ?と、話しているうちに泣き出され、いつの間にか別れ話になっていた・・・なんかランダムな記憶がフラッシュバックするが、『Keiko』の影響があったような気がしてならない・・・ケイコ23歳、カノジョも23歳。
2年前の文化祭の夜、自転車の後ろに乗せて暗いところに連れて行きキスしたんだ。ちょうど2年の付き合いか・・・

翌日から撮影に戻ると、桃子は綾子のボーイフレンド・健一と鎌倉・稲村ヶ崎のホテルに行き、クライマックスのセックスをしたら、書き置きを残して、海に飛び込む。
(当然、理由は描かれない)
海に飛び込むシーンは無いが、健一が慌てて探して、崖から海を見ると、岩場の波打ち際に、桃子の服を着せたマネキン人形の首が無いやつを置き、少し離れたところに、調布のエキスプロに特別発注した桃子の頭部に首から機械がはみ出ているやつを置いて、波に打たせている。
それを見て涙する健一・・・海に「終」。

エキスプロは、デパートの屋上イベントで使われるキグルミ製作をしていて、僕がマネキンの頭部を持って行って、首から機械がはみ出るようにという指示をした。
こういう結末にはしたく無かったが、台本に書いてあるんだから、助監督としては、このアンドロイド(台本ではサイボーグ)の頭部を作らざるを得ない。
収集つかず、どう終わらせていいか分からないから、桃子と物語自体を破壊してしまった、という無残なラストだ。

僕が脚本を直していいのだったら、団鬼六の博士が、頭部と胴体を回収して密かに修復、桃子2を作り、更に淫乱になってしまう、という結末にしたらどうか、と思った。

予告編は、機械がはみ出ているフェイク頭部のアップから初めて、白衣の男たち(フレームで顔は切って見せない)三人で、ストレッチャーに置かれた首なしマネキンの胴体に、この頭部を付け作業する動きを、黒バックで撮った。
そして、カットを割って、少しヨリサイズにして、同じ服を着た日向さん本人と替わり、目を瞑ってもらい、ヨーイスタートで目をパッと開けて「私は桃子」と言わせ、そこにメインタイトルを載せた。
ネタバレではあるが、桃子はロボットだというのを最初から見せたのだ。

これが、会社に受けて、ファンキーさん(小原監督)から、「予告の方が面白いじゃないかって言われちゃったよ」と笑って言われた。
映画自体は、相当不評だったようだ。

だが、この頃から、僕は、ファンキーさんがやるような企画を、自分ならもっと面白く撮れる気がするようになった。

カノジョに未練があった僕は、次の撮休の日に九段下の公園に呼び出して会ったが、女子は決めたらサッパリしたもんで、新たにどうこうということにはならず、大手町でサヨナラした。
アン・ルイスの「グッドバイマイラブ」が頭に流れ、まさに、右と左に別れた。
そして、撮影所に帰って、12回で書いた“白石問題”の助監督部会に出席という流れに繋がる。

殆ど、間髪を入れず、休みなく、宮井えりな主演・藤井克彦監督『昭和エロチカ・薔薇の貴婦人』の準備が始まり、12/24クリスマスイブにクランクインで12/28まで撮り、正月休みを挟んで1/7〜1/13の11日間で撮影・・「年マタギ」と言われている・・が入ったが、殆ど書くような面白い話は無い。

宮井えりなさんも、書いたら日向さんと似たような感じになってしまうかな。男っぽいクールな美人、とでも言うか・・

『桃子夫人の冒険』ほど酷い脚本では無かったが、戦争中の話にしながら、軽井沢の別荘地で行われる詐欺話、というか、絵柄は変りばえするが話はちょっとさ〜・・・ロマンポルノもネタに困っていた時期なのだろう。
藤井監督は、汗かきで、年がら年中、タオルで汗を拭っていた記憶しか無い。

ロマンポルノ裁判の被告になって無罪となり、悪い人じゃないんだろうけど、喜怒哀楽が良く分からず、かと言ってクールというのでは無い。
はっきり言って撮るのが遅い・・・残業も多い・・・コンテも間違える・・あ、スイマセン。

僕の予告編は、飛行機の爆音やら大砲の炸裂音を入れて、音楽も大袈裟にして、あたかも『戦争と人間』の世界で繰り広げらるポルノという作りにしたから、これも予告の評判は良かった。
本編より面白い、という言われ方までは無かったと思うが。

早く家に帰れれば、シコシコ書き続けている脚本、城戸賞目指す『冬の少年たち』を直しながら、ロマンポルノの脚本も書き出した。

入社面接の時に、8ミリ映写機を持って、見せようとして見せられなかった3分の『変身』をもとに、男が女になって、性の喜びを得る、というのを膨らませて話を考えた。

カフカばりに「朝目が覚めたら・・・」のナレーションから始まるのでは、映画として弱いから、ワンシーンなにかあって主人公の男が落ち込み、夜アパートに帰り、雷がそのアパートに直撃、朝目覚めたら女になっている。て、ことは、では、どこかで男になっている女がいるだろう、と発展して考えると、その女の話も必要じゃないのか・・・女に変身した男と、男に変身した女と・・あれ?どこかで聞いたような話、と思うのは、今は2016年の『君の名は』を過ぎた2020年だからだが、大林宣彦監督の『転校生』は1982 年なんで、この3年後なんでゴザイマスよ〜

僕の発想は、男になってしまった女が、なんとかして自分の姿をした男を探し出す、そして、何らかの理屈で、二人がセックスすれば元に戻ることを知って、それにトライしようとするが、女は主人公の顔が好みでは無いからその気になれない、ということで話を引っ張り、お互い愛を感じて最後にセックスに至る・・・が、それで簡単に元に戻ってしまっては、意外性がなく面白くないから、思いついたのは、女は元に戻るが、男は、セックスが終わると「ワン、ワン」と言っている・・・犬と入れ替わってしまった、という展開。
そして、どこかで、男の心を持った犬が走り回っている。
でも、犬になったからと言って落ち込まない、犬の方が、何回もセックス出来るから幸せだ!、というナレーションで締めくくる。
・・・という「イクオの大変身」という企画を思いついたのであった。

なんか、仕事の鬱憤ばらしで書いていたようですが・・・

そうだ、イクオはポルノ映画の助監督にしよう。それで叱られて落ち込んで・・・
タイトルバックは、本番ポルノ映画の撮影現場で、最後に男の勃起したイチモツは写せないから、黒い長方形の帯を貼り付けて画面ストップ、そこに斜めにして、「金子修介第一回監督作品」と出すのだ!


.....to be continued

(チャリンの方には、前々回、長過ぎてカットした部分をお見せしますー)


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