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essay: ポジティブという性格の皮をかぶった何か

(たまにはエッセイを書いてみました)

ポジティブの正体は性質?

ポジティブという言葉があるじゃないですか。

そして、僕は「あの人はポジティブな人だ」とよく言われる人として生きているし、自分でも自分はポジティブだと思う。

ポジティブな人だと言ったときそれは一体どんな印象なんですかね?
いい印象?悪い印象?
想像するに、僕にとってのそして多くの人にとっての「ポジティブな人」という言葉の印象は、明るく・能天気で・向こうみずで・活発で・嫌なことをすぐに忘れ・過去にとらわれず・楽観的で・社交性に富んだ人、あたりになるんですかね。明るくて陽気で前向きなやつだけど、時々脇が甘くてやらかす、みたいな感じ?

まぁその印象がなんであってもですよ、このポジティブという言葉は多くの人から見て人の生まれ持っての性質や、生まれ育った環境などによって形成されたものと考えられることが多いんじゃないかと思うわけです。あまり後天的なものだと思われてない。

でも僕はちがった印象を持っていて、
それはポジティブということばのより後天的な、あとから意識をしてみにつけたタイプの、なんなら努力して身につけたタイプの、性質というよりむしろ能力っぽい・技術っぽいタイプの印象です。比率で言うと先天:後天が1:1くらいの印象で思ってる。いやむしろ後天が強い。

もちろん、生まれ持っての性質や育ってきた環境の影響でポジティブになる、というのがゼロだと言うつもりはない。言うつもりはないけど、自分にとってポジティブはよほど「後から身につけたもの」であって、努力して体得したもの、というイメージが強い。
じゃあ僕がなぜ、どうやって、ポジティブというものを身にまとってきたのか、今日はそういう話。

なぜぼくはポジティブに「なった」のか

(今となってはまわりの人に信じてもらえないし、自分でも記憶をすり替えてしまうくらい)
僕は昔からもともとネガティブなほうの少年だった

いつでも周りの目がきになるし、大人に怒られないように、友だちに嫌われないように気を遣ってきた。あぁこんなことを言ったら相手はどう思うだろうか、とくよくよ思っては、結局発言を控える、そんなことが日常になるくらいにはちゃんと控えめな少年だった

そんな僕がなぜ今明らかなポジティブ人間になったのかというと、(一言でいうとあまりに簡単で呆れるけど)ポジティブに振る舞うことの影響力を実感してきたからだと思う
(ちなみにこのポジティブに振る舞う、は実際に僕がポジティブかどうかはさほど関係なく、どちらかというとポジティブに生きてる風なところを人に見せるというニュアンス)

そう、K-POPでいうところの「表情管理(ピョジョングワンリ)」ですね。自分のふるまいがまわりに与える影響を理解したうえで戦略的にふるまう。そういうことです、はい

ポジティブに振る舞う(=ピョジョングワンリ)、は世界を変える

いきなり研究を持ち出しちゃうんですが、「幸せは伝染する」という研究があります(わかりやすい日本語記事はこちら)。ハーバード大の研究で、細かいことはすっ飛ばしますが「個人の幸せはその物理的・関係的に近い人に伝播する」ということを結論づけている研究です。

みなさんも経験あるんじゃないでしょうか。いつも機嫌よさそうにしているあの人が周りにいるとなんか自分の気分まで上がるわ〜、みたいな。幸福とポジティブという違いがあるので必ずしもそのまま適用できるかは不明ですが、僕がこの研究のことを知ったとき、なにかが自分の頭の中で繋がった気がしたんですよね。

これまで挙げ出したらきりがないくらい、ポジティブであろうと努めてポジティブに振る舞ってきた気がする。それは例えば高校の文化祭の準備でみんなに協力して欲しいときだったり、失恋した友だちを励ますためだったり、自分のつくった会社の業績がやばくてみんなで踏ん張らなきゃいけない時であったりしました

ともするとネガティブな気持ちになってしまう状況のときこそ明るく振る舞ってきて、そしてそのことが僕のまわりの世界を劇的に変えてくれたっていうんですかね。

ただポジティブに振る舞うだけで世界が変わった、とてもいい方向に。(当然、本当にやばいときに無策なくせにポジティブでいてもまわりはただ不安になるだけだけどね)

言いたかったのは、そうやってポジティブに振る舞うことで・幸せでいることで・幸せそうでいることで自分の周りの世界が変わってきて、確実に世界をより良くしてくれたということ。そしてその経験が自分の性質を変えてしまうくらいの強力なものだったということです。

きっとみなさんもそうやって獲得してきた「性格」の皮を被った何かを持っているはず。

ここまで書いてみて

多分今日の僕のエッセイは「ポジティブ」がテーマではなく、ほかの何かですね。あえてもう一回ラベリングし直すとすれば「ピョジョングワンリにより半径10mの世界を変える」ですかね多分違いますね。違うけど、今日はこういったとりとめもない文章を書きたい気分でした。

いつになったら組織開発のこと連載再開するんだよ、というツッコミが自分の頭の中で響いてますが、次か、はたまたその次か、せめて2月には書き始めたいなと思ってます。


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