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瀬戸忍者捕物帳 6話 『烏天狗の罠』3

「茜えー!いいんだな?このまま俺たちが押し入って忍者同心もろとも縄にかけることなるぞ!」

廃屋の中から返事がないのを確認して、右手を上げる黒田。この右手が降ろされれば一斉突入の合図である。まさに黒田が手を振り下ろそうとしたその時、廃屋の中から茜が皐の両手に縄にかけた状態で出てきた。

それをみてニヤリと笑みを浮かべる黒田。

「いい子だ、茜。聞かせてもらおうか、どうして忍者同心と行動を共にしているのか?」

黒田は手の平を岡っ引き達の方へ向け、『待て』の合図を出し、自身は茜の方へと近づいた。数十人の岡っ引き達に囲まれているその中心で、茜、皐、黒田が対峙する。一番先に口を開いたのは茜だ。

「お願い、黒田さん!聞いて下さい!皐は父を殺した犯人ではありません!」

茜の言葉には魂が籠っていた。ここで黒田を説得できなかったら、皐は恐らく殺されてしまう。そう言う思いで茜は必死に訴えた。

「あたしは烏天狗をさっき見たんです!この森で!今もどこかに身を潜めているはずです。黒田さん、信じてください!あたしの父さんを殺したのは皐ではなく、烏天狗です!」

熱く語る茜の目を眉一つ動かさずに聞いていた黒田は茜に聞き返す。

「お前の父を殺したのは忍者同心・皐ではなく、烏天狗だと?何故そう思うんだ?」

「皐がその場にいたんです。皐の話を聞いてあげて下さい!」

茜の言葉を聞いた黒田の目が皐に向く。黒く大きな瞳は森の中で静かに獲物を狙う梟のような鋭さを持っている。その刺す様な視線を向けられたら並の者なら萎縮してしまうだろう。その目をしばらく睨み返した皐はやがて言葉を紡ぎ始める。

「僕は当時大越さんの岡っ引きとして働いていて、僕はあの時確かに大越さんの殺害現場にいました。しかし僕は決して大越さんを殺した犯人ではない。あの現場にはもう一人の人物がいたのです、それが烏天狗です。烏天狗が大越さんを殺したのです。僕は無実です!」

皐の訴えを聞いてもやはり黒田の反応は薄い。罪人と疑わしき者には耳を傾けようともしないということか。やがて黒田は皐を馬鹿にした様な表情を浮かべた。

「烏天狗を見ただと?バカを言うな!それにお前のような奴が大助さんの手下だったなんて聞いてねえ!そもそもお前が烏天狗なんじゃないのか!?茜が見たと言う烏天狗も、お前が変装した姿なんじゃないのか?」

黒田は皐よりも頭一つ分背が高いが、その黒田が皐に近づくとその身長の差は瞭然となる。上から睨みつける黒田の瞳を、僅かにも目をそらさずまっすぐに見据える皐。しばらく無言の戦いが両者の間に繰り広げられていた。茜の方がその緊張感に耐えられず、口をはさむことになった。

「黒田さん!あたしは皐と一緒にいた!その時に烏天狗を見たんです!烏天狗は皐が変装したものではありません!」

「おいおい、茜!なんでそんな奴の肩を持つんだ?」

今度は茜の方に鋭い目を向ける黒田。普段茜に対しては向けられたことのない鋭い目を向けられた茜はまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えて息を乱した。

「僕は黒田さんが烏天狗と関わりを持っていると考えます。」

そこへ皐がいきなり核心に触れるような事を言った。

黒田の岡っ引き達が一斉にざわついた。この発言には茜も驚きを隠せないようだった。

「俺が烏天狗と?」と額に皺を寄せる黒田。

「ちょっと皐!なんで黒田さんが烏天狗と連んでるのよ!訳が分からないわ!」

この皐の言葉には茜も驚いた。黒田は茜にとっては同心としてのいろはを教わった信を置く先輩である。黒田と烏天狗が繋がっているということが本当であるなら、茜にとっては受け入れがたい事実になるだろう。

