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Rehabitable Zone

ReHabitableZone

解説

ハビタブルゾーンという言葉への注目は2015年においてふと気になった記事に端を発する。それは地球環境と人類についての記事で、そこには人類視点の都合をかなり強調した上で、地球の海洋面積の割合は陸域面積の割合に比べて大き過ぎるのではないかという一文があった。ハビタブルゾーンと聞くと、惑星が太陽からの距離が、水を液体状態で維持できるところにあり、なおかつ強力な太陽風や宇宙放射線から地磁気によって守られている範囲のことを思い起こし、その奇跡的な距離感の偶然性などに驚いてきた。というよりあまりに今現状、地球上に生物がおり、人間が文明活動を営んでいるという強い自明性が、ひとまず驚いておくか程度の感情に留まらせていた。
しかしながらこの一文は、非情なまでに強い人間中心主義に則った上で発された一文として、人間にとって現状の地球環境は全く都合が良くない、陸上に生きる生物として海が多すぎると苦言を呈しているかのように思え、その傲慢さに滑稽さすら覚えつつも、確かにハビタブルゾーンの環境が人間にとって完璧かというと全くそうは言えないという気もしてくる。個々の文明の栄枯盛衰はさておき、地球上の文明の営みを総合してみてもおよそ8000年-10000年ぐらいだろうし、海洋を自由に開発できる技術が普及しないかぎり陸域に人間が溢れ、資源どころか面積の争奪戦まで起こりかねないかもしれない。かといってその果てには海洋にも人間が溢れるという未来があるかもしれないが。ここではハビタブルゾーンという領域を認識するパースペクティブの揺らぎというか、認識的な相対性があることによって、様々な見方を与えてくれるように思えた。それはこの場所であれば安全に住めるだろうという判断の基準となる周辺環境の読み取りと、どのスケールを取得するかという選択という、保険に入ったり、物件を選んだり、投資先を選んだりする主体の心持ちと限りなく近い認識によって地質学的に把握される環境に臨むこととしてある。ただし、この論点はおおおよそ正しいらしいと言えるかどうかとか、この仮説は証明できるかどうかの認識だけではない。という意味では、ここでは学術的に蓄積されていくものを扱うことが主題になるのではなく、その把握の仕方そのものを試してみることの連続の中で生じる行為、選択、判断の振れ幅を保存する試みとしてある。
その総体として、ここでの意味のハビタブルゾーンが生成される。だからここには「居住可能」と断定するというよりは「居住可能かもしれない(でも死ぬかも)~居住可能だった(サバイブできた)」のスペクトルを含む。



■ハビタブルゾーン
Habitableの語源はラテン語のHabere(所有する)に端を発する。一方でRehabilitationはRe(再び)Habilis(適応する)だと言う。語源が違うのかと思いつつ、HabilisはHabereを語源とするかもしれない。しかしながらこのHabere(所有する)とHabilis(適応する)は大きくニュアンスが異なり、人間中心主義とそうでないものの対立と一致しているように見える。所有するという態度は確かにこれまで人間が自然を植民地化し開発搾取してきたことと容易につなげられる一方で、では適応するとはすべて自然に任せて受け入れるという態度のことを指すのだろうか。2つは語源がうっすらと同じようであるように、適応することの可不可という価値基準もまたある領域の専有もしくは奪取を意味し、そして排他的なニュアンスは依然として残っている。この2つの意味するところの間に立脚すると最初に宣言した。この間は二点間の内側の線分に含まれるとは限らない。二点間を反対に外側に周回する歪曲線の間にあるかもしれない。

■Homo Habilis
現生人類ホモ・サピエンスの繁栄より以前に出現していた人類。ホモ・サピエンスの前段階であるホモ・エレクトゥスとは同じ大地を踏んでいたかもしれない。「器用な人」を意味するこの人々は、石器を用いることもでき、集団を作り行動していた。しかしながらこの人々の直系の人類は今存在しておらず、絶滅したと考えられる。
Habilisは適応することも意味し、柔軟に対応できる器用さを表す。しかし絶滅することとなった。その絶滅もまた一つの器用さだったと読み替えられるだろうか。あるいは絶滅したと判断するところのホモ・サピエンスの奢りを凌駕する器用さで何かを企てているのだろうか。

■インジウム
元素記号In、原子番号49のレアメタル。
インジウムスズ酸化物は透明で電気を通すため透明電極として液晶ディスプレイ等に使われるため、需要が高いことから代替材料の開発が急がれている。なお、噴霧状のインジウムを吸引すると肺癌リスクが高まり、毒性があるとされる。

