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「馬毛島」をめぐる市長と市民の苦悶――軍事基地建設で揺れる鹿児島県西之表市で《八板俊輔市長インタビュー》

 

 鹿児島県・馬毛島の基地建設問題で2023年1月12日、防衛省が現地での「本体工事」に着手したが、地元・西之表市の八板俊輔市長はこの日も賛否について明言はしなかった。基地建設に向けた実質的な工事は以前から行われており、地元自治体の意向が考慮されない状態が続いている。この状況をどう受け止め、今後どのような方針で臨むのか。市の住民説明会が行われた昨年11月、八板市長に話を聞いた。

 1、判断材料引き出す


 Q 現段階でも「同意」「不同意」を言える状況ではないとお考えですか?

 それは変わってないです。「同意できない」という言葉は2年前、「所見」という形で考えを示したときに初めて使ったのですが、「賛否」ではなく、「同意、不同意」というのは「当事者」であるという意味なのです。理由はその時に示しました。国は翌年の夏に施設の概略を示し、工事の発注を行いましたが、それでも分からないところは多い。材料がそろわないなか、いわば「小出し」の段階で、毎度、考えを言うことの影響はものすごく大きいわけです。賛成の人も反対の人も、それぞれが状況をきちんと把握して、自分の意思、判断を持たなくちゃいけない。ものすごく重要な問題だから。その材料を引き出すために、国とのやり取りをしているわけです。

 国と西之表市との直接の協議の場をつくりました。いろんな問題点、プラス、マイナス、メリット、デメリット、それぞれをそろえたうえで、「同意」「不同意」を言わないと。言った時点でまた状況が変わったりするといけない。なるべくたくさん、もうこれ以上材料はないところまで引っ張らないといけない、というのはあるのです。それが、まだ出そろってない。

 21項目の課題をそろえて今年7月に防衛省に出したのが「市民の期待と不安に関する確認事項」。これにはマイナスもプラスも入れてある。それについて、まだ不十分で答えを待っているものもある。環境アセスもある。同意、不同意を言える状況にないという意味を理解していただきたい。

 Q 今後について、どのような条件が整ったならば、基地建設に同意しますか?

 こちらから条件をつけて考えるということではない。例えば、騒音や安全の問題で言えば、西之表市上空を飛ばないための対策をどう講じるのか。それがなければ市民の不安は解消できないですから、その答えを待っていますが、今のところ出てないです。

 Q 国がこれを示せば同意できる、というようなものはありますか?

 そういうものはないです。そういうことじゃないですから。

 Q 2022年2月3日付で市が岸防衛相に提出した「住民の不安解消を求める要望書」で、再編交付金や隊員宿舎の配置について「特段の配慮を要望します」とありました。基地建設に同意の方向にも見えますが?

 そういうのはないです。「特段の配慮」と言ったのは再編交付金のことじゃないんです。この基地の問題を考えるときに、施設ができるのは西之表市である、と。そのことをちゃんと配慮してください、ということを言っているのが「特段の配慮」なんですよ。防衛省側や基地に来てほしいという人から見れば、再編交付金や宿舎の配置ということがありましたが、それをください、と言っているわけじゃないのです。

 つまり、この問題でヒートアップしたのは、なんというか、西之表市につくるということを配慮してくださいということであって、それに対して防衛省の方で言っているのが、再編交付金だとか、隊員宿舎の場所だとか、島内3市町での割合だとか。それらをこういうふうにしてくれ、と言っているのではないのです。

 2、跡地は改変区域外


 Q しかし文面では、交付金と隊員の居住について「特段の配慮を」とありますが?

 その通りですが、いずれにしても、こちらから再編交付金や隊員宿舎のことを言っているのではない。基地は西之表市にできるというのに、島内の隣の自治体に対して話をしていることに、市内の人たちが怒っている。具体的には再編交付金であったり、隊員宿舎の配置であったり。で、まとめてそういう表現になっているが、こちらが言っているのは、そういう細かいことではない。

 Q もし基地が馬毛島にできれば一番被害を受けるであろう西之表市よりも、中種子、南種子両町を優遇するかのような措置に対して、市民には不満があると?

 優遇しているようにみえるということ。市民はそういうふうに受け取っている。馬毛島基地の推進派の中には、隊員宿舎は全部西之表市につくるべきだという人がいる。建設関係の業者だけじゃなくて一般の市民にも。さらに言うと、基地反対と言っている人の中にもいるのですよ。「基地はいやだ」と言っている人が、「中種子に隊員宿舎をつくるのはおかしい」と言っている。論理的におかしいでしょう。だけどそういうものなのです。そういう感情がヒートアップしたわけです。

 だから、「馬毛島が存する西之表市」に「特段の配慮を」というのは、そういう意味なんです。それを考えて、と防衛省に言っているわけですが、市民向け、島内向けでもあるのです。とくに反対派の人たちは、そこをつなげて批判しますが、もっと大局的な話なのです。

 Q 「条件闘争」ではないと?

