#025 「いいヤツ」は合理的戦略である
キャリアにおける「縁」の重要性を科学的に明らかにしたのはスタンフォード大学の教育心理学者、ジョン・クランボルツでした。彼は「成功する人は、いったいどうやってキャリアを築いたのか」という、誰もがその答えを知りたがるであろう問いを立て、それを研究によって明らかにしました。
結果、わかったのは「成功者のキャリアの80%は偶然によって決定されている」という衝撃的な事実でした。当初の計画通りにキャリアを積み上げて成功した例は極めて少なく、成功者のほとんどは当初は想定していなかった偶然に導かれて成功していたのです。
つまり、一種の「ご縁」によってキャリアは形成されるということなのですが、ここで考えたいのが「では、どうやったらよい縁に恵まれるのか?」という問題です。
最初に本稿の結論を述べておけば「結局、いい縁はいいヤツに集まる」ということになります。世の中には狡賢い人や底意地の悪い人が居ることも残念ながら事実で、うまく権力者に取り入ってキャリアを積み上げていっている様にも見えてしまうわけですが、そういった小器用なアプローチは実は短期的には成果を上げることはあっても長期的にはうまくいかないということが研究からは示唆されています。
このような指摘については「言っていることはわかるけど、いいヤツで居続けようと思うといろいろと疲れるし、デメリットも伴うんじゃないの?」という質問が聞こえてきそうです。つまり「正直者はバカを見る」のではないか?という指摘です。
確かに、誠実さを重んじるばかりに狡賢い人に出し抜かれて煮え湯を飲まされた、という経験を持つ人にとってはこの提言は大変抵抗感のあるものかも知れません。しかし、意外に聞こえるかも知れませんが「いい奴でいく」という戦略は、少なくともゲーム理論においては非常に強力な戦略であることがわかっています。
「囚人のジレンマ」は御存知でしょうか?もともとは1950年、プリンストン大学の数学者アルバート・タッカーが講演の時に用いた一種の思考実験で、次のようなゲームです。
このとき、二人の囚人はこの様に考えるはずです。
もし向うが黙秘する場合は、
自分が自白→無罪放免
自分も黙秘→刑期一年
で、この場合自白した方がいい。
一方、向うが自白するのであれば、
自分が自白→刑期5年
自分が黙秘→刑期10年
で、こちらの場合もやはり自白した方がいい。
つまり、向うが自白しようが黙秘しようが、こちらにとってはいずれの場合でも自白が合理的だ、と。
結果的に、もし二人の容疑者に合理的思考力があるのであれば、二人はそろって自白し、どちらも5年の刑を受けることになってしまう、という話です。
利得を最大化するための合理的な戦略を採用した結果、必ずしもプレイヤー全体での利得は最大化されないという話で、専門的には非ゼロ和ゲームといいます。
この「囚人のジレンマ」は、一回こっきりの意思決定で参加者の利得が決定されるゲームですが、実際の人間社会はそれほど単純ではなく、協調か裏切りかの選択を何度も繰り返すことになります。
この「何度も繰り返す」という面を反映させて、社会における人間の意思決定へより深い示唆を与えてくれるのが、その名もズバリ「繰り返し囚人のジレンマ」と呼ばれるゲームです。
このゲームでは、プレイヤーはそれぞれ「協調」と「裏切り」のカードを持っていて、合図と共に同時に相手にカードを見せ合います。このとき、もらえる報酬は次のように決まります
二人とも協調した場合は、二人とも3万円の賞金を得る。
二人とも裏切った場合は、二人とも1万円の賞金を得る。
一方が裏切り、他方が協調した場合は、裏切った側は5万円を得るが、協調した側は何も与えらない。
さて問題です。最も高い賞金を得るためには、どのような選択を行うべきなのでしょうか?
このゲームは、そのシンプルさからは信じられないような大変な論争を巻き起こし、最終的にミシガン大学の政治学者ロバート・アクセルロッドは、この「繰り返し囚人のジレンマ」をコンピュータ同士に戦わせて、どのようなプログラムがもっとも高い利得を得るかをコンテストで競わせることにしました。
このコンテストには、政治学、経済学、心理学、社会学などの分野から14名の専門家が練りに練ったコンピュータープログラムを引っ提げて参加し、アクセルロッドは、これに無作為に「協調」と「裏切り」を出力するランダム・プログラムを加えて総計15のプログラムによる総当り戦を行わせました。実際には一試合につき200回の「囚人のジレンマ」ゲームを行い、それを計5試合行って平均獲得点を比較するということにしました。
さて、その結果を見て関係者は大変驚いた。というのも、優勝したのが、応募されたプログラムの中でもっともシンプルな、たった三行のものだったからです。
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