仕事と私と救助犬

救助犬も落ち込むことがあるらしい。

そんな話を初めて読んだのは神去なあなあ夜話でだったか。
とにかく、災害救助などの場面で「生存者を救出する」という成功体験が詰めなかったわんちゃんは、どんどん自信を喪失し、落ち込んでしまうんだと。

そんな落ち込んだわんちゃん達に対しては、スタッフを生存者とし、それを発見させてやる小芝居を打つらしい。
ヤラセではあるものの、わんちゃんはやる気を出して元気になるとかならないとか。
やはり「役目を果たした」という成功体験が大切なのだろう。

なんて。なんてね。
いい話だな〜と知ってはいたけど、最近私は会社で「しょんぼりわんちゃん」としてヤラセをしてもらう日々をおくっている。ような気がしている。
実際のところは知らないのだけど、私があんまりに仕事ができず、そして自分の不出来に日々茫然としながら通勤しているからか、最近大きな働き方の変更があった。
ざっくりいうと、配属時予定されていたこととは今とでは全然違う業務をやっている。なんででしょうか。仕事のできないしょんぼりわんちゃんだからだ。新卒としてあるまじき…..というか、大人に配慮されながら生きており、これなんか….本当に恥しかない。
今携わらせてもらっている業務の領域自体は楽しく、好きな方向なので不満なんかは一つもないのだけど……….。
それはそうと、己の不出来のせいで大人たちが生存者を埋めてくれている(無駄なコストを払っている)状況が耐えられるかと言われたら、そんなことは全くない。

小学生の頃の私は乱読が酷く、自己啓発本とか、誰が読むねんというような奇妙な本までよく読んでいた。
その中に「ワルの知恵本」という本があり、そこに「人を褒めるときは本人以外に言い、本人に伝わるように振る舞う」だとか「誰々さんが褒めてた、と言うのが一番いい」というようなことが書いてあった。
そのせいか、会社で「〜が〜と言っていた」と褒められがあったとしても、どうしても、ものすごく気を使われているなと頭を抱えてしまう。
いや、どうなんだ、あの「〜さんが良いと言っていた」系ってやっぱお気遣いなのか、どうなんだ。わからない。

早く仕事できるようになって激務の上司を楽にさせたい。こんなに仕事ができるようになりたいと願ってる同期は他にいないだろ。一番できないからではあるけど。
こんなブログを書いている時間があれば仕事を進めましょう、まあ、本当にそれしかないんですけど。

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