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#4 ラッセンも好き。ゴッホも好き。

芸人をやってると芸人あるあるみたいなのが出来てくる。特に多いあるあるは、しょうもない、対して可愛くもなければ面白くもない女子に

「え、芸人なの??じゃあギャグやって!」

と心から「クソが」と叫びたくなる無茶振りをされる事だ。ギャグなんて持ってないし、お前なんかに見せて何の特になるんだって色々言いたくなるけどある程度丸く収める為にモノマネとかで逃げる。「ウケる〜w」とか盛り上がってくれる人が多いからどうにか怒りは収めているが、「えーつまらない。」なんて言われた日にはその女を銃殺することにしている。もちろん、ライブなどでないプライベートでの話だ。

落語家ということも伝わってしまうと「蕎麦やって」なんてよく言われる。私も蕎麦が出てくる話は持ってるし、「時そば」なんて営業ではバチバチ掛ける、いわば必殺技のようなものだが、話が面白いだけで蕎麦を食べる仕草の部分なんて、蕎麦を食べてるように見えるだけだ。何も面白くない。ただ、やれと言ってきて微妙な空気にする空気の読めない野郎たちはいつか唇を引きちぎってやろうと思っている。

まあ、どっちにせよ無茶振りより「振ったくせに笑わない」に腹が立っているのでただの実力不足な気もする。同じ芸人でもビートたけしさんにギャグやってなんて無茶振りをする人はいないだろうし、名人の落語家なら蕎麦だけでも「すげぇ!」ってなるだろうから。

プライベートでもウケる時は嬉しいし気持ちいい。もちろん無茶振りでスベるだけじゃなくてウケることもある。私がエピソードトーク(いわゆるすべらない話)をオチまで喋り、それを聞いて爆笑している女の子に

「はっはっはwww ....おもしろそう!」

って言われて面白いから笑ってたんじゃないの?なんて天然っぷりに驚いたこともあったし、別の女の子は爆笑しながら

「めっちゃウケるwww しゅんさん、それ、ウケ狙いですか?」

なんて、愚問が返ってきたこともある。ウケ狙いじゃなかったら私は天然で笑いを取ってたのか。

まあ無茶振りなんてのもあるあるだが、芸人をやっているとよく聞かれる質問というのもある。
「何で芸人をやってるんですか?」
「お笑いってギャラどれくらいなんですか?」
「好きな芸人は誰ですか?」
「どういう番組に出たいですか?」

いろんな質問が飛んでくるがこの辺は特によく聞かれる。この返答が意外と難しいものでどれもはっきりと答えられない。その中でも特に、「好きな芸人」の答えは難しすぎる。毎回のように答えが変わっている気がする。

もちろん、好きな芸人がいないわけではない。好きな芸人も尊敬している芸人も、私の根本がただの「お笑いオタク」で、その延長線上で芸人をやっているようなものだから多すぎて答えられないというところだろうか。全員言えと言われたら数百人は名前が出てきてしまう。そこに「誰が1番か?」という争いがなく、ほぼ同率1位が数百人横並びでいるのだ。それぞれの武器が違い過ぎて同じルールの試合で争うことができないのだ。モハメド・アリとアントニオ猪木は強引に同じルールで試合をしたものの、戦い方が違い過ぎて観客のほぼ全員が「何これ?」となったはずだ。あの感じ。あの試合だって結果はドローだし、ボクサーのアリからすると寝そべっている相手に戦いを挑むことができない。そんな感じ。

例えでもっと分かりにくくするのがこのnoteの味みたいなものなので勘弁してくれ。まあ要するに、ギャグで笑わせる人とツッコミフレーズで笑わせる人と、話術で漫談で笑わせる人との争いが出来ないから答えられない。というところだろうか。しかし、これがもし、「1番印象に残っている芸人のフレーズは?」となると2人の芸人のフレーズが思い浮かぶ。そのフレーズというのが

「ハンマーカンマー」
「ゴッホより普通にラッセンが好き」

この2つだ。
「え、そこ?笑」ってなってる人が殆どなのだろうか。この方々の芸にはものすごく感動して、涙を流して笑った。大好きなフレーズだ。この言葉だけでウイスキーのロック10杯くらい飲みたくなる。


ハンマーカンマー。


ハンマーとカンマーによって構成された最も美しいワードだ。数式的にも美しいはず。まあ、とにかく意味不明だ。必要ないとは思うが一応説明すると、「R-1ぐらんぷり」の2016年チャンピオンであるハリウッドザコシショウさんのネタだ。本人曰く、古畑任三郎のモノマネであり、古畑任三郎のセリフが「ハンマーカンマー」に聞こえて仕方がないらしい。それは何となくわかる(気がする)。ただ、すべてのセリフをハンマーカンマーに変え、また声も全く似せていない。今どき渋谷ギャルなら「何やってんの?w」「バカじゃないの?w」と半笑いで聞いてきそうなことを裸で全身全霊、本気でやっている。しかもこれで芸歴が27年だ。

同期の中川家さんやケンドーコバヤシさん、陣内智則さんらがテレビや舞台で安定して売れ続ける中、このスタイルを貫き通した「生き様」で笑いを取っている。これがとにかくカッコ良くて痺れる。ザコシショウさんは他のネタも「誇張し過ぎたモノマネ」として、とにかく勢いの凄い似てないモノマネを披露している。「勢いだけじゃん」という方もいるかもしれない。でも、「勢いだけの芸人」が全く勝てないほどの「勢い」だから笑える。ここまで来るともう一流の芸だ。技術やテクニックで笑いを取りに行っても、この魂で笑わせる芸には勝てない。刺さり方が違う。

