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The Sprite

■作品タイトル 
The Sprite(雷*霊)

■制作年
2021年

■作品概要

スクリーンに映し出されている映像はタイトルを『The Sprite』と言い、リアルタイムにレンダリングされています。 画面左上に数字が点滅していますが、これは展示会場に佇んでいる装置に付与されたアンテナが読み取った空間中の電磁波のシグナルです。この装置は今後のプロジェクトで使用するであろうVRゴーグルや、脳波センサーの形態などが組み込まれています。ここで読み取られた電磁波のシグナルは、展示会場では主に起動しているコンピューターやプロジェクターから発されるものと思われますが、鑑賞者が持っているスマートフォンなどの電子機器や、身体から発する微弱な静電気などもわずかながら読み取っています。 このシグナルは上映されている映像の中の空間の各オブジェクトに紐づけられており、シークエンスに多少の影響を与えています。
映像の空間の中で、言説未満の小さな主張である「スプライト」たちが徐々に集まっていき、存在感を表していきますが、この「スプライト」たちをどれぐらい集められるかは、会場で読み取られた電磁波のシグナルの大きさによって変動します。また集まってきた「スプライト」たちの散乱具合によって、空間に配置された他のオブジェクトへの波及効果に差異を与えます。

本インスタレーションは総じて、リサーチベースの映像作品制作を行う中で、これまでリサーチした場所やものはもとより、まだ臨んでいないフィールドや、これから起こるかもしれない/起こらないかもしれない出来事、プランなどが流入してきている、ヴァーチャルなドキュメント提示を行なっているという構造になっています。

どのシーンにおいても登場する建築物らしき空間は、羽田空港の制限表面の立体構造にメッシュを描画し、建築空間のように見せたものです。不自然な角や部屋のような空間は、かつて制限された高さを超える建築物を建てるために解除された部分であったり、新たな空路が軍事基地や経済的な配慮により増設された区画でもあります。一見すると展望台や美術館のように見える空間は、本来は飛行機が飛んでも良い高さであると同時に高層ビルを建てる際の高さ制限でもあり、空と地面の領域の拮抗状態とも言える法的で抽象的な空間であり、実体を伴わない、東京湾上空に佇む建築の幽霊のようなものと言えます。
展示会場が位置する天王州アイル周辺は、2020年に設定された、新制限表面の基づいて飛行する飛行機の空路の真下にあります。この東京湾一帯を覆う羽田空港の制限表面の中に自分がいつのまにか臨んでいるという状況を気付かせる上で、航空機の周辺の電磁波に関係したリスクについて言及しています。その際にモチーフになるのは、航空機だけではなく、電波塔や人々が持っている電子機器、あるいは地磁気や断層運動由来の上昇する雷、電離圏まで達した上昇する雷「スプライト」が励起させるエルブスと呼ばれる、見かけ上光速を越えて広がるリング状に光る領域などに及びます。それは、飛行機の離着陸の際に電源を切らなかった場合の電子機器の機体への影響、ゲリラ豪雨や落雷の増加、そして新制限表面下の高層ビル群は制限表面を破っているのではないか、電離圏での相対性理論の破れを修復するために起こる空間の収縮によって、地球に降り注ぐ素粒子の寿命を延命して、地表に届かせてしまうのではないか、などといった憶測、心配、期待などに由来します。そして、そうしたリスクマネジメントの原動力となるのが脳内のナーバスな(神経的な)スパークでもあるとし、再び電子的な現象へと回帰、あるいは不時着します。


■作品タイトル 
The Sprite(雷/蕾)