「茜さん落ち着いて下さい。何故唐突に烏天狗がこの山に現れたんでしょうか?それとタイミングを同じくして黒田さんが現れた。僕は全て仕組まれたことだと思います。木霊が烏天狗で、烏天狗は勘太くんに殺人を教唆し、僕らに解決させ、手がかりとなる木霊を追ってこの山に来させた。逃げ場がないように岡っ引き総動員でね。こう考えればすべての辻褄が合うんですよ。」

皐は黒田の方に向きなおり、鋭い目を向けた。

「この黒田さんが烏天狗に命じ、大助さんを殺害させたのだと僕は考えています。」

皐の言葉にまた黒田の同心たちはざわつき始める。

「なんだと~?テメエ、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」と皐の胸倉を掴み威嚇する黒田。

「く 黒田さんはあたしが尊敬する先輩同心だよ!そんな訳ないじゃない!」

興奮しながら黒田を庇う茜。

「皐!いくらあんたでも黒田さんを悪く言うのは許さない!だいたい・・・全部あなたの推測じゃない!?」

「茜の言う通りだ。俺が烏天狗と関わりを持ってると言う証拠でもあるのか?」

黒田の問いに柔らかい笑顔で首を横に振る皐。

「残念ながら証拠はありません。しかし・・・不思議ですねえ。黒田さんは僕らがこの山に来ることをどうして知っていたんですか?まるで予め僕らがここに来ることを予期していたかのように待ち構えていたじゃないですか?これは烏天狗と予め打合せしていたからじゃありませんか?」

「それは違うなあ。俺たちも元々はその木霊という人物を追ってこの山に来たんだ。なあお前ら!?」と黒田は周りの岡っ引きたちに同意を求めると、岡っ引きたちは大きくうなずいた。

「木霊という人物はどうやらいろんな犯罪に関わっているという事らしいからな。そしたら意に反してお前達が突然現れた、って事だ。忍者同心!ごちゃごちゃ言ってるようだが、その実、お前が木霊なんじゃないのか?」

今度は皐に疑いを向けてきた。

「なるほど、あくまでシラを切るつもりですか?」

「テメエの方がとぼけているんじゃねえか!」

お互い一歩も引かない2人の白熱する議論を茜は固唾を飲んで聞いていた。理解を追いつかせるのがやっとで、その会話の中に入っていくことができなかった。

「茜さん!僕を信じて下さい!目の前にいるのが、茜さんのお父上を殺した犯人なんです!」

「茜!そいつのいう事なんな信じるんじゃねえ!そいつは凶悪な殺人犯だ!俺は今までお前の面倒を見て来てやったんだぜ?その胡散臭い忍者同心と俺と、どっちを信じるんだ!?」

二人から意見を問われ、茜は胸が締め付けられる思いをした。茜は両目をギュッと瞑り、思考を巡らせる。皐、黒田、どっちも茜をとっては恩人だ。どちらを信じるべきなのか・・・茜はしばらく言葉を出せなかった。だがしばらく考えた後、茜はゆっくりと眼を開いて悲しそうに言った。

「皐・・・ごめん。やっぱり黒田さんが烏天狗と連んでるなんて考えられない。」

茜の言葉を聞き、皐はがくりと肩を落とした。

「そんな・・・僕より黒田さんの方を信じるというんですか・・・」

皐の悲しそうな目を見て茜は慌てて言葉を補う。

「だからと言って皐が父を殺した犯人だとも思わない!だからあたしは提案します!黒田さん!皐と一緒に協力して烏天狗を捕まえ ・・・」

だが茜がそこまで言った時、縄をかけられているはずの皐が、縄をするりと解いた。縄脱けは元忍者である皐にとっては造作もない事だった。そして瞬時に茜の後ろに回り茜の羽織を左手でつかみ、腰につけてある小袋から右手で苦無を取り出し、それを茜の首に当てた。

