見出し画像

孤独と執着

2年前に当時の奥さんに精神科を勧められた事がきっかけでうつ病が発覚した。

近くの街の精神科で問診を受ける事30秒、お医者さんに言われたのが
「佐藤さんの症状は特殊です。紹介状を書くので、その病院に行ってください」
だった。
後日、その病院に行った。そこで見たモノは漫画『ブラックジャックによろしく』の精神科の回で見た院内とそこまで相違が無い光景だった。

とてつもない衝撃と共に「僕のうつ病らしきものは草野球程度のもんと思ってたけど、どうやらプロ野球のフィールドに来たようだ」と冗談まじりに思ったのを覚えている。

程なく通され挨拶したドクターの名前は伏るが、例えるなら大袈裟でなく「毘沙門天」みたいな名前の方で「いや、名前の時点で患者を威圧してるやん」と思った。
そして問診、質疑応答、そして説明。

「あ、かなり重いっすね」

と重い病状を軽い口調で話すとても重い名前のドクター。僕の通院及び、別のカウンセラーの元へと通う日々が始まった。

カウンセラーの方は休日の昼間に庭いじりをしてそうな、凛とした初老の男性。

「話したい事を、無理なく、話して下さい」

最初の言葉が生まれてくるまでに4〜5分かかっただろうか。しかも途切れ途切れ、言葉によっては単語にすらならなかった。
それでも少しずつ話せるようになり気がついたら自分の半生を泣きながら30分ほど話していた。
初めて「自分に潜った瞬間」だった。

話終わってお爺さんからのリターン。

「佐藤さんは(原因は伏せる)2〜3歳から記憶がおありの様ですが、恐らくその時代からうつ病の気がありました。
出来ることは沢山あります。昔の自分を振り返ってキチンと慰めてあげる事、心をニュートラルにする術を少しでも手にする事、マインドフルネスです。」

初回の通院、カウンセリングが終わり当時の奥さんに報告。「がんばろうね」と言われ涙が出た。がんばろうと思った。

しかし、病院の光景がチラついては「僕は2〜3歳からマトモじゃないんだ」と自認する毎日。終わりの読めないトンネルにいる気分でもあったし、狭く暗い部屋にいる気分でもあったが、唯一娘だけが僕をニュートラルにさせてくれた。

当時やっていたバンド、アイラブユーベイビーズのメンバーにも打ち上げ明けの宇都宮で伝えた。ヒデトくんは泣きそうな顔を、イトゥーちゃんは「がんばれ」という顔を、谷口は半ベソで手を握ってくれた。

ぼくは取り立て何も返せなかった。

そのあたりから症状が加速。文字も漫画も読めなくなり、音楽もあまり聴けなくなった。持病のメニエール病が再発、自分の部屋は余計に荒れていき、家族もバンドも荒れていき、元奥さんと娘はほぼ実家に戻るという半年が続き(早い時は東京戻って2日で帰った)逃げ場拠り所が欲しかった僕は不倫に走った。

その人といると発作は直り、心から楽しい気分になれた。抗うつ剤のお陰で感情表現もうまく出来きなくなっているのを逆手にとってから何か、今思い返しても相当におもろい事を沢山言っていた。

そんな生活が長く続くわけはない。うつ病患者のツメの甘さは本当に甘かったようで、程なく不倫はバレた。

3日後から外人だらけのシェアハウスでの生活を言い渡され、軽い荷物を持って引っ越し。
ちなみにこの時の家賃の総額は27万円を超えていた。

家に入れる毎月のお金、家賃、お小遣いなどバグりそうなレベルでお金が飛んでいく。
それを何も解決策もなく四苦八苦していた時にGRAND FAMILY ORCHESTRAのアルバム制作が始まった。

「ペールオレンジ」という曲、愛した人との離別を振り返る歌。そのレコーディングが終わった夜、離婚が決まった。

「全てを背負って生きていく」と決意したものの、そこから生まれた圧倒的な孤独感と幸せだった頃に描いていた未来に対する執着。
自分が悪いが月々の慰謝料、養育費は僕の心に悪いエフェクトをかけるには十分すぎるものだった。

アルコール、人を大事に出来ず遠ざける。仕事も散漫、唯一バンドで音を出している時、友人と他愛もない話をしている時が自分のメインの救いだった。

あれから時間は2年経った。

自分への理解と何もしない時間を作る事、カウンセリング、程よい薬との距離感、何より周囲の仲間の理解愛情適度な無関心のお陰で2歳からの付き合いとやらのうつ病ともそろそろ円満に別れかけの夫婦みたいな空気が漂っている。

まだ油断はできないがこの2ヶ月自分に潜り、見つめ、話した。
そのうちにいつの間にかマンガが読めるようになり、嗜好品として音楽も聴けるようになった。
そして何より「好きな人と会う」という事の尊さを思い知った。

しつこいうつ病も、襲ってくる孤独感も、溢れてやまない執着心も、全ては自分自身の核に向かい潜っていくキッカケになる。
今日も誰かは眠れずに怯えながらそれらと至近距離で対峙しているんだろう。

さっき睡眠薬3種類と安定剤を飲んだ。「いつか、いつか」が「もうすぐ」だと信じて。

長いトンネルにも終わりがあります。そうそう一人ではないとも思います。

また望むならいつでも始まりは今だとおもいます。
くたばれ、うつ病。

読んでくれてありがとう。がんばれ。


追伸・もしのもし、同じ苦しみを抱えている人がこれを読んだ時、少しでも前に進むキッカケになればと思って書きました。

タイトルは先生の著書より。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?