そしてもう1人が、「ゴッホより普通にラッセンが好き」で一世を風靡した永野さんだ。これも凄い。
私は元々、このネタでテレビによく出るようになる前から永野さんのファンだった。アメトーークで「ゴッホとピカソに捧げる歌」をやる4〜5年ほど前だろうか。中学生の頃、「おさるの呼吸」というネタでどハマりしてしまい、それから「2000匹の猫」「美川憲一に捧げる歌」「パクリ越え」など様々なネタを見漁った。「孤高の天才芸人」の異名を持つ永野さんは客が10人もいない地下ライブにでて、そのお客さん全員が椅子から転げ落ちて立てなくなるほど笑わせていたという逸話もある。カッコよすぎる。客数やメディア露出ももちろん大事だが、売れてなくても来てる客を爆笑させる。これもまた芸人の生き様なのだ。

ただ正直、学生時代好きな芸人さんではあったものの、売れるとは思っていなかった(死ぬほど失礼)。だが結果として今では日本中、殆どの人が認知するほどの芸人になった。しかし、当時の私は、ファンとして恥ずかしながらあのネタを知らなかった。たまたま付けたテレビに永野さんが出ていた。

「え、TV出てる!?何で??」

とめちゃくちゃ驚いた。

テレビに映る天才は水色のシャツと赤色のパンツのコミカルなファッションに「perfumeのニセモノ」のような髪型と笑顔。キモさ全開のヤラしい笑顔で「ピカソとゴッホに捧げる歌」を披露するという。芸人界の孤高の天才がピカソとゴッホというアートの天才をどう斬るのか、ワクワクした。流れてきたBGMは「美川憲一に捧げる歌」と同じメロディ。カッコよさの中に軽さも感じる。あの時のようなワードセンスの良い歌を披露してくれるのだろうか。笑顔でカメラにバイバイしてまだ余裕を見せている。小学生なら「目が悪くなるから離れなさい」と言われるほどテレビに近づいて見入った。テレビの画面越しにも、私の期待が伝わってしまうのではないかと感じるほどのめり込んだ。ネタが始まった。

「ゴッホより普通にラッセンが好き〜♪ピカソより普通にラッセンが好き〜♪...はあぁぁい!!」

驚いた。想像以上にシンプルな分かりやすい歌詞だ。ラッセンというバブル期に流行した綺麗な絵を描く画家。いわば、「アートよく分かりません!」と言ってるようなものだ。誰が見ても良い作品の方がいいよという意味だ。

「いや、誰が言ってんねんw」

不意に笑みが溢れた。沖縄生まれ沖縄育ちの私ですら関西弁が出てきた。孤高の天才芸人よ。誰が何を言っているのだ。万人受けはしなくても、好きな人は椅子に座れなくなるほど笑わせるあなたは画家に例えるとどう考えても「ピカソ」だ。そのピカソ自身が、「ピカソよりラッセンが好き」と言っている。いわば自虐。ただ、普通の自虐ネタではない。「芸人界のピカソ」による「ラッセンが好き」発言は自分の今までの芸人人生全てをフリにしている渾身の自虐だ。本人はラッセンになりたかったのか?好きでピカソをしているんじゃないのか?ラッセンが好きすぎてあんな鮮やかなブルーのシャツを着ているのか?考えれば考えるほど面白くなっていく。元の永野さんを知らない一般の人でも分かりやすく「変わった事をする芸人」という認識を持たせる為に歌を歌うまでの少ない時間の中で、服装や笑顔や髪をかき上げる姿、音楽の雰囲気によって変態っぷりを十二分に見せつけ、そこからのオーソドックスな「キンカン」と言われる手法で笑いを取っている。永野さんのファンである私としてはもっと変わったネタをすると想像していた。しかし、結局この人生をフリに使ったネタが茶の間にウケ、ブレイクした。

当時、高校3年生の私は言葉で表すことのできない妙な感情になった。面白いは面白い。でも、単なる面白いではない。雰囲気で言うと「深い」って感じだろうか。感動に近い気がする。あんなネタに感動している私もだいぶ頭が狂ってる。でもあの生き様や、魂の笑いに感銘を受けた。他の芸人さんのネタや、永野さんの他のネタだって死ぬほど見てきたしめちゃくちゃに笑ってきた。でも唯一、あのネタだけが感じたことのない感情になった。


そんなこんなでこの2人の芸人さんは大好きだ。やっぱり生き様や魂の笑いはただ笑えるだけでない何かを感じてしまうからだろう。そして、自分には何がどう転んでもできない芸っていうこともあると思う。この2人が好きと言っているくらいだから私自身、訳の分からないネタをする芸人だと思った方もいるかもしれない。実はそうではなくて、漫才、漫談、落語、MCと、喋りを武器にしている。大したものではないが、カッコよく言うとトーク力で笑わせにいくので、上の2人とは全く違うオーソドックスなタイプの芸人だ。同じタイプの有名な芸人さんは面白いよりも勉強や研究の感覚で見てしまう。だからこそ、上記の2人の芸人さんのような勉強のしようのない(失礼)、そして自分にできない芸に笑ってしまうのかもしれない。ないものねだりのような感覚か。


好きな芸人さんはたくさんいるのでこうやって詳しく今後も語ってみようかなと思っている。皆さんのお笑いの見方が変わってくるかもしれない。もちろん、売れている有名な芸人さんを売れてないぺーぺーの私らが語るのはめちゃくちゃ野暮だ。野暮なのは分かってる。でもまあ何度も書くが今はただのニートだし、落語で弟子入りしたらこのnoteも消すはずだし、まあいいだろう。


僕はラッセンもゴッホもピカソも好き。ただ、心から笑えるのはゴッホやピカソタイプの笑い。かっこいいし憧れる。でももし自分がどのタイプにもなれるとしたらどうしようか......



やっぱピカソより普通にラッセンがいいな。




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