『マーケティング・リサーチのわな』

【2019年以降注目のマーケティング関連書籍】その1

『マーケティング・リサーチのわな』

 著者:古川一郎
 出版社:有斐閣
 第1刷:2018年12月25日

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1. 本書を読んだ背景

発刊年は2018年ですが発刊月が12月でしたので、実質的に2019年以降のカテゴリーとして紹介させていただきます。
まず、著者の古川一郎先生とは、10年以上前でしょうか? 日本消費者行動研究学会のカンファレンスか何かでお会いし、写真入りのお名刺を頂いたことを覚えていました。

時は流れ2020年、たしかWebの情報でしたか(?)、「フィスクの4分類」という、文脈に依存した人間関係の4類型があることを知りました。
社会学者Fiske(1992)による「フィスクの4分類」とは、全ての人間関係をたった4つの類型で説明できるということで、「本当かよ?」と興味を持った次第です。
その「フィスクの4分類」のことが本書に記されてると知り、早々に購入したわけです。

1) 共同社会的共有(CS:communal sharing)
2) 権威階層(AR:authority ranking)
3) 平等な調和(EM:equality matching)
4) マーケット・プライシング(MP:market pricing)

そしてこの人間関係論が、尺度(物差し)論に基づいているという驚き!
名義尺度、順序尺度、間隔尺度、比例尺度は、定量調査のデータ形式としてお馴染みですよね。
その尺度が人間関係論にどう活用されるのでしょうか?

1) 共同社会的共有:名義尺度
2) 権威階層:順序尺度
3) 平等な調和:間隔尺度
4) マーケット・プライシング:比例尺度

読んでみて納得感はありましたが、これも社会学者による一つのモデルですよね・・、というのが今現在の感想です。
こんなにきれいに分類できるのか? 現実にはこれら4類型がミックスしているのでは?
等々、疑問は残っています。

2. どんな人に向いているのか?

中国国内での実際の日本車の普及状況(外国車ブランドの中ではトップシェア)と、マーケティング調査における日本車の評価の恐ろしすぎるほどの低さ(ドイツ高級車がダントツで高い)、という大いなる矛盾の解明を目的とした本書です。
サブタイトルは「嫌いだけど買う人たちの研究」
そう、キーとなるのは中国国内での反日教育と、その結果としての反日感情です。
シンプルに海外でのマーケティング・リサーチに携われている実務家(事業会社、リサーチ会社)向けとも言えますが、国内・海外を問わず、「文脈」(コンテキスト)の重要性を認識されている皆さんには有用な一冊、と考えます。

3. 本書のポイント

3-1. 中国人の文化・文脈において、内集団と外集団では意見(本音)が異なるという特徴が、2種類の「メンツ」によって解説されています。
そして、内集団での消費者の意識・態度をスキャンすることは絶望的に困難です。
考えられる解決策としては、消費者調査だけでは不全であり、販売店などの現場での定性的(できれば定量も)な情報収集が必要ですよ、これも大変なんですけどそれ以外には考えられません、という結論です。

3-2. ビジュアル(図)によるモデル提示のわかりやすさ、説得力も本書の特徴です。
特に重要なのは「場と文脈の関係」(121ページ)です。
まず「場」があって「欲求」が「文脈(評価モデルと代替案の集合)」を通して「行為」に至るという時間軸の推移。
そこには「ルール・規範」がある、というモデルはシンプルかつ秀逸だと思います。

3-3. 著者の古川氏はアカデミア(武蔵大学経済学部教授)なので、本書もアカデミアの例にもれず先行研究の数々も紹介されています。
既存の消費者行動論とマーケティング・リサーチ手法(“道具主義的アプローチ”)の意義と限界(“嫌いだけど買う”という現象を説明できない)を踏まえながら、文化と文脈の重要性、「解」を求めるより「問い」を発見することの重要性を強調されていることの意義は大きいと考えます。

4.  感想

最終章で「社会的ルールの生成と変容」という項があります。
『浪費の政治学』(1990)を著したユーエンの論を援用した、普遍的と思われる美意識の基準の変化=富の源泉の変化(イノベーションとの結びつき)、そしてHumphreys(2010)の新制度派的アプローチの紹介は刺激的でした。
特にHumphreysの米国のカジノに対する社会的認識の枠組み(=スキーマ:井上注)のポジティブな変化・新市場の生成では、新聞記事の長期間の時系列データを活用されていたことは、私の仕事にとってとても参考になることです(我田引水、失礼いたしました・・)。

Ertimur and Coskuner-Balli(2015)では、やはり米国でのヨガのイメージが、スピリチュアルから医学的・経済的に変容したことを分析されたようです。
米国から日本に“伝播”した「マインドフルネス」も同じ文脈なんでしょうね、と思いました。
そういう“予兆”を発見することも、自分の仕事では大切なんだなと(笑

さらに、未来予測についても、実際に「そうなるか?」は別として、生活空間や人間空間の変化を明示的、具体的に示すことで、リサーチャーの未来に対する意識を「自分事」とすることができる。
未来に対する好奇心を刺激することで、現在起こっている変化に対する問いかけの幅と質の向上が期待できるという指摘には、“眼から鱗”でした。

余談なんですけど、「コロンビア白熱教室」に出演し『選択の科学』を著した社会心理学者のアイエンガー女史のエピソードが面白かったです。
彼女が京都のレストランで日本茶に砂糖を入れたいと申し出たところ、日本にはそんな習慣はないと店員さんに拒否され、最終的に「この店には砂糖はない」と言われた。
仕方なくコーヒーを注文したところ、コーヒーには砂糖が添えられていた、という落語のような実話が面白かったです。
文化に規定された“暗黙的なルール”の話ですね。

以上です。

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水琴窟


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