スクリーンショット_2019-03-20_14

会社設立から1年。蓄積した質量を推力に転化することを発表。

画像1

インターステラー』というSF映画を見たことありますか?

ものがたりの終盤、主人公は宇宙船のなか。残り少ない燃料で目的地に行かなければならない状況でヒロインに向かってこう言います。

「ニュートンの運動第三法則。前に進むには、後ろになにかを置いていかなければならない。」

この言葉を残して、主人公は自分の乗る機体を、ヒロインのいる母船から切り離し、ひとりブラックホールに飲み込まれていく。母船は推進力を増し、進んでいく…。


《このnoteに置いていく、質量。》

私は、今日の「告白」をもって、さらに前に進めると信じ、筆をとります。

起業家なんて、カッコいい存在じゃない。だれよりも身勝手で、だれよりも能天気で、だれよりも毎日を不安に思いながら生きている。少なくとも私はそうだから。

だからこのnoteでは、”出来るだけ等身大”で。

いや、
もっと赤裸々にいこう。

メディアで取り上げられるのは華々しい光の部分。
それは探せばいくらでも出てくる。
でも、抱えていた闇の部分や光の当たらない部分は、こうして自分で昇華してあげるしかないのかもしれない。

兎にも角にも、
創業前夜から今日に到るまでを、まとめてみよう。

前に進むために、置いていきたい感情。
それは創業してからずっと溜まっていた「不甲斐なさ」の感情。
どうしても、これまでは吐き出せなかった。
もしかしたらこんな節目を待っていたのかもしれない。

それから曲がりなりにも1年間、ベンチャー企業を経営してみて見つけた、「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」をここに残したいと思う。
言い換えると、スタートアップで成功するための、真理を発見してしまったのだ。
いつの日かこのnoteが、起業を志す創業前夜の君に届けば、と幾ばくかの期待も込めて。
私は意気揚々といま、ここに文字を刻む。

1/ 創業前夜
2/ 教科書を再発明する
2.1/ 同じ船に乗る仲間
2.2/ アートとサイエンス
3/ 最初のエンジェル
4/ 熱狂から終焉、それから博士
5/ 哲学者と貴族の女性
6/ 黒冬期
《見つけた真実》
《そして、手元に残しておきたいもの。》





1/ 創業前夜

画像2

取締役のふなっしーとは、2017年の秋口に登壇したイベントで出逢った。
この頃からいまに至るまで、およそ1年半以上。
様々な時間を経て一緒に居てくれる彼を、私は心の底から尊敬している。
共に過ごす時間が増すにつれて、価値観の違いや衝突は起きる。
でも、そのたびに対話ができる。
とても優秀な彼は、勝手にライバルだとも思っている。
この会社じゃなくても、いやどこで誰と一緒にいても、彼は彼なりに、世界の真理を見つけると思う。
それは、私が目指す姿でもあり、畏敬の念はここからくる。

性格は違うし価値観も違うし、たまにイラっとするけど、心の波風を立たせるような人は、この世界にあんまり多くはないから。

noFRAME schoolsは、どこにも馴染めなかった自分にとって、世界で一番最高の学習環境だった。
『人生の主人公を増やす。』というビジョンを実現するために。
それから教育についての問題意識から、その取っ掛かりとして、教育のプログラムやイベントを企画していたことを、随分と昔のことように思い出す。

創業前夜は、多くのことがあり過ぎた。
出逢い、別れ、選択と集中。
いくつものプロジェクトが交差していたし、自分自身のリソースも分散していたことが原因で、信用を失ったり、中止になったり、分裂したり。。。

私の人生で「不甲斐なさ」をたびたび感じるようになり、その感情は寝ても醒めても頭から離れなくなる。

創業前夜のカオスからは、優先順位をつけることを学んだ。
それは、積極的に諦めること。英断することでもある。
中途半端な態度は、優しさじゃない。甘えであることを知った。

