人生に「正味現在価値=NPV」の考え方を取り入れる

正味現在価値=NPVとは

経営学におけるファイナンス理論では、選択肢=オプションの持っている経済的な価値を、すべて現時点の価値に引き戻して評価します。この現時点に引き戻された価値のことを、ファイナンスの用語では「正味現在価値=Net Present Value」と定義し、略して「NPV」と呼びます。

なぜ、このようなことを考えるかというと、私たちが持っている選択肢には、効果の出るタイミングと期間の長さに違いがあるため、単純な比較ができないからです。

NPVを概念として表せば

将来に渡って生まれる効果の総計 X 割引率 ― 投資額=正味現在価値

ということになります。

一応、計算式を示しておけば、次の通りとなりますが、ここでは細かい式の理解よりも、概念の把握を優先してください。

なぜ「割り引く」のか?

ここでポイントになるのが割引率です。なぜ割引率という項目を掛けるかというと、今日のお金と未来のお金は額が同じでも価値が異なると考えるからです。

たとえば「いま100万円をもらえる」というオプションAと「10年後に100万円もらえる」というオプションBを比較して、オプションBを選ぶ人は一人もいないでしょう。なぜ、同じ額なのに、すべての人がオプションAを選ぶかというと、これら二つは、金額が同じでも価値が違う、と考えるからです。

もう少し踏み込んでみれば、今日、100万円を貰えば、それを投資することで増やすことができます。仮に年利2%で100万円を運用すると、10年後には1,218,994円になっています。そもそも年利2%で運用できるのか、という問題はありますが、少なくともその可能性がある限り、10年後の100万円と今日の100万円は等価ではない、ということになります。

企業においてNPVを扱う際、この割引率は、投資に用いる資金の種類(自己資金か借金かによって金利が変わるため)や不確実性のレベルや業界の種類によって複合的に決まりますが、個人の「人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジー」においては、割引率は「不確実性」の一本によって決まると考えてしまって構いません。

現在バイアスにとらわれない

ライフ・マネジメント・ストラテジーに活用することを考えた場合、NPVという考え方には三つのポイントがあります。

  1. 投資によって生まれる効果は、将来の一定の期間にわたって得られる。

  2. 効果の生まれる期間の長さはプロジェクトによって大きく変わる。

  3. 効果の大小と期間に長さには不確実性があり、不確実性はプロジェクトによって変わる

当たり前と言えば当たり前の考え方なのですが、なかなかこれが難しいのです。というのも、私たちにバイアスがかかっており「当座に発生するコストの大小」と「即座に発生する効果の大小」に大きく意思決定を影響されてしまうからです。

より直裁に表現すれば、私たちは「目の前の小さな利益」を「ずっと先の大きな利益」よりも過大評価するという誤認識=現在バイアスを持っているのです。

具体例を挙げて考えてみましょう。

たとえばここに、100万円をかけてプログラミングを学び、来月からアプリ開発の副業で月に20万円を稼ぐというオプションAと、1000万円をかけてハーバードのMBAを取得し、現在600万円の年収を転職して倍にする、というオプションBを比較する場合を考えてみましょう。ちなみにここで例示するNPVは仮の数字による全くの思考実験であり、キャリア上のオプションに関する山口の意見を表明するものではありません。

この二つのオプションを、短期の費用対効果で考えてみると、次のようになります。

オプションA:プログラミング
費用:100万円
効果:240万円(費用の2.4倍)

オプションB;ハーバードMBA
費用:1000万円
効果:600万円(費用の0.6倍)

初期段階の投資対効果を比較してみると、どうにもオプションAの方が魅力的に見えますが、ここにNPVの考え方を導入すると違う結果が出てきます。

NPVを計算するにあたっては割引率と期間の設定が必要になります。オプションAのプログラミングの場合、期間が短く、また効果も比較的はっきりしているので割引率を低めの5%とします。また、期間については、一般にプログラミング言語は栄枯盛衰が激しく、また技術進化の影響を受けやすいということで、ここでは仮に5年としてみましょう。

一方のオプションBのハーバードMBAは、転職という不確実性の高い要素が入ることから、割引率は高めの20%とします。またトップスクールのMBA学位は生涯を通じてポジティブな影響をもたらすため、期間は長めの20年としてみましょう。

これらの条件を加えて二つのオプションのNPVを比較すると

 

オプションA:プログラミング
初期投資: 1,000,000円
年間のリターン: 2,400,000円
期間: 5年
割引率: 年率5%
NPV = 9,390,744円

オプションB:ハーバードMBA
初期投資: 10,000,000円
年間のリターン: 6,000,000円
期間: 20年
割引率: 年率20%
NPV = 19,217,478円

となります。

このようにしてNPVを比較すると、先ほどとは結論がまったく逆転し、オプションB:ハーバードMBAを選択するべきだということになります。

なぜ評価が逆転するのでしょう?「リターンの期間」という要素が加わるからです。

「リターンの期間」が非常に重要

昭和天皇の家庭教師を長らく務めた慶應義塾の小泉信三は、産業界からの「すぐに役立つ人材を育ててくれ」という慶應義塾への要請に対して「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」と反論してこの要請を退けました。

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