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悲惨な戦争  (ゴキ戦記)

その濃い茶褐色の不吉な影が水道管の後から突然姿をあらわしたのは、一糸まとわぬ無防備な姿の私が給水口の蛇口に手をかけたその瞬間であった。

何もなかった砂漠に突如あらわれるゲリラのように襲ってきたこの敵、ゴキブリという地上あまねく存在するこの人類の天敵に、無防備のまま遭遇した時には、さしもの私の高度な知性も麻痺するらしい。なにか武器はないか!という原始的な思考が反射的にひらめいた。しかし、ここには丸めて筒にすべき雑誌も新聞紙もない。叩きつけるべきスリッパもない。風呂場というのは、完全非武装地帯なのである、憲法9条もないのに。

私の一瞬のためらいをついて敵はすばやく白いタイルの上を対角線上に走ったかと思うと湯船の下にたどりつき、そこで行き場をうしなって迷走をはじめた。窮鼠猫を咬む、窮したゴキブリは・・・もしかしたら人間に向かってくるかもしれない。私の全身は、こいつがそのゲジゲジした六本の足で私の裸を這い上るところを想像して粟だった。股間まできたら私の息子にとりつくのではないかと思うと、親の気持ちを察した息子は縮み上がった。いかん、このままでは完全に戦意喪失である。

家人を呼んで集団的自衛権を行使すべきであろうか。しかし、家人はなめくじとゴキブリにはめっぽう弱い。敵前逃亡するにきまっている。これでは後方支援にすらならん。

湯船の前でハタと立ち止まった敵を果敢に乗り越え、私は湯に飛び込んだ。思いの外熱かった。しかし戦場ではこのくらいの想定外は当たり前である。ジャングルで河に逃げ込んでワニに襲われることを考えたら、この程度の熱湯でひるんではならない。ゴキブリは泳げないのだ。ここは安全な塹壕である。

しかし塹壕からそっとのぞくと、敵はすぐ間近にいる。その触覚をカチカチと左右に振って、どちらに進もうかと考えているようである。冷静さを取り戻した私は、サッとシャワーをとり、デモ隊を蹴散らす放水車のごとく轟々たる水を敵めがけて打ちつけた。うまく不意をついたのだ。敵はこちらの放水の圧のなすままに向こう側に流れていく。ここでシャワーの温度を上げたらどうだろう。残酷な考えが一瞬頭をよぎったが、しかし、ここで敵に死なれてしまったらどのようにその屍を越えて帰還したらいいのだ。もしもそれを踏んでしまったりしたら、今夜は悪夢にうなされ、帰還兵がやがてPTSDを発症するのは目に見えている。そうなったら最後、私を治療できるのは福島にいってしまった蟻塚医師しかいない。福島と沖縄の人々のために忙しい彼を煩わせてはいけない。

放水攻撃から這い出して壁に昇ろうとしては、また水の中に落っこちて溺れそうになる敵の姿を見て、余裕を取り戻した私はじっくりあたりをみまわす。あった、この密室の闘いから敵を追い出す場所が。水垢でずず黒くなってはいるが、あの排水口だ。あのフタをあければ、あそこに敵を陥れれば・・・

フタはゆるいが、ぬるぬるとしている。私の陰毛と垢と、石鹸カスがべっとりとついたそのフタを触るのは、不潔恐怖の気味がある私にはふだんなら到底できないことであるが、ここは戦場である。日常の観念を持ち込んではいけない。

ウッ、と息をとめてそのフタをとる。洗い場にたまった水が渦をまいて排水口へと流れていく。そこに最後まで抵抗していた敵がのまれていくのに、さして時間はかからなかった。

暗い排水口の向こうへ落ちていくそのとき、ゴキブリが一瞬、手をすり足をすって命乞いしたのを私は見逃さなかった。

勝った・・・しかし、戦争の勝利はいつもどこか、虚しい。

CRUEL WAR (悲惨な戦争)

The cruel war is raging. Johnny has to fight.

I want to be with him from morning to night.

I want to be with him, it grieves my heart so.

Won't you let me go with you.

No, my love, no.

https://www.youtube.com/watch?v=SkO10Karb7w

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