創業前夜までの人生には、まだまだたくさんの伏線がある。
これから先の人生で、その伏線を回収していくことは、密かな楽しみでもあるし、使命だとも思っている。


2/ 教科書を再発明する


LADDER期は、2つの不甲斐なさがある。

2.1/ 同じ船に乗る仲間

弊社初のwebサービスが「LADDER」だった。
「週末ハッカソン的なノリで作っちゃおうぜ」あつきのこの言葉からLADDERの開発は現実味を帯びた。
ぐちゃぐちゃのノートから生まれたアイデア段階のLADDERは、あつきの家にふなっしーと泊まり込みで合宿をした日から一気に動き出す。
ドメイン駆動設計に感動したことを昨日のことのように覚えている。

この頃の私は、自分の想定していた課題を信じきっていた。
LADDERが当たり前になった社会を想像しては、みんなで盛り上がって、あらゆる未来を語り合った。
それはもう、寝ても覚めても興奮が冷めることはなかった。

そこからモックアップを作り、ふなっしーはバックエンドを開発。Djangoをこの為に学習し始めて(それも凄まじい速度で)、それによってサービスをリリースまで漕ぎ着けた。凄い。

バックエンドがある程度開発できてきた頃、同じ夢を見られる仲間をもっと増やしたいと考えてBoshuをツイッターに出した。

てってぃはツイッターでリプを飛ばしてくれた。98年会というイベントで一度会っていた彼は、白いズボンが印象的で同世代が集まるそのイベントでも技術力高くてやばいエンジニアだったと認識していた俺はめちゃくちゃ喜んだ。

「掛け持ちしているから今はコミットできない」確かそんなことを言われたが、どうしても一緒に働きたいと頼み込んだ。
緊張してどんな話をしたか憶えていないけど、こうして今、CTOにまでなってくれたところを見ると、嬉しい限りである。

boshuに声をかけてくれた人は他に3人いたのだが、ジョインしてほしいとお願いしたのはりょうだけだった。
実家のある大阪から東京のオフィスに、連絡した次の日に来るというアグレッシブさ。そして面接が終わってすぐ、ふなっしーに絡む馴染む。
面白い、noFRAMEだと思った。

それからしばらくして、やじもジョインした。一年以上前に出逢い、でも一度離れて、でもこうしてまた道が重なったことが嬉しかった。

創業期のメンバーは慎重に増やさないといけない。
なぜならこのごく僅かな人数がその後の会社の味を匂いを見た目を決定するからだ。

きっと、彼らは皆、1人でも世界を前進させる事ができるだろう。
でも、この船に乗れば、一緒にならばもっともっと世の中をワクワクさせる事ができるんじゃないか。
そんな確信を持てた人に、少しずつ仲間になっていってもらった。

2.2/ アートとサイエンス

少しずつLADDERが完成していく。だが感傷に浸る時間すらなく、次から次にやることが生まれてはタスクに追われる。
焦っていた。メンバーも増えて、夏は暑くて、それでも何も生み出せていない自分に。

今でこそ、分かったことがある。自分は思想家だ。
そもそも、溢れんばかりの知的好奇心と成長欲求で起業家という生き方を選んだほどの私にとって、自分の考えを内省する時間がない環境は、最適ではない。
にも関わらずこの期間は、自分の哲学をそこまでアップデートできていなかった。悔やんでいるのはここである
目の前の課題(緊急度が高く重要度は低い)を解決することに必死になるあまり、哲学(緊急度は低く重要度は高い)を磨けなかったこと。

このフィロソフィーレイヤーでの痛手は、後々現れる。
偏頭痛みたく急に痛むこともない代わりに、即効薬もない。
じわじわ、周囲と本人を蝕む。
大脳辺縁系を刺激できない人間は、リーダーになれないのだ。

そして、スタートアップとしてもう一つ大事なものがある。
それは、見たくない数字でも、しっかりと見つめることだ。

LADDERは、アート作品だったと言われても過言ではないほど、私の嗜好が詰まっていた。
それは、数々の”当たり前”の集合体とも言える。

・海外大学の授業を動画コンテンツで見るという当たり前
・本は何冊も体系化して読むという当たり前
・そういった学習機関外の自主学習は楽しい、という当たり前

人生の主人公を増やすためには、とにかく武器を与えれば良いと思っていた。
みんなが欲しがると、勘違いしていた。
それは、ただ単純に、私が欲しい武器だったのかもしれない。