■制作年
2020年

■作品概要

この映像は、2021年に制作したThe Sprite(雷*霊)の前身となるものです。同じく羽田空港の制限表面を3Dオブジェクト化したものが用いられていますが、同じ東京湾内の場所でも、焦点が当てられている場所が異なります。ここでは、東京都の墨田区エリアがかつて三角州の島だったことに焦点が当てられています。その島の名前は牛島と呼ばれ、実際に平安時代に全国規模で設営された牛の牧場だったと言われています。そういった場所の特色を汲み取っていく一方で、それらの記号性を共有する他の対象へと焦点がずれていきます。その焦点のずれは、実際に制限表面の空間が、いくつかの異なる環境に佇むことでそれぞれ言及されていきます。異なる環境は、異なるシーンごとによって描画されているのですが、異なるシーンへは、シーンの中に置かれた蛇紋岩を模した3Dオブジェクトから生えた3本のアンテナに雷を当てることで遷移します。この蛇紋岩というモチーフは、古東京湾があった秩父地帯によく見られる岩石で、海溝に吸い込まれる海水とカンラン石が反応することで形成されます。蛇紋岩は磁気を持っており、大規模な蛇紋岩地帯では磁気異常などが生じると言われています。実際に長瀞などの蛇紋岩が産出される地域は、中央構造線と呼ばれる大規模な活断層地帯となっており、地震などの地殻変動の巣となっていることから、蛇紋岩層の断裂によって磁気の乱れが起こるのではないかという憶測が個人的なアイデアとして浮かびました。
雷がどのアンテナに当たるかは、会場に設置されたトーラス型の装置が読み取っている電磁波の入力に依存しています。映像内では、電磁波の入力値に基づいて、見えないスイッチが回転しており、そのスイッチと、アンテナが重なった瞬間に雷が落ちれば、それぞれアンテナに紐づけられたシーンに変わります。
それぞれのシーンでは、それぞれの環境に関わる物語が提示されながら、視点は建物内を進み、必ずその蛇紋岩のアンテナを建物内で見つけ、それを雷が落ちるポイントまで運ぶという流れになっています。蛇紋岩のアンテナを運ぶ際には、その見えないスイッチが常時回転していることから、偶然何かに当たってしまうと、アンテナが跳ね飛ばされてしまったりして、うまく雷が落ちるポイントに運べない事態が生じる可能性があるのですが、大抵はうまく運ばれます。うまく運べなかった場合はアンテナが消えたり、高速で移動したりして収拾がつかなくなるのですが、そうなった時にはしばらくしてそのシーンの最初にリセットされます。

制作意図

これまで、自然現象や自然災害が発生した場所のフィールドワークを行いながら制作を行ってきました。中でも特に、生活や時に文明を一変させる出来事の発端が、消えてなくなるのではなく、起こった後にもそこにあり続けるものに焦点を当ててきました。具体的には火山や河川ですが、同時に建築物にも同様の視点で焦点を当ててきました。それは建てられる前のトラブルであったり、本来そこに建築物がなければ起こらなかった事故であったり、取り壊された後にも残り続ける廃墟や廃材等です。火山もまた噴火した直後は次の噴火の前にもあたるという意味でそこには時制のバリエーションの中に介入するというアプローチを撮っています。しかしながらそこでは、その地域で起こったことへの配慮や、それを経験した当事者への配慮、そして自分自身が安全であるかどうかの配慮なども介在します。このアプローチにおいては、過去、現在へのアプローチの他に、未来に自分が臨むであろう場所や状況も対象に入れる必要があると考え、実体のない建築物や領域と、仮説などで構成されるフィールドを設定し、その領域の要素が、そのフィールドの上での徘徊に関与するという構成にしています。


それぞれのシーンの内容は以下のようになります。

シーン『牛島』
かつて秩父の方まで東京湾が進出していた頃にその古東京湾に住んでいた水陸両生の大型哺乳類パレオパラドキシアと、水棲の大型哺乳類ステラーカイギュウが、同地域がこれから温暖化していくか寒冷化していくかによってそれぞれの繁栄か絶滅かが決まる瀬戸際などに言及しています。海水面の上昇と下降を繰り返し、建物の外に見える島には牛がいたり、また上昇した海中にはステラーカイギュウが現れたりします。

