サイコロを描くことは難しい
僕は漫画家です。
漫画を描くことが仕事です。
一人では原稿を量産できないので、作画スタッフと一緒に漫画を製作します。
さて、ある日、新人作画スタッフがやって来ました。
彼は20歳の若者で、将来漫画家を目指しています。
まずは簡単な絵を描いてもらいましょう。
じゃあ、サイコロ。
実際にサイコロを手渡し、「そっくりに描いてください」と言いました。
すると最初に描いてきたのはこんな絵。
制作時間は5分。
「もっと難しい絵を描かせてくださいよ」と意気込んでいます。
僕は彼にこう言います。
「サイコロの角の部分の線が繋がっていなかったり、はみ出して交わっていたりするね。実際のサイコロは線が線が繋がっていなかったり、はみ出したりしているかな?時間は気にしなくていいからさ。よく見て、もう一度描いてみてよ」
新人君は、「細い人だなぁ」と不満そうな顔をして、自分の机に戻っていきます。
そして、また10分後に「出来ました!」とやって来ました。
「確かに角と角の線は繋がったけど、実際のサイコロをよく見てよ。角は尖っているかな?よく見て、もう一度描いてみてよ」
新人君は「先にそれを言ってくださいよ」という顔をして、自分の机に戻っていきます。
そして15分後。
「確かに角の線は繋がったし、丸くなったけど、角が丸くなったんだったら、ここだけ尖っているのはおかしいと思わない?サイコロの角が丸いのには理由があると思うんだ。だって、角が尖っていたら転がらないじゃん。形には理由があるんだよ。よく見て、もう一度描いてみてよ」
ここ↓
「一体どうしろって言うんだよ」と、新人君は声には出さずに自分の机に戻ります。
で、30分後。
「なるほどね。2重線で丸みを表現したんだ。でもさぁ、実際はサイコロにこういう線は入っていないよね?もっと言えば輪郭線もないよね。でも、線を引かなきゃ絵にはならない。どうしたらいいかな?例えば、光はどの方向から当たっているだろうか?サイコロの材質は何だろうか?よく見て、もう一度描いてみてよ」
さて、次に新人君がやって来たのは1時間後でした。
「あー、これ昔の僕の漫画を見て描いたでしょ?確かにこういうタッチを使った時もあったよね。この時はこれを描いたスタッフが、『こういう風に描こう』と判断したんだろうね。でも、それはその人の判断だよ。じゃなくて、君の判断が見たいんだ。僕は『(実物と)そっくりに描いてください』って指示したんだよ。よく見て、もう一度描いてみてよ」
次に新人君がやって来たのは2時間後。
「お、今度は人気漫画家の◯◯さんのタッチを参考に描いたね。確かに◯◯さんは僕よりはるかに絵が上手いけど、僕は『(実物と)そっくりに描いてください』って指示したんだよね。インクという画材を使って、目の前にあるサイコロを紙の上に再現してほしいんだよ。よく見て、もう一度描いてみてよ」
それから3時間。
新人君はやって来ません。
「何をしているのかな?」と見に行くと、ひたすら点描でサイコロを描いています。
「いやいやいや。『時間をかけて仕事をしたから、勘弁してください』って描き方はどうかな?僕に許されるために描いた絵を見たいんじゃないんだよ。君がサイコロを見て、君がそれをどう判断したのか?僕は君の絵が見たいんだよ。よく見て、もう一度描いてみてよ」
それから3時間。
新人君は 1本も線を引くことができず、体調の不良を訴え出しました。
果たして1年後、彼はどうなったでしょうか?
1.僕の趣向を分析し、描き直しを命じられない程度にやり過ごす方法を身につける(世渡りを覚える)
2.自分の絵を独自に進化させる(大失敗する時もあるが、想像を超える絵を描く時もある)
3.「私はロボットです。線1本に至るまですべて指示してください」と自我を捨てる(言われたことしかしない。それも裏返しの自我だと思いますが)
4.「漫画家になったら、背景画なんてアシスタントに描かせるんだから、上手く描ける必要なんてない」と開き直る(そして辞める)
漫画家になれるのは2のタイプじゃないかと思います。
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