なにはともあれ、2018年のあのころは、世の中に必要とされなかった。
それは、数字がシビアに教えてくれた。

見たくない数字だって、見なきゃいけない。

知りたくない情報も、ときには知る必要がある。

受け入れたくない事実もそう、受け入れなくてはいけない日がくるのだ。


3/ 最初のエンジェル

2018年の夏。
四六時中オフィスで過ごしていた私は、蝉の声を忘れかけていた。
スタートアップの世界はよく、『時空が歪む』と表現されているがその表現は言い得て妙である。

この夏は、あっという間に時間が過ぎた。
まったく日焼けしなかった事が、それを物語る。

LADDERのリリースは、一時的にバズりはしたものの、それが瞬間最高視聴率のようだった。
段々と活気が失われていくオンラインコミュニティを見ながら、遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。



足元を見れば、上京してから1年が経とうとしているのに、いまだに家がない。
生活費諸々込みで月/3,5000円くらいでなんとかかろうじて生きていた。
創業資金にしようと、引っ越しのバイトをして貯めていたお金を切り崩しての生活は、そう長くは続かない。
だが、月の最初に3~4日日雇いで働いて、そのあと25日間は自分の会社に集中できるならば。。。
それならぜんぜん幸せではないか!
人間の適応力とは、恐ろしいもので、”自分1人ならば”それでも満足していた。

だが、
会社は”1人”ではない。
1人では辿り着かない世界を見るために、仲間を募ったのではないか。

メンバーのみんなには、まだこのとき1円もお金を渡せていなかったことに、当時の私はひどく後ろめたさを感じていた。
それと同時に、時限爆弾を抱えているような恐怖も味わっていた。

Delyの堀さんの、この言葉がずっと頭の片隅にあったのだ。

「ビジョンでグリップできるのは半年が限界。そこから先は別のモチベーションが必要。」

だから。
メンバーのみんながジョインしてくれた日から計算して、それぞれリマインダーを設定していた。
カレンダーを見るたびに、ジリジリとタイムリミットが近づいてくる。
焦るなんてもんじゃない。何もかもを失うのが、ただ怖かった。

お金については、当時通っていた私塾のMAKERS UNIVERSITYのなかにあった「クロコム」というゼミでとことん勉強した。
”お金の色”、”エクイティとデッド”などなど、資金調達に向けての知識を得れば得るほど、株式での調達がいかに不可逆で難しいものなのか、その底深さを知ることとなる。

そんななかで、同じくしてファイナンスの知識を教えてくれながら、それと同時並行でプロダクト開発前から出資を検討してくれていたのが、この相川さんだった。

そのファーストインベスターとしての心意気。アドバイスだけじゃなく、ご飯を食べさせてくれたり、人を紹介してくれたり。
「大丈夫。上手くいくよ」その言葉がどれほど心強かったか。


相川さんの勇気は、起業家として生きる覚悟を決めた私に、確かに伝播していた。


4/ 熱狂から終焉、それから博士

LADDERのリリースからしばらくたち、その熱狂が終焉してからというもの、次の一手をずっと考えていた。

開発から1ヶ月。
次なる挑戦として私たちは、個性豊かな助手と、知識豊富な博士をこの世に送り出した。


「学習コンシェルジュ」は、LADDERの開発をしていた自分たちだからできる、学習のログデータを元に開発した、チャット型のコンシェルジュサービスだった。

今回は、LADDERの時には甘かったサイエンスの部分を意識した。
つまり、細かい数値を基にした検証を細かくしていった。
特に、実際に使ってくれるユーザーとは徹底的に対話することを意識した。

リファラルで学習コンシェルジュを人に紹介してくれる人が現れて、これは!と思った。これまでで1番PMFに近いとも思った。

いまでも後悔しているのは、みんなと議論している時に「俺が1番このサービスのことを考えている」と言ってしまったこと。
みんなが不安なのは知っていた。
けれど、どうしても学習コンシェルジュをリリースしたかった。

