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聴覚障害者の就労状況について調べてみた

三重県で2024年7月11, 12日に開催された第19回日本小児耳鼻咽喉科学会でのシンポジウム「小児難聴ーいつ,誰に、何を、どう伝えるかー」の中で、就労に向けてと題して、発表する機会をいただきました。発表に向けて調べた聴覚障害者の就労状況についてまとめてみます。


法的枠組み

障害者雇用促進法

障害者の雇用を支援するための法的枠組みとして、障害者雇用促進法が重要な役割を果たしている。従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務がある(障害者雇用促進法43条第1項)。現在の民間企業の法定雇用率は2.5%であり、従業員を40人以上雇用している事業主は、障害者を1人以上雇用しなければならない。障害者雇用納付金制度は、障害者の雇用に伴う事業主の経済的負担の調整を図るとともに、全体としての障害者の 雇用水準を引き上げることを目的に、雇用率未達成企業(常用労働者100人超)から納付金を徴収し、雇用率達成企業に対して調整金、報奨金を支給するとともに、障害者の雇用の促進等を図るための各種の助成金を支給している。 また平成28年の改正により、雇用分野における障害者差別の禁止と合理的配慮の提供が義務化されている。

欠格条項の見直し

「目が見えない者、耳が聞こえない者には免許を与えない」等としてきた医療職の絶対的欠格条項は2001年に一括見直しとなった。現行の相対的欠格条項の条文(医師法)は次のようになっている。

第四条:次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
第一号:心身の障害により医師の業務を適切に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの。
医師法施行規則第一条:医師法第四条第一号の厚生労働省令で定める者は、視覚、聴覚、音声機能若しくは言語機能又は精神の機能の障害により医師の業務を適切に行うに当たって必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行うことができない者とする。

医師法(昭和二十三年法律第二百一号)

聴覚障害者就労の現状と課題

聴覚障害者の就職率

図1は、文部科学省の特別支援教育資料から作成した聴覚特別支援学校高等部生徒の卒業後の進路である。2022年度の卒業生のうち、進学者38.0%、就職者29.9%、教育訓練機関等入学者7.7%、社会福祉施設等入所・通所者21.7%であった。一般高等学校普通科生徒の卒業後の進路では、就職者の割合が6.3%であること(文部科学省: 学校基本調査より)を考えると、聴覚特別支援学校の就職者の割合が高いことがわかる。

図1:特別支援教育資料(文部科学省)から作成した聴覚特別支援学校高等部生徒の卒業後の進路

図2は、厚生労働省の障害者職業紹介状況等から作成したハローワークを通じた聴覚・言語障害がある人の就職率で、40から50%の間で推移している。ハローワーク求職者の就職率(就職件数/新規求職者数)2023年度の年度実績が26.8%であるので、聴覚・言語障害がある人の就職率が低いとも言えない。

図2:障害者職業紹介状況等(厚生労働省)から作成したハローワークを通じた聴覚・言語障害がある人の就職率

図3と4は、厚生労働省の令和5年障害者雇用状況の集計結果から作成した聴覚又は平衡機能障害者の雇用状況である。1000人以上規模の民間企業で52%が働いており、続いて100~300人規模の民間企業に14%の聴覚障害者が働いている。産業別の雇用状況では、製造業が最も多く、医療・福祉、卸売業・小売業が続く。

図3:令和5年障害者雇用状況(厚生労働省)の集計結果から作成した聴覚又は平衡機能障害者の雇用状況
図4:令和5年障害者雇用状況(厚生労働省)の集計結果から作成した聴覚又は平衡機能障害者の産業別の雇用状況

聴覚障害者の職場定着率

独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの調査研究報告書No.137「障害者の就職状況等に関する調査研究(2017年)」によると、聴覚障害者215人からの調査では就職1年後の職場定着率は67.0%であった。一般労働者では、令和4年(2022年)の年初の常用労働者数に対する離職率は 15.0%(厚生労働省 令和4年雇用動向調査結果の概況)であり、聴覚障害者の職場定着率は低いと思われる。「障害者の就職状況等に関する調査研究」で身体障害者全体(1328人)での職場定着率が60.8%であったことを考えると、職場定着の課題は、聴覚障害に限ったことではないと思われる。
「障害者の就職状況等に関する調査研究」資料から、図5:年代別にみた職場定着率の推移、図6:最終学歴別にみた職場定着率の推移、図7:企業規模別にみた職場定着率の推移、図8:訓練の利用別にみた職場定着率の推移、を作成した。20代の定着率が最も高く、また最終学歴が高い方が定着率が高いという結果であった。企業規模別で50人未満の会社では定着率が低い。職業訓練を利用している場合は高い定着率を維持している。

図5:年代別にみた職場定着率の推移(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの調査研究報告書No.137「障害者の就職状況等に関する調査研究」)
図6:最終学歴別にみた職場定着率の推移(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの調査研究報告書No.137「障害者の就職状況等に関する調査研究」)
図7:企業規模別にみた職場定着率の推移(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの調査研究報告書No.137「障害者の就職状況等に関する調査研究」)
図8:訓練の利用別にみた職場定着率の推移(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの調査研究報告書No.137「障害者の就職状況等に関する調査研究」)

