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疑惑のプール

『アノ人の正体』シリーズは、基本的には自分自身が出会ったヒトについて書いてきました。今回は『着流し社員』に続いて、同居人の目撃譚です。

彼女(同居人)は一時期、プールのあるジムに通っていた。それまでは力尽きて溺れる寸前のカエルにも似た平泳ぎしかできなかったが、そこに通うようになってから、クロール、背泳、そして最後はついにバタフライを攻略し、
「これで個人メドレーができる!」
と豪語するに至った。

そんな中、プールで見かけた同世代の顔見知りが次第に現れなくなった。フィットネスジムの方で見かけたので尋ねると、水泳はもうやめようかと思っている、という。
「あのさ、プールのウォーキングゾーンで歩いているおばあさん、いるじゃない? ほら、赤い帽子被っている……あのヒト、来ると、何時間もプールの中に入っているのよ」
そのヒトは行くとたいていいたので知っていた。当時、70代後半ぐらいだったという。
「よく見かけるけど……あの人が何か?」
「ずっといるのよ……普通、途中でトイレに行ったりするでしょ? でもあのヒト、まったく上がらないの……まったく! それでね……プールの中でしてるんじゃないか、って噂になってるの」
「えええ!」
同居人は長くても1時間ほど泳いで帰るだけなので、そのバーサンの水中長期滞在ぶりはまったく知らなかったという。
けれど、少なくとも彼女がいる間、そのバーサンが水から上がったのは見たことがないという。

いつもより遅い時間に行った日のこと、彼女は疑惑のバーサンがついにプールから上がる場面に出くわした。
(お、……そろそろ夕食の時間だから、家に帰るのかしら)
と見ていると、バーサンはプールサイドを更衣室の方にあるく途中で立ち止まった。
「あ!」
彼女の水着から液体が激しく漏れ出したのはその時だった。
周りの者はみな、ただ息を呑んだという。

「それを見て、もうあそこには絶対行かない、と決めた」
と同居人は言った。
「噂は本当だったのよ!」

うーん、そうか、と私は思った。
バーサンは、うっかり、プールの外で、しちゃったわけだ。
──『うっかり』『外で』!

その後、バーサンが『出禁』になったかどうか、それは知らない。
……でも、それは…なかなか…難しいだろうな……。


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