なにもやることがなくなって、右往左往するくらいなら、少しでも行動して社会に対して投石したほうが学びが多いと思っていた。
なにがなんでも、その時に打てる最善の手段で行動に繋げたかった。


5/ 哲学者と貴族の女性

しばらくして、ありがたいことに「NOW」という、家入さんが立ち上げたVCをリードに、個人で6名のエンジェル投資家の方に出資をしていただいた。
まだまだ若く、力が足りないこの会社にとって、こうして仲間が増えていくことはとてもとても嬉しいことだった。
起業したときに掲げた壮大なビジョンも、1人だと絵空事のようだったが、こうして同じ船に乗るクルーが増えるたびに段々と鮮明になっていく気がした。

ファイナンスについては正直、ここには書けないくらい壮絶なドラマがあった。
色んな人に出会い、種々の言葉をいただき、様々な価値観を知った。

そのすべてに、一喜一憂しながら、なんとか生きていた訳だが、その最中でずっと考えていたことがある。

「投資家とはなにか。」

彼らは、どのような存在なのか、ずっと考えていた。
資本主義という壮大なゲーム(と仮定する)のなかで、労働者階級と資本家階級は、明確な区分がある。ほほう、そんな関係性か。
でも、そんな安直な想起でいいのか?

考え抜いたあげく、自分なりに腹落ちしたのは、近世哲学について学んでいたときだった。

そう、
『起業家』と『投資家』の関係は
近世哲学における
『哲学者』と『貴族の女性』の関係に近しいと、気づいたのだ。

どういうことか。
というのも私の好きな哲学者である、イマヌエル・カント/ルネ・デカルト/ゴットフリート・ライプニッツなどは、生涯独身だった。
もちろん、自身の哲学の探求や仕事が忙しかったから独身だった、とも言われているが、そう単純な話でもないのだ。

自身の考えを磨きながら、彼らには仕事以外の収入源があった。
それは、貴族の女性にパトロンになってもらうこと。
というのも、そのころの貴族階級の女性は、なにか知りたいことや分からないことがあると、パトロンしている哲学者に論文を書いてもらい、それをサロンでひけらかすことが、ある種トラディションのようになっていた。

もちろん、彼らのことを尊敬しているから、今こうしてアナロジーして自分と重ねている。(そして、そうしない哲学者がいたことも事実)

なにはともあれ。私はもっとこの世界を知りたい。
よく聞かれるが、会社を起業した理由も「利己的な欲求と利他的な欲求」の2つがある。

利他的な欲求は『社会のワクワクの総量を増やすため。』
こっちは、結構色んなところで言っているし、理解もされやすい。
人生のミッションを聞かれたら、こう答えている。

だが一方、こちらの利己的な欲求は、あまり大っぴらには言っていない。
説明しても、理解されないと思って諦めていたが、ここでは深いところまで話した。
利己的な欲求は『宇宙のプロトコルを発掘するため。』である。


スクリーンショット 2019-11-27 21.33.20

スクリーンショット 2019-11-27 21.34.24

スクリーンショット 2019-11-27 21.35.09

スクリーンショット 2019-11-27 21.35.59

という具合に、この知識が繋がる瞬間であったり、共通項に気づく瞬間に、私はワクワクするし、多幸感を味わえる。
そして、この究極解を見つけたい、という思いはずっと揺るがない。
この時代に、このような嗜好を持って生まれてしまった以上、起業家ほど居心地のよい隠れ簑は無いのだ。(どうか語弊なきよう届いてほしい)

話をまとめると、私は、現代に生きる哲学者であると、自認した瞬間に、あらゆるファイナンスの苦しみも、起業家としてのハードシングスも、乗り越えられるかのように思えた、というのが、このころの発見であった。