聴覚障害者の雇用者割合と収入水準

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの政策研究レポート「聴覚障がいのある雇用者の活躍に向けて〜データからみた雇用の現状と課題の分析〜」によると、聴覚・言語障害者の雇用者割合は、20~39 歳は 89.7%と、同年齢階層人口に占める雇用者割合の75.1%を上回っている。一方で、年齢が上がると、40~49 歳では71.5%、50~59 歳では 63.8%と、同年齢階層人口に占める雇用者割合(それぞれ 77.7%、73.8%)を下回り、60~64 歳では 16.7%、65~69 歳では 11.6%と大きく低下し、同年齢階層人口に占める雇用者割合(それぞれ、53.1%、31.7%)よりもかなり低くなることがわかる。また聴覚障害者の年間収入では、聴覚・言語障害のある雇用者の年間収入額は 295 万 9 千円と推計し、これは、全労働者の年間収入 384 万 6千円の約 77%に相当すると計算している。

米国の聴覚障害者の雇用者割合と収入水準

同じく三菱UFJリサーチ&コンサルティングの政策研究レポートによると、米国の聴覚障害者と聞こえる人の雇用率について、聞こえる人の労働者割合が約72%であるのに対して、聴覚障害者の労働者割合は約48%とその差は、約24%ある。これを学歴別にみると、いわゆる大卒者では、両者の差が約16%になるなど高い学歴ほど、差が小さくなっている。また、フルタイマーでの年間収入について聴覚障害者と聞こえる人の状況を学歴別にみると、聴覚障害者、聞こえる人ともに学歴が高くなるほど年間収入が高くなっている。また、いずれの学歴でみても、聴覚障害者も聞こえる人も、大きな差は見られない。

聴覚障害者の就労支援

東京ジョブコーチ

ジョブコーチとは、職場内の環境調整、支援対象者の業務内容の検討・組み立て、通勤やコミュニケーションの補助などを行い、職場への適応・定着を支援する人のことである。東京ジョブコーチ支援事業は、(公財)東京しごと財団が東京都の補助を受け、社会福祉法人東京都知的障害者育成会に委託して行われている。東京ジョブコーチは、障害者就労支援に係る業務を1年以上行った経験があり、 「東京ジョブコーチ人材養成研修」を受講し、(公財)東京しごと財団が認定した者である。様々な専門性を有するジョブコーチ(定員60人)が、(公財)東京しごと財団に登録されている。支援を受けたい障害者、企業等、支援機関等が、費用の負担なく東京ジョブコーチによる支援を利用できる。

東京ジョブコーチ支援センター: 東京ジョブコーチ職場定着支援事業.

https://tokyojc.ikuseikai-tky.or.jp

就労系障害福祉サービス

障害者総合支援法における就労系障害福祉サービスには、就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型、就労定着支援の4種類のサービスがある。聴覚障害者の在籍する事業所は、「就労継続支援B型」が多い。また高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)は、障害者の職業的自立の推進、求職者その他労働者の職業能力の開発及び向上のために、高齢者、障害者、求職者、事業主等の方々に対して総合的な支援を行っている。

高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED):障害者の雇用支援

https://www.jeed.go.jp/disability/index.html

医療機関が求められていること

聴覚障害者の就労に関して、医療機関が求められていることとして、診断、治療、投薬、書類作成、教育・福祉との連携、定期フォローといった医療機関として基本的なことがまずは求められている。具体的には、聴覚活用を行っている聴覚障害者に、適切な補聴器調整や人工内耳マッピングを提供する。また東京ジョブコーチのような地域の聴覚障害者就労支援機関との連携も重要である。適切な福祉サービスを受けるために、医療機関による書類作成が必要なものも多い。医療機関との繋がりが断たれないよう、定期フォローも求められている。

データがなく調査できなかった事項

  • 一般高等学校に通っている聴覚障害児の進路。

  • 身体障害者手帳を持たない中等度難聴の聴覚障害者の就労状況

今回、就労に関わる方々から聞いたお話で印象に残っている事項

今回の発表準備をきっかけに、東京ジョブコーチの方とも繋がりをもて、実際の企業の障害者就労の現場を見ることができました。就労に関わる方々や当事者から聞いたお話で、印象に残っていることをつらつらと書いてみます。
・企業の障害者雇用担当者は、学歴よりも書記日本語力を求めている。
・聴覚障害者の就労のパターン
1 認知力の高い聴覚障害者:一般企業の障害者枠で就職するが、障害のない社員と同様に働く。
2 重複障害のある聴覚障害者:能力に応じ、一般企業の障害者枠、特別子会社、作業所などで、軽作業など、特性に合った仕事を見つけてもらい、指示されて仕事をする。
3 知的能力は正常だが、言語力(読み書き能力)が低い聴覚障害者:最も理解されにくく、なぜできないのか、なぜ通じないのか、と雇用サイドが理解できず、コミュニケーションも難しい。注意したり、励ましたりすることも通じないことがある。
・楽しく、長く働くために大切なこと
1 教えてもらったり、配慮してもらったりすることに対し、「自分は障害者だから、してもらって当たり前」と思うのではなく、「ありがとうございます」と言えること。
2 相手のために自分の方法や考え方を変えることに、抵抗を持っていないこと。
3 分からないことあったら、素直に質問できること。
4 障害があることに強いこだわりを持たないこと。
5 これらができる人たちというのは、親に愛され、きちんと教育された人たち。


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