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死んでから仏になって意味あるの? お坊さんには生きてるうちにお世話になるもの。
〈一才の誕生日に思うこと〉
〜お坊さんは最強の心理カウンセラー〜
今日2月11日は、わたくしキー坊:僧名井口聖人(しょうじん)の一才の誕生日。
と言っても仏教でいう法齢のお話し。
つまり、まさに昨年の今日、建国記念日の吉日に出家得度して正式な僧侶となったわけです。
僕が弟子入りした仏日山・陽興寺の2022年版の寺報を手に取って頂ければ、なぜ僕がこの道に踏み切ったのか、概ねその真意がご理解頂けると思いますが、お寺との出会いはまさに僕にとって「晴天の霹靂」でした。
人は生きてる間は垢だらけ、亡くなった時に初めて無垢な存在の「仏」に生まれ変われる。
そんな勝手な幻想をあたかも当然のように自分自身に当てはめてきた56年間。
自分自身を愛したり、可愛がったり、
ましてや心底尊い存在などと、
考えてみれば生まれて此の方、一度も実感したことがなかったように思います。
「今まで本当に俺は人を愛していたのだろうか?」
そんな疑問もお寺とのお付き合いの中から自然発生的に生まれてきたものでした。
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「戒名は生きてる間に頂くのが本来の在り方」
「お葬式は生きている人たちの誓いの儀式」…etc。
それまでの仏教に対する解釈を180度変えてくれた陽興寺のご住職に弟子入りするという形で、本格的に仏道に身を投げ入れ、まずは自分自身が
「人は生まれながらにして仏である」
「人は何度でも変われる」ことを体感し、今まで救えなかった他者に対して
「生きてるだけでいいんだよ!」
とそっと手を差し伸べられる生き方を
実践したいと曹洞宗の本山、横浜市鶴見区の總持寺に安居入りしたのが昨年の3月21日のことでした。
現在は師匠の侍者としてお通夜やご葬儀、その他の法要に少しづつ随喜させて頂いていますが、本当の意味でのお坊さんになるためにはまだまだ修行鍛錬、そして学びが必要なことは言うまでもありません。
実母をはじめとして、一年前の出家得度式に参列して頂いた「証人」の方々、これからも厳しく暖かくキー坊を見守り頂ければ幸いです。
キー坊が「キー坊主」に脱皮することを、誰より自分自身が一番期待しているのですから…(笑)。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。 井口聖人 九拝
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