「何が得意か」など考えても仕方がない

これまでの長いこと、キャリア論においては「好き」と「得意」の重なる領域から仕事を選びなさいとアドバイスされてきました。例えば組織開発・キャリア開発における教祖であるエドガー・シャインは、キャリア選択において

1:自分は何が得意か?
2:自分は何がやりたいか?
3:社会的意義があると感じるのはどのような活動か?

という三点をよく熟慮すべきであると指摘しています。

皆さんもこのようなアドバイスをキャリアに関してされたことがあると思いますが、私は、こういったアプローチには人をミスリードするという点で大きく三つの問題があると思っています。

仕事は複雑なタスクで成り立っている

まず一点目です。皆さんもお感じの通り、私たちがやっている職業は、それぞれ非常に複雑で多様なタスクから成り立っていて、単純に「何が得意か」を考えればフィットがわかるようなものではありません。

例えば筆者が長らく携わった経営コンサルタントという仕事を考えてみると、その職務の内容は「リサーチをする」「インタビューをする」「集めた情報から示唆を引き出す」「引き出した示唆をドキュメントにまとめる」「ドキュメントを人に説明する」「物怖じするクライアントの背中を押す」といった、かなり側面のことなるさまざまなタスクから成り立っていることがわかります。

コンサルタントは一般に論理思考の得意な人に向いていると考えられていますが、そう単純な話では済まないのです。あえて言ってしまえば論理思考などというのは最低限の規定演技のようなものであって、その先にあるコンサルタントしての個性は、別の側面から立ち上がるものなのです。

これは他のどの職業だって同じでしょう。発想力があるから広告代理店?しかしその発想を形にするためには誰かからお金を引っ張ってこないといけないし、自分の発想を形にするためにディレクションもしないといけません。

全ての仕事が多様な側面からなるタスクの束によって成立している以上、「何が得意か」などと考えてみても仕方がない。だって、その「得意なこと」がそのまま職業になっていることはないのですから。

これが一つ目の問題点です。

得意なことは「全ての職業」に潜んでいる

次に二つ目の問題点です。
これは一つ目の問題点の裏返しなのですが、仮に「得意なこと」があったとして、それを活かすことは全ての職業でできるはずだ、ということです。

例えば先ほどの例を続けてコンサルティングの業界について考えてみましょう。優れた論理思考家で複雑な問題に対して有効なアプローチを考えるのが得意という人がいれば、まあこれは「じゃあ、コンサルタントなんてどう?」となりがちですが、逆に言えば、こういう人はコンサルティング業界には掃いて捨てるほどいるのです。

しかしでは、同じ人が例えば弱小野球チームに入ったとしたらどうでしょう?持ち前の論理思考と構造化の力を使って、それまでの野球の常識を打ち破るような作戦を考えることができるかもしれません。

それが実際に起きたのが、皆さんもご存知の「マネー・ボール」でした。これ、映画を見たという人のほうが多いかもしれませんが、まだ読んでいないというのであれば原書をぜひ読んでみてください。映画とは情報量が全く異なります。

ちなみに「マネー・ボール」の内容はというと・・・こういうのはChatGPTにお願いしますね。

書籍「マネー・ボール:奇跡のチームをつくった男」(原題:Moneyball: The Art of Winning an Unfair Game)は、マイケル・ルイスによって書かれた2003年のノンフィクション本です。この本は、メジャーリーグベースボール(MLB)のオークランド・アスレチックス(通称アスレチックス)と、そのゼネラルマネージャーであるビリー・ビーンの物語を中心に展開しています。

本書の主な内容とポイントは以下の通りです:

1:ビリー・ビーンの挑戦
ビリー・ビーンは、アスレチックスが限られた予算で成功を収めるために、従来の野球のスカウティングや選手評価の方法に挑戦しました。

2:セイバーメトリクスの導入
ビーンと彼のスタッフは、セイバーメトリクス(統計解析に基づく選手評価法)を活用して、他のチームが見逃している選手の価値を見つけ出しました。
この方法により、低予算でも効果的なチーム編成が可能になりました。

3:伝統的なスカウティングとの対立
セイバーメトリクスを採用するビーンの方法は、伝統的なスカウティング手法と衝突し、多くの議論と対立を生みました。
しかし、最終的にはビーンの方法が成功を収め、他のチームにも影響を与えました。