■鉱山リハビリテーション
鉱山運営のため開発搾取した環境を開発前の環境に戻す営為。地下深くの物質を地表に持ってくることはそれだけでも地表の環境に影響を与える。特に火山活動が現在もあったりかつてあった場所からの掘削物は強い酸性であることがあり、掘削物を積んでおくボタ山周囲の土壌が酸性化したり、雨水や地下水によって流出していくことで影響が拡がる可能性がある。特に河川の上流に鉱山がある場合などは下流域にまで影響をもたらし、甚大な規模で被害が生じる可能性がある。こうした環境問題、だけでなくその後の処理に莫大な費用と責任がのしかかってしまうのを防ぐため、鉱山リハビリテーションは環境へも鉱山運営にとっても必要性が高く、鉱山運営の前段階から考慮されるリスクマネジメントの一環である。

■熱水噴出孔
 経済的熱水噴出孔
深海や地下で生じる地下のマグマ運動に由来する熱水循環システムの出口。あるいはシステムの破綻した箇所と言っても良いかもしれない。深海などの極限環境ではこの熱水噴出孔から放出される熱とミネラルと微弱な赤外線を頼りに微生物が生き、また多様な深海生物が集まる。
熱水噴出孔は外空間に熱とそこに含まれる諸々の物質を放出してしまうが、地下の閉鎖された空間でそれが生じた場合、放出されてしまうはずだった鉱物の微粒子が地下の空間に蓄積する。その蓄積した鉱物が人々にとってターゲットとなる場合、その熱水噴出孔は経済的と言える。

■座礁したクジラ
今回の出来事のアクターの一つ。経済的熱水噴出孔が地表近くまで迫っていたある海岸に、一頭のクジラが座礁した。深海までも居住域として拡げていたことで、そのクジラの腸内フローラそのものが特異な生態系のニッチとなっていたかもしれない。そのクジラが座礁し死んだことで、腸内細菌が、その外部環境の変化によるストレスに反応し、独自の新陳代謝運動を開始し、クジラの身体とそれが横たわる海岸と間で熱水循環が生まれた。その循環は地下に迫っていた熱水噴出孔を塞いでいた岩盤を徐々に脆くしていった。というHabitable Zoneの一連の制作で継続して用いてきた虚構的モチーフ。有機物の生き様と無機物の有り様を人間的スケールに合わせて結節させたことで表現した歪なアクター。

■格子欠陥
 酸素空孔
主にセラミックの結晶内部に出現する結晶格子の部分的な非連続構造。本来結晶格子の中にあるべき分子が欠如していたりする。ただし欠陥と言いつつも、その欠陥によって導電性を有したり、透明であったり、磁性を有したりする。

■ITO
インジウムスズ酸化物。酸素空孔を持ち、厚みがある場合は黄色みがかっているが、薄く切り出すとほとんど透明になる。加えて電気を通すため、液晶ディスプレイや監視カメラのヒーターに使われたりする。需要が高まっており、枯渇や産出地域の偏りが懸念されることもあり、代替材料の開発が急がれている。

■リビタリゼーション
直訳すると再活性化。一度没落していたものが何らかの契機に再び活性化する。1980年のセントヘレンズ山の噴火により山体崩壊が起こった山麓ではあらゆる動植物が死滅したが、再び生態系が復活している。また、ある部族や文化の中で途絶えていた伝統が、外部の影響からのストレスを発端として、自らの文化社会をより満足のいくものにしようと意図される形で復興活動が起こることをRevitalization Movementと人類学者のアンソニー·F·C·ウォーレスが示した。ユートピア思想やメシアニズムなどもこの運動として当てはまる。またリバイバルという言葉と直結するように、文化や社会といったフィールドの俯瞰的視野を必要とする。例えば近代化されたという認識から近代以前の文脈を捉えて使用しようという企図につながる認識の展望台が介在している

■レーザー分光法
積極的にレーザーを照射し、反射してきたレーザー光のスペクトルのズレを読み取ることで、その地域を占めている物質を特定する測定方法。積極的なリモートセンシングであり、人工衛星を用いて行われる。鉱物の表面を反射する自然光などを受動的にセンシングして特定しようというのではなく、自らレーザーを積極的に放つことによって環境を把握しようとすることが、エンペドクレスの外送理論の技術的実装であるかのようだ。ただし、レーザー出力システムにとって予想外のコヒーレンスを、鉱物の表面が行っており、ある意図を出力源に積極的に返している場合、どうなるか。

