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うろ覚えな雑文

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ダイジョウ部キョウコさんの仰る【喪の作業】で、自分の内側がどんな事態に達するのか、小一時間前に会得出来たみたい。
いわゆる【一つの感情を味わい尽くすこと】がひと段落つくと、その感情は一連の記憶と共にひとまとまりとなって、微細な喪失感を伴い、一段奥の記憶領域へ収納されるみたいだ。

一つの感情を味わい尽くす行為イコール自分の中の記憶と対峙する事なので、独りで取り組むほかなく、その時空間に物理的な他者が介入するのは足枷にしかならん。
但し、外側からのヒントは膨大に要る。
(ヒントには事実ベースの知識を多く使う)

https://note.com/shukudani/n/ne6bd1b8233db

喪の作業に取り組む場合、ダイジョウ部キョウコさん以外の参考資料が要るが、それは専門書から入ると別の横道へ逸れてしまうので、二村ヒトシさんのご著書を2冊くらいガイドに選択するのが近道。
(2冊とは【すべモテ】と【なぜ愛】の2つ)

https://note.com/shukudani/n/nacf6154e813c

僕のイマジナリー弟が奥の記憶領域へ収納された時、胸の真ん中がチクッと後ろへ引かれる体感が薄らとあったが、それは世間で云う喪失感に該当するのかも。
自分で片したから小規模に済んだが、人任せにすれば纏まってくれない質のものではないかと。

https://note.com/shukudani/n/n0d4656fbab4f

ものっそい大雑把などんぶり勘定で云うと、一連の喪の作業を例え話に置き換えたのが、各宗派の講話エピソードなのだろうよ。
だから、各宗教の教典に書かれた内容について実在か否かを云々するのは不正解だし、実物を探すのは横路へ逸れた事だ

https://note.com/shukudani/n/ne9c2d45f1f8a

教典に書かれた通りの実物を捜すと云うのは、たとえば諸星大二郎「ユニコーン狩り」のお爺さんみたいな姿勢の事を指す。
ありゃつまり、お門違いなのだわね。
お門違いな熱意を微笑んで受け止める用のマンガ作品なのだろうし。
(^_^;)

https://note.com/shukudani/n/n91ab83ec29b8

オカルト怪異事象については、ゆるふわビリーバーの主張する【視えたから居る】と云う短絡的な結論は不正解で、
本来追求すべき課題は【見えんけど、おる】の中に含まれること【居る様に思い違いする心の中の仕組み】を解き明かす方向なんだわネ。

https://note.com/shukudani/n/n89706cb1113d

居ると妄想すること、視えたと錯覚すること、祈りや呪いで願望が叶ったと思い違いすること、
それらに一定の類型があるのは、脳の仕組みが同一だから起きたこと。
各々の像に微細な違いがあるのは、経験と記憶内容そのものが全員異なるからだ。

https://note.com/shukudani/n/ndecbe98f32c2

新興カルト教団から分派してくのは、それら像に個体差があり、教祖の示した物が自分の求める答えと違うから、袂を分かつ事になって起こること。
だけど、信仰や宗教の形式をとらないと正解が得られないと云う思い込み自体が、多分ハズレなんだよ。

https://note.com/shukudani/n/n1fdc32243d7d

麻原彰晃の子アーチャリーさんが心理カウンセラーになっている事や、エル・カンターレの子宏洋さんがエンタメ世界の作り手人材となっている事、それぞれに親の言い分を真っ向から否定してる事など、とーっても示唆的ですわネ。
( ´罒`*)イヒッ

https://note.com/shukudani/n/ned3b97bcd267

脳内や体感や帰結する答えなど、周囲とぜんぶ合致させようと云う極端なやり口が、カルト教団の問題点。
信仰や宗教の形式を固持しなくても構わない時代に達してずいぶん経つのだし、新たな宗派を濫造する前に、いっぺん考え直したらどうなんだろ。

https://note.com/shukudani/n/n9262751b9e7d

國學院大學OBらしい事を云うか。
なぜ葬儀をするのか、遺された側が気持ちをおさめるために行う必要があるから、そのための儀式をする、それが葬儀の意味目的。
喪の作業とは、自分の中の不明点や感情をおさめるために行うから、服喪と呼ぶ。

https://note.com/shukudani/n/n4ec56109797e

自分の中の暗礁を整頓すれば済む話なので、フリースタイルで執り行うと云う態度があって然るべきだし、
個体差のある何かを他と揃えてもすわりが悪いなんて、よくあることですやん。
葬儀のあと服喪期間が個々に必要となる事から、想像つくべ?

https://note.com/shukudani/n/n3ff76c4a9dc9

葬儀と関わりなく、ヒトは感情を持て余してる訳で、激しい感情の服喪作業が常日頃から必要となる。
社会の荒波に揉まれる間、その必需性は高いのが当たり前で。
自分の心をおさめる事を蔑ろにする奴は、他人の事も平然と蔑ろにするんじゃなかろうか

https://note.com/shukudani/n/ne1f3cf0ea453