「それ」

ちょっとグロというか…。不快な表現があるかもしれません。お読みになる際はご注意ください。

夏向けにこんな話もどうかな?と書いてみました。

ありがちな題材ではありますが、お楽しみいただければ幸いです。

==================================

「それ」は横断歩道の片隅にあった。

当初私は「それ」の存在に気付いてはいなかった。
いつもの出勤風景。
ただの信号待ち、それだけのはずだった。

・・・それなのに。気づいてしまった。
私が見ていたモノが、生命の残骸だということを。
灰色の中に赤黒い模様のある「それ」は、いつからそこにあったのかもわからないぐらいに地面と同じ高さに押しつぶされてしまっている。だから気づかなかったのか。
それともただ単に意識が「それ」に向ききっていなかったのかは不明だが、今ははっきりと認識してしまった。

だからといって、今の私には何をすることも出来ないことはわかりきっていた。
「それ」があるのはそれなりに交通量のある車道の中ほど。もし「それ」を回収しようとすれば交通の妨げになるだけではなく、運が悪ければ「それ」と同じ末路を辿る羽目になることは想像に難くない。
別にその命が奪われた瞬間に立ち会ったわけでもないし、ましてや自分の飼っていたペットがそのような事態に陥ったわけでもない。だから私にはそこまでして「それ」をそこから動かそうという衝動はなかったのだ。

そう、「それ」は恐らく生前は鳩であったのだろう。
何故「だろう」という表現になるのかと言うと、私が見た「それ」にはもう頭部と思しき部位が欠如していたからだ。
いや、頭部だけではない。足も、内臓も、翼を支えていただろう骨の痕跡も既になくなりかけ、ただの平たい灰色の物体に変化しつつあった。

信号が変わった。
私が「それ」に考えを巡らせている間に、他にも信号待ちをしていた人が増えていたようで後ろから追い越される形で信号が変わっていることに気付いた。
出勤途中であったことに気付いた私は、我に返り信号へと足を踏み出した。
一歩、二歩・・・歩みを進めると今度は横断歩道の白い帯に広がった赤黒い模様が目に飛び込んできたのだった。

・・・あぁ、実際はここで車にぶつかっていたのか。
妙に冷静にそんなことを考えながら私は信号を渡りきり、職場へと向かう。

仕事を終え、帰宅した私は自分の部屋に入りカーテンが少し開いていることに気付く。

うちは西日の差し込む位置に窓があるので、普段は遮光カーテンをしっかりと閉めてから家を出るようにしている。そうでないと夏なんかはあっという間に温室のような気温になってしまうのだ。
しかし、今は日中でもそこまで気温があがらない。すっかり習慣になっていたように感じていたが、気が抜けると案外簡単に忘れてしまうものなのかもしれない。
日も沈んでいるのでそのままにしておいてもよかったのだが、気づいてしまったらなんとなく落ち着かない。私はカーテンを閉めなおそうと窓に近づいた。

カカッ・・・シャッ

金属を引っ掻くような音がして、一瞬黒い影が動いたように見えた。

なにかベランダにいるのだろうか?
そう思い私はカーテンを閉めるのをやめて窓を開け、身を乗り出してベランダを覗き込んだ。だがそこには何もおらず、生ぬるい風が一瞬通り過ぎただけだった。
気のせいか、と思い直し窓とカーテンをきっちりと閉める。


ふと、目が覚めた。
部屋がまだ暗い。

明日も平日なので、今日は早めに就寝しようとベッドに入った。私は眠りが深いようで、実家にいた頃は一回寝ると朝まで何があっても起きないと文句を言われるほどなのだ。記憶の限りでも夜中に目覚めたなんてことは思い当たらない。
私は体を起こさず、目だけで周囲の様子をうかがう。
何か・・・違和感を感じるのだ。

次の瞬間、バサバサっと羽ばたく音がして私の目に激痛が走った。
いたいっ・・・。
ビックリした私は思わず悲鳴を上げながら体を起こした。すると悲鳴を止めるかのように何かがグイグイと口の中に入ってくる。それは私の舌をつつき、ついばみ、あたたかい液体が喉に流れ込み、溢れてくる。

薄れゆく意識の中で、私はぼんやりと交差点で見かけた灰色と赤黒い「それ」を思い出していた。

まったくもって、どうして私がこんな目にあうのかわからない。

ただ「それ」があることに気付いてしまっただけなのに・・・。

==================================


最後まで読んでくださってありがとうございます‼️ これからも色々な記事をあげていきたいと思いますので、また見に来て頂けると嬉しいです‼️ 今後の活動にあてさせていただきますので、サポート頂けたら感謝感激‼️ どうぞよろしくお願いします‼️