ポジショニング(前編) 競争優位は「立地」で決まる

インタビュアー :成功するアーティストの秘訣は?
アンディ・ウォーホル :しかるべき時に、しかるべき場所にいることだね

 20世紀後半を代表する現代アーティストの一人であるアンディ・ウォーホルが「成功の秘訣」を尋ねるインタビュアーに返した、木で鼻を括ったような回答は、経営戦略論におけるポジショニング理論の本質をよく表していると思います。

アーティストと同様に、企業もまた同様に「しかるべき時に、しかるべき場所にいること」が重要だ、と考えるのがポジショニング理論です。ポジショニング理論では、ある企業や産業の収益性や堅牢性は、その企業や産業を取り巻く環境によって決まる、とする考え方で、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授によって提唱されました。

具体例を挙げて考えてみましょう。次の図を見てください。これは日本の高年収企業のランキングトップ10を2004年と2022年で比較したものです。 

 

2004年のランキングを見てすぐに気づくのが「放送局の多さ」でしょう。給与情報が公開されている企業のうちで、という限定条件はありますが、日本で最も高い給料を支払っている会社のトップ10社のうち、5社が東京キー局のテレビ局で、一社はその放送局と密接なつながりのある広告代理店となっています。

そして、TBSホールディグスの一社を除いて、これらの企業は2019年のランキングではすべて圏外に漏れています。なぜ、このような変化が起きるのでしょうか?

個別企業でバラバラの動きをしているのであれば、それは個社の経営の巧拙ということで説明ができます。しかし、業界全体で同じような変動のパターンを見せているということは、個別企業の経営の巧拙だけには帰せしめられない要因があるはずです。

マイケル・ポーターによれば、それこそが「ポジショニングだ」ということになります。経営戦略論におけるポジショニング理論では、企業の収益性は「ポジショニング=その企業の立地と環境」によって大きく左右されると考えます。

具体的には、たとえば規制業種で競合が少なく、新規参入のリスクの少ない立地では、一般に収益性が高まる傾向があります。また顧客側に他の選択肢がなく、価格交渉の圧力が低いような立地でも、同様に収益性が高まる傾向があります。

立地の魅力度を測るものさし

マイケル・ポーターは、ある企業・産業のポジショニングの魅力度や堅牢性は、その企業を取り巻く「5つの圧力」に着眼することによって分析できるとしています。

図Xを見てください。これはおそらく、経営戦略論の中で最も世界的に知られているフレームワークです。

マイケル・ポーターの「5つの力」

具体的に、それぞれの「力」は次のように説明されます。 

業界内の競争(Rivalry Among Existing Competitors)
業界内の既存企業間の競争の激しさを示します。競争が激しいほど、価格競争や利益率の低下が発生しやすくなります。競争が激化する要因として、企業数の多さ、製品の差別化が少ないこと、固定費が高いことなどが挙げられます。 

新規参入者の脅威(Threat of New Entrants)
新たに市場に参入してくる企業の脅威を示します。参入障壁が低い市場では、新規参入が増え、既存企業の市場シェアが奪われる可能性が高まります。参入障壁には、規模の経済、ブランド力、規制、資本要件などがあります。

代替品の脅威(Threat of Substitutes)
代替製品やサービスの存在が、市場の競争力にどれだけ影響を与えるかを評価します。代替品が多い場合、価格や品質の競争が厳しくなり、業界の利益が圧迫される可能性があります。代替品のコストパフォーマンスが高いほど、この脅威は大きくなります。

買い手の交渉力(Bargaining Power of Buyers)
顧客がどれだけの交渉力を持っているかを示します。顧客の交渉力が強いと、企業は価格を下げたり、サービスを改善したりする必要が生じます。顧客が少数である場合や、代替製品が豊富にある場合、買い手の交渉力は高まります。

供給者の交渉力(Bargaining Power of Suppliers)
原材料や部品の供給者がどれだけの交渉力を持っているかを示します。供給者の交渉力が強いと、価格が上昇したり、品質が低下したりするリスクがあります。供給者が大規模で少数の場合、供給者の交渉力は高まります。逆に供給者が小規模で多数の場合、供給者の交渉力は弱まります。

民法テレビ業界に起きたこと

この枠組みに基づいて、東京キー局に起きた変化を分析すると、ポジショニングというものがよくわかると思います。

まず、2004年以前の東京キー局のポジショニングについて「5つの力」で分析してみると、次のようになります。 

競合との競争
当時のテレビ局は限られた数しか存在せず、放送免許の取得や設備投資に高額な費用が必要でした。そのため競争は穏当で、価格競争が発生しにくく、高い収益を維持しやすかった 

新規参入の脅威
テレビ局を立ち上げるには膨大な資本が必要であり、政府の規制(放送免許)も強かったため、新規参入は非常に難しかった 

代替品の脅威
当時、自宅で楽しめるテレビ以外の無料のエンターテイメントはほとんど存在しませんでした。あえて言えば新聞や雑誌やラジオが競合でしたが、これらのメディアは動画を用いることができず、テレビを代替する脅威とはなりませんでした。 

買い手の交渉力
テレビ広告は非常に強力なメディアで、特に大規模な視聴者にリーチできる唯一の手段として、広告主はテレビ局に頼らざるを得ませんでした。そのため買い手である広告主の交渉力は弱まる傾向にありました。 

売り手の交渉力
テレビ局に映像コンテンツを提供していた制作会社は全般に小規模で、また数も多かったのに対して、テレビ局は数が非常に少なく、制作会社側にとって他の売り先がなかったため、制作会社側は強い交渉力を持つことができませんでした。

ところが、このような状況は大きく変化することになります。もうわかりますよね、インターネットの普及です。インターネットが普及し、回線の価格速度比が急激に低下することで、自宅で楽しめる無料の動画コンテンツが大量に供給されることになったのです。

これを、先述の枠組みに当てはめて見れば、次のようになります。

 注意して欲しいのは、インターネットの普及によって、まずは「代替品の脅威」が高まったわけですが、これを起点にして次々と連鎖的に変化が発生し、最終的にはテレビ局のポジショニングを形成する「5つの力」すべてに大きな変化が発生したということです。

このような変化が、先ほど見ていただいた年収ランキングの変化を生み出しているということです。

ちなみに、私自身は2000年に電通を退職していますが、退職を決意したきっかけとなったのは、まさに上記の分析でした。実際には上述した「五つの力」に加えて、損益分岐点の変化などもシミュレーションしましたが、要するに「現在の待遇を長期的に維持することは絶対にできない」という結論を自分で出してしまった以上、どんなに居心地のいい場所であっても、退職しなければ絶対に後で後悔することになると自分にハッパをかけて台北することにしたのでした。

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