ただ、
さきほど”思えた”と表現したのは、このあと、人生最大の転落が待っていたからである。

6/ 黒冬期

2019年の冬は、真っ暗だった。
様々なトラブルが重なったこともあって、これまでの人生で、もっとも暗く、それでいて、もっともずっしりとした冬だった。

この時期については、また機会があったらまとめようと思う。
今すぐにアウトプットするのは、まだ難しい。

が、私はここに生きている。

確かに、ここにいる。


《見つけた真実》

ここから、一気にこの文章はまとめに入っていく。
アップダウンが激しくて申し訳ないが、精一杯、いま言語化できる範囲で、考えをまとめる。



この1年、たくさんのことが起きた。
そのなかでも、困難に陥ったとき。
いつも、自分自身に問いかけてきたことがある。
それは、「その経験を通して、それは私に何を教えようとしているのか?」という質問だった。

この世界は広いキャンパス。出逢う人はみんな先生だと、私は思っている。そんななかで訪れる苦境。
起業してからというもの、毎日のように事件があって、なにかしらのことを煩う。

なにをしても、どこにいても、誰といても、会社のことを少なからず考え続ける。脳内メモリのどこかは常に、会社のことを考え稼働しているのだ。

そしてもうひとつ、自問してきたことがある。

「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」

PayPalの創業者であるピーター・ティールは、採用面接で必ずこう聞くそうだ。
これまでの経験を踏まえて、いまだからこそ、言語化できるようになった。
それは自分なりの「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」


「やり続けることが、成功に至る唯一の正攻法」

多くの人は目標に辿り着くまでに、なにかショートカットコースがあったり、上手くいく人には共通点があると考える。(成功の定義は一旦置いておいて)
かくいう私もそう思っていた。散々、自己啓発書や流行りの本を読んだ。
巷を見れば、目標達成のエッセンスやハウツーで溢れている。それだけ多くの人々が求めているのだ。

だが、実際にたくさん挑戦してみて、そこからほとんどを失敗し、辛酸を嘗めながらも、そこからブレイクスルーする方法を探り、また仮説を基に試す。
この繰り返しのなかから見つけたものは、逆説的ともいえるこの答えだった。

つまり、成功すれば、その人の生き方や価値観、はたまた習慣はどのようなものであれ、賞賛される。
良くも悪くも、過去の経験は認識のなかで歪み、認知的不協和を埋めるために人々は勝手に点と点を繋げる。

ふたつのバラバラだった問いの答えは、美しくも、同じ答えを持っていたことに気づいたのは、つい最近、東京で桜が咲き始める頃だった。


《そして、手元に残しておきたいもの。》

画像4

質量を減らすために、ここまで多くのものを切り離してきた。
だけど反対に、留めておきたいものもある。

それは、私がどこまでいっても揺らぐことのなかった価値観。
救ってくれた言葉。
そして、そばにいてくれた仲間たち。

ありがとう。みんなのおかげで、今日までやって来れた。
大げさなわけじゃなくて、毎日ちょっとしたことで喜んだり、ありがとうって言ったりするのは、本当にそれらが貴重なものだと思っているから。

次はいつ、手にすることができるか分からないから、有り難い。
心から、そう思っている。

不甲斐ないし、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、それは今日まで。

ここから先、みんなが私の会社にいることを胸張って誇れるように、最高の環境を作っていく。

でも俺は、他のリーダーみたいに頭の回転が早いわけでもなければ、面白いことを言えるわけでもない。

ひとりではなにもできないと知っている。
だから、力を貸して欲しい。
もし、見ている未来が一緒ならば。
同じ鮮明さで新しい世界を見れるならば。
だれよりも先に、その世界に連れて行く。

「人生の主人公を増やす」ために、まだまだ駆け出したばかりの私たち。

だけど、少しずつ。まずは自分たちが、
それぞれが自分の人生という映画の主人公として、振る舞おう。

その、どこかワンシーンでいい。
この会社で一緒に過ごしたワンシーンがあって、それがあなたの映画に彩りを加えるならば。
NGシーンが多くたっていい。
ずっと幸せが続く映画は緩急がなくて飽きてしまう。

つらい経験は、すべての映画が喜劇になるように、巧妙に張られた伏線だと思おう。
苦しい過去は、その次に訪れる幸せを引き立てるスパイスになるから。

さいごの最後、自分だけでもいい。
最高に納得できるストーリーになれば、それでいいのだ。

画像5

「人生の主人公であれ。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?