 条件闘争なんてしていません。条件闘争っていうのは、もう「同意」しているっていうことになるんじゃないですか。

 
 Q 9月議会で、防衛省に馬毛島小中学校跡地と宿舎用の市有地の売却する案、馬毛島の市道の廃止案などが提出され、可決されました。反対する市民は、基地建設に事実上同意しているとみています。それについては?

 基地の賛否とは切り離した形で対応しているということなのです。

馬毛島基地建設問題について答える八板俊輔市長=鹿児島県・西之表市役所

 Q 将来、やはり同意できないという結論に至った場合、市長の権限で基地建設を止める方法はあるとお考えですか?

 止める方法というものを、今、考えているわけではないですから。そう言ったのだけ切り取ると「推進」のように聞こえてしまうが、今やろうとしているのは、判断をするための材料を整えることをやっているわけです。だから、その問いには、今そういう状況にないと言うしかない。

 Q 今の段階では、止めるも止めないもまだ決めてない?

 それを考えるためのぎりぎりのところに来ているということですね。まだその状況じゃないということです。

 Q 将来、止めなければならなくなる可能性はあるのでは?

 それは今言う話ではないでしょう。学校跡地のことを言うと、売ってほしいという話はずっとあったが、こちらとしては、老朽化しているのもあるが使えるものもある。例えば、校舎は平屋だし、しっかりしているので補修すれば使える。体育館も傷みは激しいが修復すれば十分使えると思う。お金があれば修復して再利用したいが、予算の関係でできない事情がある。でも愛着のある市民もいるし、残したい。(防衛省側は)そういう気持ちでいるということであれば、今後協議しましょう、と。なおかつ学校の敷地は改変区域に入れない、いじらないって言っている。仮に基地が出来た後、機能強化するようなことがあったにしても、そこは手を入れませんと言う。

 そこで私はこう言った。基地が出来なかったら市に返してくれ、と。向こうにとっては、とんでもない話ですよね。基地が出来なかったら、なんて。もし基地として不要になることが将来あれば、行政財産を普通財産にして処分することになる。その時は声をかけましょう、という言い方でした。それを聞いて「うん」と言ったわけです。本当は売りたくない。売らないで再利用したいということもあるわけだから。

 3、まだ政治判断せず


 Q 市長自身が売りたくないのであれば、売らないという選択肢はなかったのですか? あるいはもう少し熟慮し、慎重に検討するという選択肢は?

 市の土地を国が使いたいので売ってくれませんか、という「行政手続き」ですよね。売りたくないというのは「政治判断」であり、それもできます。それを切り離したということです。そのための条件というか、基地が出来なかったら返してほしい、それを担保できたというのがあります。

 Q 売らないという選択肢もあり得た?

 ありますよ。政治判断をすればいいけど、大状況として、同意する、同意しない、ということはまだ言わないのだから。そこで政治判断をしたら、矛盾するでしょう。

 Q 同意、不同意はまだ判断していない、だからまだ売らない――それは全然矛盾しないのでは?

 それは矛盾しているという判断です。行政として。

 Q 同意したのに売らない、なら矛盾しますが・・・。

 行政手続きというのは、これを売ってほしいと言って来たら、それについて、ちゃんとした目的かどうか、価格はどうか、などを行政的に判断したうえで、売ってもいいと答える。そこに売らない理由をつけるのは行政手続きにはない、という考え方なんです。

 Q それはなぜ?

 そういう考え方なのです。「売りません」には理由が必要でしょう。その理由がないんです。だから、ぎりぎりのところで私が言ったのは、基地が出来なかったら返してくれ、と。(防衛省は)基地として使わないということがあれば、払い下げる場合には西之表市に声かけましょうと。

 Q その担保はないですよね?

 協議の場での言葉が担保です。

 Q 基地建設に反対する市民団体が、選挙での八板市長との政策協定を破棄しました。その際、市長は「(基地反対の)公約を守るために現実的な対応をしている」と話されましたが、「現実的な対応」とは?

