たにゆめ杯2の選を終えて(選評その2)

前回に引き続き、私の選で最終候補として選出した作品について評を書きました。
今回は良かった点だけでなく、最優秀賞/個人賞に推せなかった理由も記載しました。他選者さんの意向とは関係なく、私独自の選の基準に拠るものなので「こいつ何にもわかってねえなあ!」と読んでいただいて構いません。
また、この記事を書いた時点で公開されていない作品については単語の引用も極力控えたため、やや曖昧な評になってしまったのはお許しください。

朱美
さまざまな「花」を詠みこみつつ、「煙草」「マッチ」「灰皿」などのエッジの効いた単語で強い明暗がつけられており、絵画的な美しさがある連作だと思いました。美しいだけではない主体の強さ、たくましさが感じられました。
5首目の「コスモス」の歌は白昼の風景に読めますが、夜の街を舞台にした連作の中に置かれていることから現実ではなく心象風景のようにも思え、それが下の句の「思うだけなら…」を引き立てているように感じました。
どの歌も鮮烈な描写が魅力的である一方、心情の掘り下げがやや足りず、主張の弱い歌が多いように感じました。また、6首目の「死」と「生」、8首目の「愛と悲哀」、9首目「咲く」と「散る」などの対比表現が続いた点も、単調な印象も受けました。

テープチェンジ
10首を通じて異様な日常風景の断片が描かれており、ホラー映画に登場する呪いのビデオを彷彿とさせました。「兄」が繰り返し詠まれていますが、1首目の「お兄ちゃんが欲しかった」から実在しない兄であるようにも読め、この世界感に引きずりこまれるような効果を感じました。
「ビデオデッキ」「モンタージュ」「ワイプ」と、生活がビデオの中の出来事のように詠まれており、特に9首目のリフレインはテープの巻き戻しを想像させ、閉じ込められた恐怖を演出しているように思えました。
ただ全体的に韻律が悪く、散文的なのが気になりました。もう一つのキーワードとなっている「兄」の登場する歌についても抽象的、断片的な表現が多く、その存在を活かせていない印象も受けました。

私の生が一番速い
軽口のような飄々とした口調の歌が続いた後、7首目の後半の「弾けろ、…」で唐突に激情が叩きつけられ、その落差にまず驚かされました。続く9首目、10首目の爆発するような主体の感情の発露にカタストロフィを感じました。主体は他者に追いつかれること(他者に物質的、心理に触れられること)に恐怖や嫌悪を感じながら、心のどこかでそれを望んでもいるのではないか、と読みました。
通読すると1首めの「稲妻」、2首目の「速度」、4首目の「消費するなよ」などの言葉がみな伏線だったように思え、連作の構成が巧みだと感じました。
一方で全体的に破調の歌が多く、短歌として読みづらかった点が気になりました。また、10首すべてが独白で構成されている点も背後のストーリーが想像しづらく、景がはっきりしない印象を受けました。

正常があるのなら
やや突飛な表現でありながら、自然に着地できている飛躍や比喩が巧みに使われおり、完成度の高い歌が多い印象を受けました。
2首目の本屋の薄暗さ、3首目で感じられるサバンナの空気など、日常と非日常が二重写しになっているような風景が、それぞれ説得力のある修辞で表現されており魅力的でした。平易な言葉で構成されている一方、非日常を感じさせる単語が要所要所で詠みこまれているのも、アクセントとして効いているように思いました。
それぞれの歌は良作であると感じたものの、連作として通読するとインパクトに欠けるように感じました。またタイトルを含め、主体の内面描写へのクローズアップが多く、第三者の視点では起きている出来事が捉えづらいように感じました。

無数のレモン
叙情性のある連作で、「アトピー」「あかぎれ」などの表現からも主体の繊細さが伝わってくるように思えました。 
3首目の「絵」が実在の作品であるのかは判断しかねましたが、レモンの静物画を何度も描いているゴッホの作品を想像しました。生前不遇を託っていた「画家」には不釣り合いに思える「無数のレモン」の豊かさはそれに対する憧れや祈りも感じさせ、主体は自身を重ね合わせて絵を眺めているように読みました。 
10首目の「滲み込んでゆくだろう」は身体的な痛覚の表現でありながら精神的な痛みも感じられ、独特の余韻が感じられました。
一方、全体的にやや雰囲気が勝ちすぎていて、具体的な心情の掘り下げが足りないように感じました。

うつくしいゴミ
1首目と8首目の「うさぎ」の歌など、日常で消費されている事象にひとつひとつ気づきを見出している作品だったのが印象に残りました。5首目は実際は「手紙」なのか「蝶」なのか明示されないものの、行くべき場所へ行けなかった無情が感じられました。
ただ、全体的に散文的な表現が多いのが気になりました。また、3首目の「つむじ風」や7首目の「不燃ゴミ燃やして…」など、比喩だとしても日常においてはやや過剰に思える表現が散見された点も気になりました。(つむじ風はテントをひっくり返すような大きな風を想像したことと、一般的に不燃ゴミは相当強力な火力でないと発火しないことを踏まえて)

僅かにぶれている
タイトルと1首目の歌から自身の性に対する葛藤、あるいは嫌悪感をテーマにしていると読みました。
静かな怒りや痛みの歌と並行して、甘い食べ物を詠みこんだ歌が数首配置されているのが印象的でした。特に4首目は不穏な感情と「ケーキ」の対比が効いており、主体の戸惑いが一層引き立てられているように感じられました。
主体の強い感情が作品を通じて表現されているものの、そこに感情移入する取っ掛かりとなる情報が少ない印象もありました。また独特の立場、視点から詠まれているためか、3首目の「優しさ」6首目の「あたたかさ」などの言葉選びの意図が読み取れなかった歌もあり、読み手を納得させる力にやや欠けるように感じました。


恋愛をベースにして、淡い触感や匂いにスポット が当たっているのが印象的でした。逆に視覚的な表現はかなり抑えられており、読み手の感覚を散逸させない工夫が感じられました。
10首目は、結句の1字空けと字足らずがとても効果的で惹かれました。呼びかけの言葉の時空に余韻が発生しているように思え、結びの一首としてもふさわしいように感じました。
一方、平易で説得力のある表現でなるほど、と腑に落ちる共感性はあるものの、それ以上の詩性が感じられない歌が多いように感じました。また、全体に通じる主体と「あなた」の物語の描写が内面的で、第三者に対する訴求力に欠ける印象がありました。

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