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酒と本の日々:高口光子vs上野千鶴子、鬼滅の介護対談

髙口光子・上野千鶴子『「おひとりさまの老後」が危ない! 介護の転換期に立ち向かう』(集英社新書、2023)

紹介するのはスリラー対談ではない。だが、実に怖い本である。まずは登場する二人の女が怖い。ひとりが怖いのは全国的に有名である。東大でケンカの仕方を教えていたという人だ。習いに行く芸能人までいたぐらいだから本当に強いのだ、ケンカ。

もうお一方はそこまで有名ではないが介護の世界では超有名だ。あの介護界の大御所、シーラカンスと呼ばれる三好春樹が完全にキンタマを握られているという噂である。今回も御大が推薦のオビを書かされている。脅かされてビビったのであろう。シーラカンスの鱗が100枚禿げたと聞く。

ほんとに怖い。

介護の世界のドロドロの権力闘争が実にリアルに語られている。理念に燃えて介護者の教育と介護の質の向上、虐待の防止に励み、大規模な施設を改革していく鬼軍曹のような髙口光子がその権力闘争に巻き込まれ敗北、施設を去り、理想的な介護施設に育ったその施設は元のドロドロの収容所に戻ってしまう。「施設経営者たちの生産性を求める方向性に抗う術もなく」「改めて自分のやってきたこと振り返ってみたら、何も残っていない」とうなだれる敗残の将である髙口に、ケンカ屋上野千鶴子は「あなたは、少ない持ち駒で最善を尽くすのが前線兵士の誇りだと思ってやってきて、問題だらけなのに、武器を補給したり全体の作戦を考えたりする人たちを批判してこなかった。なんでなの」と、そりゃまぁざくっと開いた傷口に塩を刷り込むようなことを言う。怖ぇよ。

しかし髙口のすごいのは、そこからちゃんと学んで、「今までの私だったら(少ない現場の人数でも)こうすればでくるって現場でハタを振っていましたね。それがどれだけ介護を貶めていくことなのか、気づきました」と、新たな闘いに入っていく。すげぇ、けどやっぱ怖ぇよ。

こんな調子でこれまでとこれからの介護保険制度改悪に対する批判、介護現場の現状、特に職員職種間のヒエラルキーにがんじがらめになっている組織への批判などが歯に衣着せず語り合われる。

ここまで荒廃した現実をどうしていくのか、日々の闘いの中で「お年寄り本人のため」という理念を掲げながら、その実践のための組織をどう構想するか。それはおそらくひとつひとつの施設や居宅事業所が考えていくしかないのだが、富山方式と言われる「にぎやか」のアドバイザーとなって新たに経験を積んでいく髙口と介護保険の理念を守れる制度を構想する上野は、「(介護組織の)一つ一つの単位は小規模を超えられない。個人商店だからいつも目が届く範囲。だから粟粒みたいなちっちゃいものがいっぱい日本中にできる。それが生まれては消え、生まれては消えして、一定の層を成せばそれでいいの」と。

これは鬼達の諦念であろうか。

いや、その鬼のため息から小さな鬼が無数に生まれて、この国に散らばるという、それは鬼達の美しい夢である。

その鬼の母である髙口さんと今度決闘対談をするハメになったので、最新刊の本書を読んでおくのである。そんな理由がないと、カバー写真見ただけで、とてもじゃないけど怖くて気安く手にとれない本だ。

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