丸善さん用の選書リスト

以前、丸善さんから依頼されて選書のコーナーを作っていただいたことがあるのですが、その際に選んだ本、13冊を簡単な紹介も含め、NOTEで共有します。ちなみに、明日からすぐに役立つようなビジネス本は一冊も含まれていません。

大杉栄の愛人として、また雑誌「青鞜」の第二代編集者として、ありとあらゆる社会の制度や道徳と対決した伊藤野枝。最後はご存知の通り、憲兵隊の甘粕に惨殺されて井戸に捨てられてしまうわけですが、とにかくここまで「わがまま」に生き切った人もいないのではないでしょうか。私、忙しいんです、セックスで。つまらないシガラミに囚われて身動きできない僕たちに伊藤野枝の「やっちまいな」という声が聞こえる。


華々しいキャリアと家族を捨ててタヒチに渡って芸術の再生を試みたゴーギャンと、女性と労働者の解放を夢見て活動家の生涯を送ったゴーギャンの祖母、フローラ・トリスタン。世代の異なる二人を同時並行で描いた不思議な見事な伝記。「生きるに値すること」が欠乏した今の世界だからこそ読みたい。


もしも「夢の万馬券」を自宅でいくらでも作れたら・・・この妄想を実行したのが著者の中山師。もともとはプロの印刷技術者で、競馬はあくまで趣味でやっていた人ですが、ある時、ふと馬券に使われている印刷技術が気になって調べてみる。緻密な分析の結論は「これは作れる」。本書は徹頭徹尾、犯罪の記録でしかないんですけど、描かれている精神性はプロフェッショナリズムそのもの。俺の偽造を見破れるものなら見破ってみろ!夢中になる仕事って、こういうものなんですね。


著者の阿部謹也は、修道院の古文書から「1284年、ハーメルンの街から130人の子供が街から連れ去れれた」という記述を見つける。ネズミ捕りの男に子供が拐われるというグリム童話は歴史的な事実だった。一体なにがあったのか?本書を読むと、想像の翼を膨らませながら歴史資料を渉猟する阿部謹也の「思考の旅」をそのまま追体験することができる。スリルはまんま推理小説。


阿部謹也による前述の本が出てから30年を経て、研究によって徐々に明らかになりつつある「笛吹き男」の正体。伝説の「笛吹き男」は中世以来、増加する人口を賄うだけの耕作地開拓が進まず「口減し」が常に大きな課題だったヨーロッパで行われていた「東方植民」を斡旋する人身売買のリクルーター=ロカトールであった、とするのが本書の主張。中でもドイツを中心に行われていた東方植民がやがてポーランド等、「東方」に執着するナチスへと接続されていく考察は興味深い。ハーメルンの伝説は今日の世界にまで繋がっている。


「おっかあがすこしになってる」。大正四年、北海道開拓の最中に起きた日本史上最悪の羆被害。集落に響くガリガリ・ボリボリという人を食う音。警察も軍隊も恐怖で身動きが取れないなか、最終的にこの羆と対峙することになったのは嫌われ者の一人の老マタギ。巨大なヒグマの急所はただ一箇所、ギリギリまで接近して眉間に一発の弾丸を打ち込めるか。射撃の瞬間の時間が止まるような描写。自然と人間、組織と個人について考えるためのケーススタディ。


太平洋考古学者のハイエルダールは、ポリネシア人は南米から来たという仮説を打ち出すも、学会からは嘲笑の的。「あんな遠くからどうやって来たの?」。だったら自分で証明してやらあ。かくてバルサで組んだイカダで南米からポリネシアまでの8千キロを横断する冒険に乗り出す。護衛船も伴わずにイカダで南太平洋を横断するという、ほぼ「自殺」と同義の企画。しかし参加希望者が殺到、常に「死」と隣り合わせの冒険なのに、物語全体が太陽と風と笑いに満ちている不思議。クソ仕事から抜けたければ自分で冒険に乗り出せ。


南極点到達レースを争った二人の冒険家。結果はご存知の通り、アムンセン隊が、誰一人の病人も出すことなく、極めて快適に冒険を完遂したのに対して、スコット隊はありとあらゆるトラブルに体力・資源を消耗して全滅してしまう。スコットの最後の日記が泣かせる。「残念だがこれ以上書けない」。なぜエリート軍人はアマチュア探検家に敗れたのか。組織論、リーダーシップを考える上でまたとないケーススタディ。

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