4:選手の発掘と育成
アスレチックスは、他のチームが見過ごしていた選手を発掘し、彼らの能力を最大限に引き出すことに成功しました。
この戦略により、アスレチックスは低予算ながらもプレイオフに進出するなど、成功を収めました。

「マネー・ボール」は、スポーツにおける革新的な戦略の重要性と、データに基づく意思決定の力を描いた本です。この本は、ビジネスや他の分野にも通じる教訓を多く含んでおり、広く評価されています。

それまで野球選手の評価手法と言えば、野手に関しては「打率」・「本塁打数」・「打点」が、投手に関しては「球速」・「勝利数」・「防御率」が基本で、選手の評価もスカウトの評価も、これを元にしていたわけですが、アスレチックスはこういった評価を全て止めて快進撃を始めるんですね。

では、どんな評価指標を使ったのか?

野球はアウトカウントを奪い合うゲームで、アウトカウントが取れなければ点数は無限に入り、アウトカウントが3つになると得点の期待値はゼロになります。

つまり勝利する確率を高めるには「いかにアウトカウントを取られないか」を考えなければならないわけですから、野手の評価は「アウトカウントにならない確率」が重要です。これを野球の用語で表現すれば「出塁率」となり、これが打率よりも説明力のある指標ということになります。

で、データを見てみると実際にその通りなんですね。

すみません、話が随分と横に逸れましたが、つまり「論理的思考に優れて革新的な解決策を出せる」というのは、何もコンサルティング会社だけでなく、ありとあらゆる場所で活躍できる「得意さ」だということです。

自己評価の「得意」はだいたい外れてる

最後の三つ目に「自分は何が得意か」などと考えても仕方がない、と指摘する理由です。それは、往々にして人は「何が得意か」を適切に判断することができない、ということです。

まず、人の自己評価には非常に強い上方バイアス、つまり実際の自分の能力よりも上側に誤って評価してしまう傾向が存在することがわかっています。

有名なのはコーネル大学の心理学教授デヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによる研究です。彼らは、心理学を学ぶ学生たちに、文法や論理思考、ジョークなどの様々なテストを実施し、各自の得点予想や他の学生たちに比べてどのくらいできたのかを自己評価するよう求めました。結果、わかったのは「成績の悪い生徒ほど自己評価が高い一方で、成績上位の生徒は自己評価が控え目だった」ということです。論文から引用します。

一番低い得点を獲得した学生は、どれほど自分がよくできたかを大げさに吹聴した。(中略)最下位に近い得点を取った学生たちは、自分の技量を他の三分の二の学生たちより、一段とすぐれていると予測した。
さらにやはり予想していたことだが、高い得点を獲得した学生たちは、自分の能力をより正確に認識していた。が、(聞いて驚かないでほしいのだが)もっとも高い得点を取ったグループは、他の者たちに比べて、自分の能力を若干低く見積もっていた

この論文に掲載されていたグラフは次の通りです。

つまり「パフォーマンスの低い人ほど自己評価が高くなる」ということを二人は明らかにしたわけです。

今日、この発見は「ダニング=クルーガー効果」という名前で広く知られるようになりましたが、このような現象は、ダニングとクルーガーの研究以外にも数多く確認されています。例えば、
 
90%の人は自分が平均以上に運転が上手だと思っている
60%の学生はコミュニケーション能力の上位10%に入ると思っている
90%の教授は自分が平均以上に業績を上げていると思っている
 
ということがわかっています。何ともはや、私たちの自己評価というのは度し難いものだなと思いますね。

少し横道に逸れますが、このようなデータを見るにつけ、会社組織における人事考課の難しさという問題を考えさせられます。90%の人が自分が平均より上だと思っているということは、少なくともそのうちの40%分の人は「君は平均以下だ」という評価宣告に対して強い違和感を覚えることになります。「正当に評価されていない」というのは転職を考える理由の最たるものではりますが、多くの場合、まさにその不満こそが正当なものではないということです。

話を元に戻せば、要するに私たちは「自分は何が得意か」という判断について、相当ポンコツな精度の判断能力しか持っていないのです。このような基準を置くことでどれほど多くの悲劇が生み出されているか。

このように考えていくと「何が得意か」という論点を軸足にしてキャリアの選択を考えることは、ほとんど無意味であるばかりか、むしろキャリアをミスリードする要因になりかねないと言えます。

そうではなく、むしろ「何をしてる時にノってるか?」「何をしてる時にワクワクするか?」を考えるほうがいいと思うのですが・・・その話はまたどこかで!

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?