シーン『展望台』
同じ墨田区内にある東京スカイツリーの建設にまつわる状況に言及します。東京スカイツリーが建設される際に、当然ながらその耐震強度がある程度信頼を得られなければなりません。墨田区は関東大震災においても大きな被害があった地域の一つですが、震源がそこにあった訳ではありません。しかしタワーの耐震強度の信頼を得る、もしくはそこで起こりうる最大レベルの震度を想定するため、タワーの直下に活断層があることを前提に設計がなされました。この断層は伏在断層と言い、今現在はその存在が確認されていないものの、いつか生じ得るかもしれない断層のことを指します。
その一方で、完成したタワーは、そのタワーに落ちる雷の頻度を少しばかり上昇させました。そのため東京スカイツリーの先端と付け根の柱には、電力中央研究所によって、ロゴスキーコイルと呼ばれる電圧センサーが設置され、落雷の観測が行われています。このシーンでは、タワーの直下にある最大レベルの地震を想定する伏在断層によって引き起こされた地震が、偶然にもタワーの直上に積乱雲がある時に発生し、上昇する雷「スプライト」を作ってしまうという、確率が極めて低い出来事を掛け合わせた事態について描いています。飛行機もまたそのような出来事のプロセスに関与する可能性にも言及しています。

シーン『火事』
江戸時代の明暦の大火について言及しています。この大火の原因には、火葬の際の火が燃え移ったということや、江戸の都市を再開発したいために故意に火がつけられて起こされたなどいくつかバリエーションがあります。ここではスプライトという言葉は、電気的な現象から、火の玉(いわゆるエクトプラズマ)や妖怪、妖精の類にまで、その意味が分散します。

シーン『トカマク』
ここではある都市の片隅に建てられた住居のふりをするように制限表面の空間が佇んでいます。実際、その中には様々な人工的な道具などが配置されています。ここでは電磁気的な現象そのものについて言及され、それらにまつわる技術や都市伝説などの物語が示されます。例えばそれは電磁波過敏症(EHS:Electromagnetic Hypersensitivity)と呼ばれる身体的な影響に関する事柄です。これは、電子機器類や高圧電線、電波塔、あるいはリニアモーターカーの周囲に住む人々が電磁波を過敏に感じ取ってしまい、身体の不調を患ってしまう症状です。これは日本ではまだ完全にその実在性が確証されていないがゆえに、どのように対応を行っていくかについてのリスクコミュニケーションがなされています。
またあるいは、東日本大震災時に、とあるアメリカの政治家が、アラスカにあるオーロラ観測施設(HAARP)を地震発生兵器だと主張したことで話題になりました。この時、こういったいわゆるデマやフェイクニュースなどは今もなお都市伝説として残留しているのですが、個人的にはオーロラ観測施設と地震が結びつけられる想像力というものが一体どのようにして生まれるのかは興味が湧きました。この空域と地域を結びつける想像力は、古代中国の易経においても雷と地震が同一視されたりするなどして(落雷は地面に接する現象なので接続は比較的たやすいですが)、どこか普遍的な側面があるようなおぼろげな感覚があります。オーロラは地球の地磁気に沿って太陽からのプラズマが地球の大気圏に入ってくる際に、大気分子を励起して光を放つ現象なので、地面と関係がないことはありません。ただ天体運動で運勢や災害の兆候等を読み取ろうとする想像力が、オーロラ観測施設と地震を結びつける想像力と源泉を同じにしており、それがいまだに直感的な説得力を潜在的に持っているところに、他の色々な事例にも敷衍できるのではないかと興味を覚えます。
最後に、プラズマに関係する事柄として、現在フランスで建設されているプラズマ核融合実験施設の装置であるトカマク型核融合炉と、今後、個人的なプロジェクトで使用するであろう脳波センサーとVRゴーグルなどが混ざったオブジェクトが現れます。これはこれから臨むであろう場所や状況の流入として描いています。電磁波的な媒介物は、電磁波過敏症にとっての電磁波だけでなく、核融合炉の実験によって生じる新たな技術的なリスクや、廉価版の脳波センサーが読み取る不確かな脳波シグナルなどをも含み、VRゴーグルの映す技術的に再現されたヴァーチャルな映像と、想像的なリスクや憶測によって生み出されるイメージが重なります。



■映像リンク

The Sprite(雷/蕾)

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