「プシュケーの海」のネタバレ感想

読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。

プシュケーの海 | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)

ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、

もっとも、知らない男が入ってきたのだから無理もないだろう。

「プシュケーの海」より

ここ、ここで、おおっと思ったんです。二人が初対面であることを読者に知らせながら、ツグミが「そりゃ睨むよね」と思わせてしまう。
なるほど、と思わせておいて、直後に「ツグミは睨むしかできなかった」と続けることで、フックが生まれているんですね。こりゃ、手練れだなと思うわけです。
何が起こっているのかなと思いながら先を読んでいると、こういうところで不意に捕まってしまう。

「それは無理だ」いつもの癖でそう言ってしまい、そして悔やんだ。もっと優しい言いかたをすればよかった。
「わかってるからいいよ。で、腕は動かせるようになるの?」

「プシュケーの海」より

会話うまいと引きこまれますよね。特に素敵なのは、先生の心の葛藤と対応にギャップがあって、弱音を読者(おれのことね)は知っているぶん、感情移入してしまうところです。だから、先生の研究について、ツグミと同じように知りたくなってくる。巧みだなと思うわけです。
とか思っていたら、ぼくにとっては最大の衝撃ポイントがやってきます。
それがここなんですよ。

ベンジャミン・リベットの実験にもとづく意識受動仮説によれば、意識が行動を決定させるのではなく、意識は意識以外の部分で決定された行動を認識するだけの仕組みでしかない。

「プシュケーの海」より

自由意志について、海外の作品ではよくテーマになりますが、日本ではあまり目にしません。これはもともとアウグスティヌスなどが自由意志について語っていたことに加え、プロテスタントがカトリックの自由意志説を否定したことによって、より深く文化に縫い付けられたのではないかと思います。で、自由意志を否定したのが、ベンジャミン・リベットの実験なんですよ。詳しくはググってねって感じですが、ぼくはもうこの実験が大好きで大好きで大好きすぎるんです。
が、まさかこういう形でベンジャミン・リベットを調理するとは思ってもみなかった。
イルカの情報を人間の脳にバイパスする、それによってあたかも無意識で情報が処理されたかのように、イルカの情報は人間の自由意志に変質してしまう。書いててヤベーなとつぶやくくらい、衝撃的なアイディアですが、これを「馬鹿馬鹿しいアイディア」を説明するパートの密度がエグイですよね。何回も読みたくなる。エグイ。最高すぎんだろ。

泳げなくなったスイマーを、イルカと意識をシンクロさせて泳ぐ。自由意志ではないにもかかわらず、シンクロしているツグミは自分の自由意志だと感じるために、自由に泳いでいる気分を味わえる。
この作品が素晴らしいのは、ここから「自由意志とは何か」というところに向かわないことだ。
そうではなく、人は何を選ぶのか、意識がどこに向かうかを描いて、ものの見事に、素早く物語は終わる。

だからこそ、冒頭とつながるラストシーンは、深く印象に残るのではないかと思うのです。
アイディアがマジでマジでヤベー領域に突入しているのに、ラストの静謐さがこう、ギャップを生んでてそこが好きです。

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