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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #16

第二章 航過:4

重い話もこの際止むなしと覚悟を決めたわたしは、言葉を止めたクララさんに話の続きを促した。

みんなだんまりを決め込んでいるし、ここは無知な年少者の出番だろうと思ったのだ。

口を開きかけていたアキコさんが、ほっとしたような素振を見せたのには少しいらっとさせられたけれどね。

「そこね。

そこなのよ。

勝者の驕りとまでは言わないけれど、当時の政府や海軍委員会の関係者は完全に状況を読み違えていたわ。

ヨコスカの造船所で艤装がすんだインディアナポリス号は、からくも戦争で生き残った選りすぐりの、それこそ士気も戦意も身の内ではち切れんばかりになった兵員を定員一杯に乗艦させて処女航海に出たの。

こっちも交代しながら常時戦列艦一隻にフリゲート艦二隻、空にもスループ艦を二隻滞空させて港の封鎖と監視をしていたんだけどね。

現役時代の第七音羽丸も交代艦として何度か出てたはず」

クララさんの表情に怒りの色が混じった。

なぜだろう。

「そこまでしても・・・」

誰かが小さく呟いた。

「そこまでしても完敗だったそうよ。

インディアナポリス号は白旗揚げて無抵抗をアピールし、おまけに満艦飾で着飾った晴れ姿のまま朝風を受けて堂々と出帆して見せたというわ。

甲板じゃ軍楽隊並べてブカスカドンドンと派手にやらかしたらしいわね。

子供にでも分かるそんな見え透いた挑発に乗って、戦列艦がいきなり無警告で砲門を開いたって言うのだから味方ながら呆れちゃう。

舐め切っていたから、まんまとはめられたことにすら気が付かなかったのね。

インディアナポリス号はいきなり総帆展帆したかと思うと、先に発砲した戦列艦の艦尾を加速してすりぬけざま、片舷全門で縦射しながら悠々と立ち去ったということだわ。

先に撃たせれば正当防衛とかなんとかいくらでも言い訳が立つからね。準備万端、仕上げは見て御覧じろ。

満を持してってやつね」

クララさんはだいぶ近付いてきたインディアナポリス号に、半眼の眼差しを向け顎をしゃくって見せた。

リンさんとパットさんがほぼ同時におずおずと手を揚げた。

ふたりは顔を見合わせパットさんが頷くと、リンさんが震え声で質問した。

「戦列艦がむざむざやられちゃっているときに、ほかの艦はどうしていたんですか?」

みんなは固唾を呑んで答えを待った。

 フリゲート艦が格上の、それも砲撃準備を終えた戦列艦を艦尾縦射で葬るなどと言うことは、海戦における常識ではありえないことだったのだ。

第七音羽丸は予備役の軍艦だし、年かさのお姉様方は予備役の水兵さんばかりだったから、日常の訓練や船内のあれやこれやは万事が海軍式で運営されていた。

船上のちょっとしたトラブルや空上生活の心得なども、海軍時代のエピソードが頻繁に引用された。

一朝ことあれば、第七音羽丸も都市連合海軍に現役復帰し、戦闘行動を取ることが想定されていたに違いない。

そこで万が一に備えて、武装行儀見習いの小娘共にも、武装に相当する部分のたしなみの一環として”軍艦の日常に対する免疫をつけておくべし”、という幹部連の腹積もりが有ったのだろう。

当直中の雑談や非番のときの四方山話に、一週間が月月火水木金金で回る艦上生活にまつわる話題が多かったのも、その為だったろうと思う。

 ディアナと違って、わたしは海軍や船に全く興味が無かったので、馬耳東風をきめこんでへーとかほーとか言いながら大抵は別のことを考えていた。

それでも軍艦の強さが、搭載している大砲の大きさと数で決まることくらいは、知らず知らずの内に大脳の皺の何処かに揉み込まれていた。

そうして、日々心ならずも刷り込まれた知識が正しいものだったのならば、フリゲート艦と戦列艦がタイマンで勝負しても、まずフリゲート艦に勝ち目はないはずだった。

ましてその時はくだんの戦列艦の他に、二隻のフリゲート艦と空にも二隻のスループ艦が、戦闘準備を整えて待ち構えていたのだ。

「もちろんすぐに追跡にかかったんだけど、船の性能も兵の錬度も、向こうが一枚も二枚も上手だったと言う事ね。

戦列艦があっけなくオシャカに成った後、同格のフリゲート艦だって言うのに残りの二隻とも追撃中に砲撃を喰らって中破の挙句、あっさり振り切られちゃったんだってさ。

後に残した戦列艦の救助活動もしなくちゃならなかったし、なす術も無し?

比較的手堅く追跡に移れたお空のスループ艦も反撃なんてとんでもない。

一隻は対空砲火でやられちゃって、もう一隻も被弾してダメージを重ねながら、どうにかこうにか接敵偵察するのが精一杯のところだったそうだよ」

クララさんは呆れちゃってものも言えないよとため息をついた。         




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