つまり皐は茜を人質としてとった事になる。この行動は茜をますます混乱させたが、考えるいとまを与えず、皐は叫ぶ。

「動くな!」

皐の声に一斉に岡っ引きたちは武器の棒や刺叉(さすまた)を構え臨戦態勢をとった。

「ちょっと皐!どういうつもり・・・」

といった茜だが、皐の表情を見て言葉を失った。いつもヘラヘラしている皐の表情が一変し、その目は冷たい輝きを放ち、戦場を駆ける忍そのものであった。

「茜さん、残念ですよ。僕を信じてくれないなんて。」

冷たく言い放つと皐は茜の羽織をぐいっと引っ張り、一歩二歩後ろへ下がり黒田と距離をとった。

「とうとう本性を現しやがったな、忍者同心!」

黒田は十手を腰帯から取り出して皐に差した。

「茜!これで分かっただろう?そいつは自分が助かる為なら全てを利用するような奴なんだ。」

「ちょっと皐 冗談だよね?こんな事 お願い正気に戻って!」

皐の乱心を茜は止めようとするが、皐は聞く耳をもっていない。

「動くと女同心さんの命はありませんよ。さあ、道を開けて下さい。」

と黒田とは反対側にいる岡っ引きたちに道を開けるように言った。

「くそっ!茜さんを人質にされている以上、下手に手出しできねえ!」

岡っ引きたちは悔しそうにお互いの顔を見合わせた。

「大人しくしていれば危害を加えません。さあ早く道を開けて下さい!」

皐の迫力に負け、道を開ける岡っ引き達。

だが、その時に皐の背後から突然匕首が飛んで来て、皐の背中に突き刺さった。

「ぐあっ!」と皐はうめき声を上げる。

岡っ引き達は一体だれがやったのかとお互いの顔をきょろきょろと見合わせていたが、黒田の次の号令が彼らを動かせた。

「今だ!忍者同心を捕らえろ!」

体勢を崩した皐に対して一斉に同心たちは飛びかかる。

「皐!?」と心配そうな表情を見せる茜に皐はニコリと笑顔を見せる。

「茜さん、では後は宜しくお願いします。」

と皐は周りに聞こえないように小声で言った。

「うん、出来るだけの事はやってみる。」

謎のやりとりを交わした後、皐は「さよなら!」と言って茜の体を岡っ引き達の方へ押しだした。岡っ引き達は茜には危害を加えない。茜の体は彼らに保護され皐と距離を離された。

一方、皐は茜を突き放したあと、すかさず右手の苦無で岡っ引き達と応戦する。刺叉を持つ十数人を相手に、しかも手負いであるにもかかわらず皐は素早い動きで翻弄する。刺叉をひらりひらりと躱し、代わりに蹴りをお見舞いする。そうしてできた僅かな隙に包囲網を抜け、森の中にすさまじいスピードで逃げていった。

「追え!必ず奴を捕まえるんだ!」

黒田の怒号が飛び、岡っ引き達は茜を保護した数名を残し、一斉に森の中へ皐を追いかけて言った。茜を保護した岡っ引き達は茜を連れて黒田の方へ歩かせた。

「茜、どういうつもりであいつと一緒に行動していたんだ?」

「すみません・・・黒田さん・・・あんな奴だとは思わなくて・・・」

茜の不安そうな表情にぐっと顔を近づける黒田。

「茜・・・まさかあいつの言ったこと・・・俺が烏天狗とつるんでるってってのは、まさか信じちゃいねえよな?」

「も・・・もちろんです、黒田さん!・・・黒田さんはあたしが同心になってからずっと良くしてくれてたし・・・」

「あいつはお前の父・大助を殺したのは烏天狗だと言った。お前はそれを信じるのか?」

黒田は一つ一つ確認するように茜に問いただした。

「分かりません・・・あいつは・・・皐は烏天狗が犯人だと言っていた。あたしもそれを信じて協力して真犯人を探そうとした。でも・・・さっきのあいつの顔・・・まるで殺人鬼そのものだった・・・。もうあたしには・・・何が真実なのか・・・黒田さん助けてください・・・」

茜は黒田に歩み寄り、黒田の羽織をぎゅっと掴み、顔を黒田の胸に埋めた。

「黒田さん・・・教えてください・・・何が真実なのか・・・黒田さんを・・・信じてもいいんですよね?」

声を震わして話す茜を優しく両手で包み込む黒田。だがその黒田の顔に卑劣な笑みを浮かべていることは茜からは見えなかったろう。

「茜、もう大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。お前の父を殺したのはあの忍者同心だ。一緒に奴を捕まえよう。」

二人はしばらくお互いを抱きしめ合っていたが、黒田の方も茜がこの時演技をしているとは見抜けなかったようだ。

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