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オンデマンド出版・販売サービスの先駆者アマゾン

 今からちょうど10年前の2012年のことですが、私は日本にいながらアメリカのアマゾン(Amazon.com)から、リスク0(ゼロ)で紙の本(ペーパーバック)を出版しました。今でこそオンデマンド出版は珍しくなくなりましたが、当時日本人でそのシステムを利用していた人は非常に少なかったと思います。本記事の後半に詳しく述べますが、当時から米アマゾンは個人ユーザーに対して、最小限のリスクで本やDVDソフトをオンラインで制作・販売できるサービスを提供していました。10年以上前から、まだ無名の人間の創作物を、「大手」の販売する商品として収益化できる手段を提供していたことになります。

 ご存じの方も少なくないと思いますが、昨年秋になってアマゾン・ジャパンのKDP(Kindle Direct Publishing)アカウントからもオンデマンドの紙の本が出版できるようになり、ネットで少しだけ話題になりました。しかし既に述べたことからお分かりのように、これは「画期的」でも何でもなく、単に米アマゾンがずっと前からユーザーに提供していたサービスの日本版に過ぎないのです。どうやらシステムを日本語にローカライズするのに時間がかかっていたようです。

 アマゾン・ジャパンが日本語のペーパーバック本をオンデマンド販売し始めたのは、2016年です。その当時はまだ、米アマゾンのKDPアカウントで本のデータをアップロード、チェックする必要がありました。私は当初よりも便利になった米アマゾンのシステムを使い、会社の商品としてロシア文学の翻訳短編集などを日本市場でオンデマンド出版し始めました。『ロシア幻想短編集』シリーズ、ベリャーエフの『永久パン 他一篇』などです(アマゾンのオンデマンド本の一覧はここで見られます)。それらは全て、会社で取得したISBN付の商品であり、国会図書館をはじめ複数の公立図書館や大学図書館に所収されています。読者から好意的なレヴューを頂いた本も少なくありません。ほとんどは短編集なので、所収作品を単品でKindle本化したものもあります。中でも人気なのが、ツルゲーネフの短編『勝ち誇る愛の歌』です。

 同じタイトルで紙の本とKindle本がある場合、必ずしも前者が先に出版されるわけではありません。Kindle本はデータ作成が紙の本より容易なので、個人でやるならまずそちらを出版する方がいいかもしれません。アメリカでもアンディ・ウィアーの『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作)の例があります。Kindle本も、ジャンルと時期によっては紙の本より需要が多い場合があります。私の本の中では、2011年に単行本として出した『タルコフスキーとその時代 秘められた人生の真実』や翻訳詩集『金の時代・銀の時代 ロシア詩選集』が挙げられます。 

 アマゾン発のこうした文字系クリエイター及び出版社向けサービスの長所は、不良在庫のリスクがゼロ、流通にかかる費用もゼロということです。費用がかかるのは、本文の作成とレイアウト、カバーデザインといった、まさに“クリエイティヴ”であるべき部分だけです(会社として出版するなら書籍JANコードとISBNの取得が必要で、3年毎の更新料も必要になりますが)。

 10年前に私が米アマゾンから個人としてオンデマンド出版した本の一つは、19世紀後半から20世紀初めにかけて活躍したロシアの画家、ミハイル・ヴルーベリ(1856-1910)を主人公とする伝記小説です。現在でも米アマゾンの商品リストに残っています(リンクはTaosareta Demon (Japanese Edition) )。商品ページの「試し読み」で確認することができますが、横書きではあるものの日本語の本です。執筆したのは2000年代前半でしたが、内容が特殊なのと数年後に起きた世界同時不況で出版の機会はないと思い、米アマゾンで商品化することにしました。現在は、本文が縦書き2段組みで表紙デザインも違う第2版が、会社の商品としてアマゾン・ジャパンで販売されています(『倒されたデーモン』、2016年発売)。

 私が最初にオンデマンド印刷・販売サービスを利用した当時、米アマゾンはCreatespace Independent Publishingというサービス名でそれを提供していましたが、Createspace社はもともと、オンデマンド自費出版の先駆者と言える別会社でした。アマゾンは数年後にはCreatespace社を完全に買収し、Kindleのサービスと統合しました。その後は同じKDPアカウントからストレスなくKindle本もペーパーバックも出版できるだけでなく、最近ではハードカバーの本まで出せるようになっています(ハードカバーは日本語未対応)。

 米アマゾンに個人ユーザーがDVDデータをアップロードして商品化できる、アマゾン・ダイレクトDVDや動画を販売できるアマゾン・ダイレクト・ヴィデオといったサービスもあります。しかし、映像クリエイター向けのそれらのサービスは、Googleが買収したYoutubeの収益化サービスが爆発的に普及したせいか尻すぼみになっているようです。映像の分野ではYoutube動画からデビューする映画監督も現れています。いずれにしても、アマゾンが個人クリエイター向けオンデマンド出版・販売サービスの先駆者だったことは確かです。

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