 それが防衛大臣に提出した21項目の確認事項(22年7月22日付)。それに対する防衛省の考え方を今引き出している最中。ある程度出ているが、まだ不十分な点がいくつもある。それをまだやっているということです。環境アセスもまだ途中ですから。市長の意見をもとに知事意見を出して、それがまだ返ってこない。それも見なくちゃいけない。環境アセスに挙げられていない重要なこともありますから。アセスにはそぐわないようなことも、市長意見で出しています。

 例えば景観。「岳之腰」は、日本人にとっての富士山、鹿児島県民にとっての桜島。西之表市民にとっての馬毛島・岳之腰なのです。そういうものは環境影響評価にはない。おそらく鹿児島県知事も実感としては持っておられない。アセスにはそぐわないですが、重要です。

 Q 市長の著書にも、島の風景を詠まれた短歌が載っていますね。ところで、再編交付金7億7700万円は基金にしますが、交付金を受け取ってしまったら反対はしづらいのでは?

 いや、こちらはなんとも言ってない。法的な話です。ここはほかと根本的に違うのは、まだ基地はないんですね。基地がないところにつくろうとしている。そういうところで、なおかつ地元の同意、不同意も関係なく、特措法で交付金を出すわけです。それは国の手順でしょう。法令に基づいて処理するものであるから、こちらも法令に基づいて対応するということです。


 4、もっと国会で論議を


 Q もし西之表市が市有地売却を拒否して、市長が馬毛島基地に対して「不同意」を貫いたとして、市長の権限で基地建設を止めるのは無理である、とお考えですか?

 どこにも前例がないし、よく分からないですね。再編交付金のこともそうですが、全く初めてのケースなんですよ、国にとっても、自治体にとっても。そこのところは、私はものすごく自覚している。防衛省も分かっていると思う。ただ、市民や国民の多くはそこのところに気がついてない。大事なところだと思うんですけどね。

 なんにもない所に基地をつくります。しかもその発端は米軍の訓練のための施設でしょう。それをまっさらな所に、全くまっさらな土地ですよね。外国の軍隊のための施設をまっさらな所につくるのは初めてのことなんです。私から言うと、国はそこをぼかしてやっていると思うんです。ずっと言い続けていることですけど。


種子島の高台から見た馬毛島=鹿児島県西之表市

 Q 基地が出来れば地域住民がものすごく影響を受ける。代表たる市長の意見が反映されないのは、国のあり方として絶対に間違っています。市長が市民のために同意できないという結論を出したら、国はそれに従うべきだと思いますが、そういう状況にはない。市長も、自身が不同意の結論を出しても国がやることをストップさせるのは無理、とお考えなのでは?

 なんとも答えようがないです。今はそういう状況ではないということです。この問題は、2011年の「2+2」(日米安保協議委員会)の合意に始まって、2019年、さらに20年の暮れから急速に動き始めた。私が就任してから5年がたっていますが、その間に何があって、市長が何を言い、どうしてきたか、の流れを見ればわかることなのです。今言っていることには理由があるんですが、今はまだ言えないということです。

 公約を守るために現実的に対応している。現実の動き、国の動きに対応しているということを言っている。ずっとそう言っているのに、賛成なのか? 反対なのか? 止められると思うか? と聞くのは・・・なんて言うか・・・そういう状況ではないということです。繰り返し私は説明しているが、市民のみなさんになかなか分かっていただけない。とにかく結論が知りたい、将来どうなるんだ、と。それは分からないですよ、初めてのことなんだから。

 そういうことを、私はもっと国会で論議してほしい。この問題が始まって十数年。国会できちんと論議してほしい。そういう問題です。小さな島ですけど、占領された米軍基地でも自衛隊の基地でもない、まっさらな所に米軍の訓練施設をつくるというのは初めてのこと。だから、国民として、国会で論議しなくちゃいけないことなのです。

 Q その点はおっしゃる通りです。防衛省の計画は「全島基地化」。そうなったとき、市長が著書に書かれた馬毛島の貴重な自然や文化遺産はあらかた失われる。それについてはどうお考えですか?

 残念なことですよ。あってほしくないと思っています。今でも。

 Q 市長が最も懸念されている基地被害とは?

 馬毛島の貴重な遺産が失われるのが大きい。市民が心配しているのは騒音や安心・安全の問題。心配が現実になってしまうのはあってはならないことです。

 Q 自衛隊の、いわゆる「南西シフト」は米軍の作戦構想で中国との武力衝突を想定して第一列島線を決戦地にすること。基地が出来た後、万一、紛争になったら、西之表市民、種子島の人たちの安全は確保できるとお考えですか?

 安全を確保するためにどうするかというのは考えなければいけない。国民保護法の関係で、机上訓練のようなのを種子島でも実施することを検討しなければいけないです。         (聞き手:川端 俊一)

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