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【朝の日課、夜の日課♡】

楽器で演奏をする前に私たちは、チューニングをする。ピアノも定期的に調律しないと「音」が狂ってくる。人間の感覚も楽器の「弦」のようなものだ。日本語だと、生まれた時から日常語として聴いたり話したりしているので、しばらく使っていなくてもそんなに問題はないかも知れないが、例えば、覚えたての外国語はどうだろう?英語のヒアリングや発音をしばらくサボっていると、感覚がすっかり鈍ってしまって使い物にならなくなったりする。

だから、少しでもいいから、毎日触れていることが大事だ。植木に水遣りをするように、毎日感覚や筋肉を使い続けることで、感覚を更に繊細に使うことを覚え、僅かな「差」を感知して、それを再現できるようになる。

日本語音読」をするようになって、日本語の「音」にアンテナが立つようになり、「音の響き」の感覚が敏感になったと思う。人の話す声や、自分の声がとても氣になるようになった。特に「母音」の音の響かせ方によって、言葉の伝わり方が違うのがよく分かつて面白い。

なので、この感覚をさらに育てて、「日本語音読指導者」として美しい日本語の響かせ方を体得してお伝えすることが目標だ。その為に、松永暢史先生の「音読」聴くことを毎朝の日課としている。その日の氣分で、どの古典の録音にするかを選んで、緩く続けている。

日本語音読指導者養成講座の最終日に松永先生が「皆さん、よく練習して上手になっているけど、もっともっと良くなります。私もまだこれから。だから皆さんもこれで良しとせずに続けてください。」とおっしゃった。ずっと長い年月やってこられた松永先生がまだこれからなら、私たちはどれだけ伸びしろがあるのだろうか?と氣が遠くなりそうになるが、それ位、「音・音読」の探求とは、深くて面白いものなのだと思う。芸事と同じで、道に終わりは無い。

一方、夜の日課は「官足法」の「ウォークマット」の上を20分間、足踏みするということ。小石を並べたような表面がゴツゴツとしたマットの上を素足でフミフミすることで足裏のツボを刺激して、溜まった老廃物を流す健康法だ。

最初はマットの上に乗るだけで激痛が走り、とても足踏みどころでは無い!その痛みに耐えながら20分間タイマーで計っていると、まるで永遠と思えるほど時間の経過が遅い。解説によると…毎日やり続けることで、日々身体か健康になって次第に痛みは無くなり、氣持ち良くなるようになるらしいが、にわかに信じがたい。それ位痛いのだ。(苦笑) 

9月20日過ぎからスタートさせたので、後少しで1ヶ月となる。まだまだ激痛はあるが、今ではある程度足踏み出来るようになった!年齢のせいだと諦めていた身体の強張りが少しずつ軽くなっているような良い体感もある。こちらも3日サボると身体は元に戻ってしまうらしい。まるでパレリーナのレッスンと同じだ。少しずつでも毎日継続する事が、何事も大事のようだ。

今のところ、「朝の日課」と「夜の日課」を順調にこなしている。今後の変化が楽しみだ。

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