■ミューオン
 ミューオニウム
宇宙から降り注いでくる放射線の一つ。電子の200倍の質量を持つ。大気中でのπ中間子の崩壊によって地上で観測される。発生から消滅までの時間は2.2/1000000秒で、地表に届く前に消滅するはずだが、相対性理論的に考えれば光速に限りなく近い速度で飛んでいるためミューオン自体に流れる時間が遅くなっており、結果、外から見ると延命されて地表まで到達できるという。透過性が高く、厚い岩盤や重金属の壁でも通過することができるので火山体や原発、ピラミッド等の内部透視に応用されている。正の電荷を持つ反ミューオンが水素原子の陽子と入れ代わり原子の状態になったものがミューオニウムと呼ばれる。
思弁的な物語制作においてはこれまでも時間の可変性と物理的に不可視の領域を結節させるアクターとして多用してきた。また電子デバイスが優位となっている現代文明のオルタナティブとしてミューオンデバイスを前提とした世界制作を行っている(Benjamin Efratiとの共同アートプロジェクト『Intersection Of Universes“複宇宙の交差点”』2019-現在)。

■エンペドクレス
古代ギリシアの哲学者。およそ2500年程前のシチリアで民主主義を唱えたものの市民に受け入れられず、エトナ山の火口に身を投げたという伝説がある。ドイツロマン主義の源流とも言える詩人ヘルダーリンは彼をテーマにした「悲劇エンペドクレス」を書いている。さらにこれに影響を受けたニーチェは、超人思想を唱える人物が山から降りてきて教えを説こうとする「ツァラトゥストラはかく語りき」を書く。ある意味でエンペドクレスの伝説の続編はニーチェによって引き継がれていた。
Habitable Zoneにおいては、これまで「エンペドクレス」は人工衛星や乗り物、薬品など様々なアクターを担ってきた。

■黄鉄鉱
硫黄と鉄の化合物の結晶。正方晶系。金色の表面で金と間違われることがあったため、「Fool's gold」の愛称を持つ。黄鉄鉱の表面でタンパク質の代謝運動が起こり、それが生命の源となったとする60年代に提唱された黄鉄鉱上の表面代謝説のモデルとなった。例えば河口底泥に住む硫黄還元細菌は硫化水素と硫酸で呼吸し、黄鉄鉱を作ることができる。

■磁硫鉄鉱
黄鉄鉱と同じ硫黄と鉄の化合物結晶だが、結晶構造に欠陥が生じている。硫黄還元細菌が黄鉄鉱を作る際に、十分に温かい温度でなかったり、酸素が少ない環境だった場合に図らずして作られる。その名の通り磁性を持つ。黄鉄鉱と違い暗褐色の表面をしている。

■Homo Rehabilis
一時的にホモサピエンスが認識不可能なゾーンに潜み、新しい地質学的状況に乗じて復活を遂げたHomo Habilisの新形態。
ヒトの身体を持たず、延命されたミューオンに感染した透明電極の薄片の表面で生きることとなった。

このリアルタイムレンダリングされる映像と並行して、時間尺の異なる映像が投影されている。それぞれの時間尺が異なることによって、互いに交差するシーンが周期的に変動するため、現在優位な時間と過去の時間が時折一致する状況に期待することができる。その一致点において現実における社会的スケールと創作における誇大妄想的なスケールの結節点を比較的簡易に作成することができる。

■豊羽鉱山
札幌市南区にある無意根山の山麓に位置する鉱山。無意根山は古い火山体であり、亜鉛やスズ、インジウムの採掘が行われた。現在は閉山している。

■支笏湖火砕流堆積物
約40000年前の大規模な噴火によって支笏湖ができた。その際に発生した大規模な火砕流が30km離れた札幌市南区まで押し寄せ、現在も10m以上の高さの崖として露呈している場所がある。

■札幌軟石
支笏湖の噴火の火砕流はそれ自体が高温なため、堆積した後にも熱を維持し、火山灰などを溶結させた。札幌軟石はその溶結凝灰岩であり、切り出しやすく加工が容易で、札幌市が都市として開発される際に、火災などに強い新建材として用いられた。


映像に付与されるテキストは、実際に臨んだ場所やその前後のプロセスを記述する旅行記的なものと、その場所へとアクセス可能にした記号的な結節の媒体となったモチーフについての個人レベルでの知見などが組み合わさったハイブリッドなエッセイとして構想されている。そのハイブリッド性の痕跡として、独り言がダイアローグとして表記される。そうすることによって自身の言説に対する逐次的なフィードバックがもたらされ、自己の経験の外部への志向性を実現しようとする。
敢えてこの表記の主体に名前を付けるとするなら、やや外連味を加えて以下のようになるだろう。

■ダイアロジカルモノロジック思念体
 Dialogic Monological Thoughtform
 今回の出来事に介入する主体。2ないし3体ほどによってなされるダイアログで、それらが臨む環境について推測し分析し描写し、時に感嘆する。
 


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