大喰いこそ男の浪漫なり(3ー2)

僕は年齢の割には良く食べる方だ。
しかしこの頃年相応に食が細くなってきた。
またアレルギーが出たことによって、食べられるものが限られたことで
食への興味がかなりダウンしてきました。
それでもドンブリ飯をガツガツ喰うという、青春の1ページを夢見る日も
あります。
いくつになっても男は、若き日を引きずっているのです。

さて今回も、僕が出会った大食漢の話しです。
愛すべき英雄の話しをお楽しみください。
全3回の2回目

2,ミスター大丈夫ですか?

夜中の牛丼屋での衝撃から数年後、僕は映像制作会社に就職しました。
ずっとサッカーをやってきた僕ですが、その当時所属するチームもなく、
体を動かしたいと草野球のチームに入っていました。

「ミスター大丈夫ですか?」はそのチームのメンバーでした。

彼は子どもの頃リトルリーグで活躍したというチームの主力メンバー。
甲子園を目指して高校野球に打ち込むものの叶わず、
卒業後は突如プロレスラーを目指しボディビルで体を鍛えたものの、
「痛いのがキライ」というレスラーとしての致命的な欠落に気づき断念。
ジムで体を鍛えるのは継続しながら、自他共に認める超がつく大喰いを
満足させるため、まかない食べ放題の飲食店でバイトする20代前半の
筋骨隆々の青年でした。

彼の大食いは有名で、野球の後、みんなで弁当やビールを持ち寄り、
河川敷で食べた時のこと、野球で体を目一杯動かしてビールを飲み
食欲がなくなった人の弁当5ヶを貰い、一気喰いし、ビールを数本飲み、
二次会に行って特大ラーメンと餃子3人前、炒飯1人前を平らげて
ケロッとしていたという伝説の持ち主でした。

「今度、メシ食いに行こうか?」
魔が差したのか、大喰いをなめていたのか、僕と先輩の口から
思わず出たその一言が、一生忘れられない出来事の幕開けでした。

彼はニッコリ笑い、
「メシっすか? 実は寿司が食べたいんです、ダメっすか?」と懇願。
バイト中のまかないは食べ放題で量的には満足しているものの、
ほぼ揚げ物で、好物であってもそれが毎日となるとさすがに・・・。
だから回転寿司でいいから思いきり寿司が食べたいというのです。

その話しを聞いた先輩と僕は、何とか食べさせてやりたいと、
ボーナスが出たら二人でご馳走する約束をしたのです。

まずは先輩と作戦会議です。
ボーナスとは言えど、吹けば飛ぶようなと言れるくらい薄っぺらいもの。
なので、何でもかんでも食べて良いという訳にもいきません。
まずはどれだけ食べるのか予想してみました。
大学時代の僕のMaxは12皿か13皿。先輩は高校時代で15皿。
その数字から導いた答えは、僕は自分の5倍の60皿。先輩はそこまでは・・・
と50皿と予想。1皿100円として60皿で6000円ですから、
微少なボーナスでも割り勘なら何とかご馳走できそうです。

ルールは、いくら食べても良いけれど、絵皿つまり高い皿はNG。
美味しく食べられなくなるか1時間で終了ということに決まりました。

そうしたら先輩が突然「予想が外れた方がご馳走することにしないか?」
と言うのです。54皿以下は先輩の勝ち、中間の55皿なら引き分け割り勘、
56皿以上は僕の勝ちです。
お互いが自分が勝つと確信しているうちに当日がやってきました。

お店に迷惑をかけないよう、驚く程の大食漢が満足するまで食べさせる
ことを告げ、一番ヒマな14時から(休憩なしのお店でした)としました。

そして運命の回転寿司喰い放題はスタート。
彼は、流れてくる皿を取りながら嬉しそうにガンガン食べていきます。
お店の人も「好きな物言ってください、ドンドン握りますからね!」と
気合いが入っています。
そこに信じられない光景が。
彼は一皿に乗っている二貫をワシっと握り一口で食べていくのです。
初めて見るスーパーテクニック、二貫喰いです。

寿司職人さんも始めは「へ~~」とか「スゴイねぇ」と余裕だったの
ですが、次第に握るのが間に合わなくなり始め、
「おーぃ手伝ってくれ!」とヘルプを呼び二人態勢で握っていきます。

回転寿司の皿はどんどん積み重なっていきます。
食べ終えた皿も20皿近くなるとかなり高く、倒れる危険性も出てきます。
お姉さんと相談し20皿溜まるたびに下げて貰うことにしました。
お姉さんが40皿目になる皿を下げた時です。
握る職人さんとお姉さんがほぼ同時に、その一言を言ったのです。

「大丈夫ですか?」

その喰いっぷりの良さと速さに驚き、体を心配して思わず出た
「大丈夫ですか?」は食べ終わるまで、何十回と繰り返されました。
この日から彼は「ミスター大丈夫?」という称号を戴冠したのです。

それでも彼は時折僕らの顔を見て「うまいっすね」と笑顔でいう余裕も見せながら、
ワシワシ、ガシガシと喰い続けます。

軽く55皿を超えた段階で、僕の勝利が決定、僕はもう他人事として
ニヤニヤしながら、時に「ガンバレ!」などど見ていますが、
先輩は青白い顔になり、皿が下げられる度に、60×100、80×100、100×100
とうわごとのようにかけ算で支払い金額を呟き続けます。
結局彼は125皿を完食しました。
先輩は「あ~~ぁ ボーナスで買おうと思ったダウンは諦めだなぁ」と
ダダ落ち状態でお支払い。手も少し震えてた姿があまりに可哀想さで、
先輩に3000円カンパしこの大イベントは終了しました。

ちなみに彼はこの後家に戻って2時間ほど昼寝し、
夕食は、大盛ラーメン・餃子・ライスだったそうです。

それから数年後。
僕はサッカーチームに入ったので草野球には行かないようになり、
その後転職しミスターの働く店から足が遠のいていました。
1年振りに店に行ったら、ミスター大丈夫はいませんでした。
話しを聞くと、「やりたい仕事を探す」と言って店を辞め、
アパートもたたんで、バイクで「自分探しの旅」に出たのだそうです。
「食べるのに困ったらいつでも帰っておいで」と言ったのですが、
まだ何の連絡もないとのことでした。

でも人懐っこくて、笑顔が魅力的な、人に好かれるミスターでしたから、
きっとどこかの街で楽しくやっていることと思います。

ミスター大丈夫? 
彼は永遠のレジェンドです。

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