見出し画像

20時過ぎの肉コーナー

肉という食べ物は様々な食卓でみんなを幸せにしている。唐揚げ、焼肉などほんとんどの人が食べたことあるだろうし、好きな方も多いと思う。僕も唐揚げ、焼肉が大好きだ。

晩年に歌丸師匠が「近頃初めて唐揚げを食べておいしくて驚いたよ」という発言を聞いた時には驚愕した。まさか80歳に唐揚げ初体験をする人がいるのかと、改めて世の中の広さを知った。僕の脱唐揚げヴァージンはずいぶん早かったから、歌丸師匠が聞けば「近頃の子はマセてるねー」と思われたにちがいない。

そんなマセてる僕は毎日肉を食べる。豚肉、鶏肉。たまに羊も食べちゃうオマセさんだ。

先輩に何が食べたい?と聞かれたら、ワンツーで焼肉!!と思春期の運動部のような捻りのない答えを導き出す。

肉が好きで毎日食べたい。その割に痩せ型という矛盾を見た目に抱えているが、好きという気持ちは負けない。食卓にお肉はかかせない。スーパーのお買い物では肉コーナーにまっしぐらだ。とはいえ、現実は豚肉や鶏肉を買うことになる。国産牛は高いのだ。豚も鶏もおいしいけど、やっぱり牛肉を食べたい。でも高くて毎日は買えない。

僕にとって、牛肉は、かなりの高嶺の花ともいえる。丸の内OLと付き合うようなものかもしれない。JPモルガンやゴールドマンサックスじゃないと相手にしてもらえないのと同じである。と勝手な被害妄想を国産牛に抱きながら鶏肉と豚肉をせっせと食べて生活をしていた。そんなある日、20時過ぎにいつものスーパーの肉コーナーに行き衝撃が走った。

国産牛肉の様々な種類が50%オフになっているのだ!コレはどういう事だ?スーパー側のヤケなのかな?違う。ここで、僕はピンときた。このある日というのは、ステイホーム期間中。

という事は、スーパー側がみんなストレス溜まってますよね?そんな終わりの見えない世の中に、少しでも食卓で明るくなってくださいよというスーパーのメッセージかもしれない。実に頭が下がる。

僕は店員さんに「やさしくて気前がいいですね。ステイホーム期間中のサービスですか?」

店員さん驚きの一言「毎日20時頃にやってますよ」

な・に・をー!?知らなかった!毎日20時頃に国産牛肉が半額!?そんな素敵な時間があるなんて、ゴールデンタイムとはよく言ったもんだと感心し、早速すき焼き用の肉を買う。

僕の食生活が豪華になった。僕はレミパンを愛用していて、ふだんカレーを作る時は、豚肉と野菜がコトコト煮込まれる。近頃は牛肉と野菜がコトコト煮込まれるようになった。心なしか、レミパンもうれしそうにみえる。

僕は、その日以来、毎日半額の国産牛肉を買うようになった。ステイホーム期間中の楽しみにもなった。沢山の噺家が動画配信をしたりする中で、僕は特に労働もせずに夜は、牛肉を食べるという罰当たりな日々を過ごした。

徐々に落語会も、再開され始め、久しぶりに地方の温泉地で落語をした夜。毎回、その温泉地で体重計にのるが、僕は人生で初めて体重計を二度見した。めちゃくちゃ体重が増えている。前回測ったのが3、4ヶ月前。なんと7キロは増えているのだ。嘘だろ…

僕は子供の頃から太りにくかった。逆に太りやすかった姉は、アンタはええなぁーと羨望の眼差しを僕に向けていた。代われるものなら代わってあげたいよ、ねーちゃんという気持ちでいた。僕は太らないんだろうなと心のどこかで、思っていた。どこかの大人が「30過ぎると急に太ったりするでぇー」と言う言葉も、ワタクシには該当しませんと謎のキャラで他人事のように聞き流していた。

ところが、どこかの大人よ!本当じゃないか。Mサイズのトランクスが小さくなったなと感じていたが、太っていたのか。慌てて鏡の前に立ち自分の全裸を見る。なんだこれは!?手足は細いのに腹が出ている。まるで餓鬼じゃないか。罰が当たったと鏡の前で狼狽した。そんな全裸でうろたえている餓鬼噺家の前を細マッチョな若者が通り過ぎる。

ヤバイ。初めてダイエットしようと思った。そんなことで突然に僕と国産牛との幸せな日々は終わりを告げた。別れは突然だな。また逢う日までと尾崎紀世彦の名曲を脳内再生しながら、20時過ぎの肉コーナーを通り過ぎるようになった。

それ以来、会う人会う人に太ったねと言われる。初めて感じるストレスだ。先日、小遊三師匠にもお前太ったなーと言われた。病気にはなるなよとやさしい言葉をかけて頂く。いやー。こういう一言がやさしい方だなと鏡に映った自分のむくんだ顔をみながら小遊三師匠を改めて尊敬する。

そして、病気にはならないぞ!という、若手を通り越して、中高年丸出しの目標を胸に抱きながら近頃、ウォーキングを始めた。落語をさらいながら歩いている。これで、落語も上達して、ダイエットできれば一石二鳥じゃないか。

そんな事を思いつつたまに牛肉のことを思い出している。

#春風亭昇市 #不定期マルシェ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?