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創刊45周年記念 集英社文庫ならこの5冊! 北上次郎著                   

①『喜望峰』谷恒生(1980年)

②『雨鱒の川』川上健一(1994年)

③『水滸伝1 曙光の章』北方謙三(2006年)

④『ひゃくはち』早見和真(2011年)

⑤『パラ・スター』〈Side 百花〉〈Side 宝良〉阿部暁子(2020年)

 私が書いた文庫解説はただいま400点だが、いちばん最初に書いたのは、生島治郎『殺しの前に口笛を』(集英社文庫1978年)である。集英社文庫の創刊が1977年であるから、私の文庫解説稼業は集英社文庫の歴史にほぼ重なっている。

 その集英社文庫45年の歴史から5冊を選べ、と言われて真先に浮かんだのが、①創刊から80年代、②90年代、③00年代、④2010年代、⑤2020年代という区分だった。それぞれの時代で強い印象を残している作品を選ぼうと考えたのである。その結論が先の5冊。

 まず、谷恒生『喜望峰』だ。1977年春、『マラッカ海峡』と2作同時刊行という派手なデビューだったが(その前に野性時代の新人賞に佳作入選しているが、実質的なデビューはこの2作だ)、その中身も素晴らしかった。2作ともに海洋冒険小説だが、新人作家の作品とは思えないうまさで、私はそのときの興奮を「谷恒生の登場によって国産冒険小説はやっと新しい時代に突入した」と書き留めている。翻訳の冒険小説はあっても、日本人作家の描く冒険小説はまったくといっていいほどなかった時代なのである。そういうときに谷恒生が登場してきたのだから、興奮するのも無理はない。いまとなっては、とても懐かしい1冊だ。

谷 恒生 著『喜望峰』現在は電子書籍のみ・定価 605円(税込)集英社文庫

 次が、川上健一『雨鱒の川』。こちらは初恋小説の傑作だ。前半は少年小説で、自然豊かな地で暮らす少年のいきいきとした姿が瑞々しく描かれる。喧嘩をふっかけてくる相手、貧しい母、退屈な学校など、少年を取り巻く環境も過不足なく描かれる。後半は成人編で、さまざまな問題に直面する少年の青春を描いていく。前後半を貫くのは、幼なじみの少女との恋だ。

川上健一 著『雨鱒の川』定価 781円(税込)集英社文庫

 川上健一には傑作が多く、集英社文庫に限っていえば、『渾身』も忘れがたい。これはなんと相撲小説だ。しかも、描かれるのは、20年に1度、水みず若わか酢す神社の境内で行われる隠お岐き古典相撲大会。男と男が、誇りと意地と気概をこめて、愛と勇気と希望を求めて、まっすぐにぶつかる戦いが、迫力満点に描かれるのだ。手に汗握るスポーツ小説であり、親子の絆、家族のつながりを力強く描く家族小説でもあり、堪えても堪えても涙があふれてくる。

 それでも迷った末に『雨鱒の川』のほうにしたのは、この『雨鱒の川』を最後に、著者が長い休養に入ったからである。10年後に『翼はいつまでも』(おお、これも傑作だ)で川上健一は復活するのだが、その間、川上健一はもう小説を書かないんだろうかと何度も思ったものだ。そういう記憶がまだ鮮明に残っていて、こちらを選べとだれかが言うのである。

 北方謙三『水滸伝1』についてはいまさら書くまでもないが、第1巻を読んだときの衝撃はまだ忘れられない。中国版と違うのである。曖昧な中国版を正しく直してしまったから驚いた。吉川英治も柴田錬三郎も出来なかったことを北方謙三はやってしまったのだ。しかも、驚きはまだ続く。『水滸伝』19巻だけで終わらず、『楊令伝』15巻、『岳飛伝』17巻という3部作に仕上げ、「大水滸伝」51巻という壮大な物語にしてしまうのだ。さらに、その後も『チンギス紀』と続くので、完結まで私も長生きしたい。『水滸伝1』はその輝かしい第一歩となる作品だ。

北方謙三 著『水滸伝1 曙光の章』定価 858円(税込)集英社文庫

 早見和真『ひゃくはち』は、高校生の恋と青春を描く長編で、野球小説であると同時に、熱い友情小説であり、胸キュンの初恋小説でもある。うまいのはその構成だ。高校の野球部を舞台にした小説、ということなので一定のイメージがあるが、予想外の展開をしていくのでぐいぐい物語に引きずりこまれる。これは早見和真のデビュー長編だが、この作家が最初から抜きん出ていたことを示す一冊といっていい。

早見和真 著『ひゃくはち』定価 748円(税込)集英社文庫

 というわけで、最後は『パラ・スター』だが、5冊にいれなかった作品にも少しだけ触れておきたい。

 夢枕獏『神々の山嶺いただき』、荻原浩『さよならバーススディ』(本誌連載)、森絵都『永遠の出口』の3作には特に未練が残っている。しかし5冊の枠があるので止むを得ない。浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』、杉山俊彦『競馬の終わり』を足して10冊にするのがいちばんいいかも。

 で、『パラ・スター』だが、これほど泣いた本も珍しい。私は泣き虫なので、本を読んではよく泣くのだが、これほど泣いたのは、山本一力『あかね空』以来。もちろん、泣くことと本の評価が一致するものではないが、この『パラ・スター』、登場人物の造形と構成が素晴らしい。つまり、読者にどう見せるかという工夫が群を抜いている。スポーツ小説であり、お仕事小説であり、友情小説でもある傑作だ。

阿部暁子 著『パラ・スター』〈Side 百花〉定価 638円(税込)集英社文庫
阿部暁子 著『パラ・スター』〈Side 宝良〉定価 704円(税込)集英社文庫

きたがみ・じろう/文芸評論家


初出:「青春と読書」2022年6月号


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