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千字戦参加作品その2「問いかける」

 幽霊がいるのだという。
 その話が出たのは、いつものように宇宙人にメッセージを送る集いが終わり、帰ろうとしたときだった。いつもだったら、そのままさっと帰ってしまうだけなのに、今日に限っては呼び止められた。今日の振り返りをしたいのだという。まず皆で輪になって集まると、若い外国人の男性が英語で何かをしゃべった。まったく意味がわからず、周りの顔を見ていると、どうもみんなはわかっているらしい。しかし、誰も話さない。若い外国人の男性がまた何かいい、今度はニュアンスから「本当に話したいことないの?」みたいに言っているのがわかった。もっとも「この中に宇宙人がいるんじゃないのか」と質問されていたとしてもぼくには聞き取れなかっただろう。わかっているのはそれが疑問文だったこと、何かをこの男性は尋ねたい、知りたい、と思っているらしいことだけだ。誰も話さないのがわかると、外国人の男性はうんうんとうなずき、突発的に開かれた小さな集会はお開きになった。
 何だったんだろうと思っていると、いつも食べ物を差し入れてくれる女性が、ちょっとみなさんにお話があるんです、と思いつめた声で言い、どうかみんなで手を繋ぎましょうと言い始める。ぼくの隣にはパンクロックをやっているという若い女性と、化粧品会社に勤めているという若い女性だった。宇宙へ呼びかけるときならいつも繋いでいる。でも、夜空を見上げずに手をつなぐのは初めてだ。そっと両隣から手を差し出された。ぼくの手も冷たいけれど、左右の女性の手も冷たい。強く握るわけでもなく、弱く触れるわけでもなく、なんとなくソフトな握手みたいな感じで手を繋いでいると、幽霊がいるらしいんですと今日はおにぎりを差し入れてくれた女性が話し出した。昨日は焼いた肉を野菜と餅で丸めたもの、その前はピザで、その前はチョコレートケーキだった。
 参加者の中にいる幽霊は、人間のようなふりをしていて、集会が終わってみんなが解散すると、ふっと蝋燭の火が吹き消されるように消えるのだという。あとには動物の毛が焦げたような香りがして、それもすぐに消えるという。
「毎回ね、誰かが消えているんだけど、でも消えたのが誰なのかわからないんです」気味悪そうにぼくたちを見る。「名乗り出て欲しいの、幽霊なら幽霊だって」
「幽霊は集いに参加できないんですか」憤ったように右隣の女性が言った。「この集いってそんなに閉鎖的だったんですか」

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