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ペルー料理の勘所:牛肉の黄色唐辛子、パクチー、ロチェかぼちゃ煮込みのレシピ

典型的なペルー料理?

 いきなりですが、みなさんにとって、ペルー料理といえばどの料理でしょうか?


 ………返事が聞こえませんね。世の中の大部分の人はペルー料理をまったく知らないのでしょう。むべなることです。

 日本語世界ではどの料理が最も典型的なペルー料理とされているのか、ググってみました。
 2020年4月4日にgoogleで「ペルー料理」と検索したとき、(私のアカウントで)一番上に表示された「世界で絶賛されるペルー料理15選」(TABIPPO)というサイトでは、以下の料理が紹介されていました。他のサイトでも似たりよったりです。

アヒ・デ・ガジーナ[鶏肉の黄色唐辛子とクリーム煮込み]
ロモ・サルタード[牛肉とフライドポテト中華風炒め]
セビーチェ[生魚のライム〆]
アンティクーチョ[牛ハツの串焼き]
ロコト・レジェーノ[赤唐辛子のひき肉詰め]
チュペ・デ・カマローネス[エビの赤唐辛子とクリームのスープ]
パパ・ア・ラ・ワンカイーナ[茹でじゃがいもの黄色唐辛子とクリームソース]
クイ・チャクタード[食用モルモットの丸焼き]
カウサ・レジェーナ[ライムと黄色唐辛子風味のポテトサラダ]
アルパカ・ア・ラ・ブランチャ[アルパカの鉄板焼き]
……
*カッコ内は著者注。飲み物やデザートも紹介されていましたが、本記事の趣旨から省略します

 …いや、間違っているというわけではないんですよ。実際、普通のペルー人に、何がもっともペルー料理で典型的な料理ですか、と聞くと、大抵の人はセビーチェ[生魚のライム〆]、ロモ・サルタード[牛肉とフライドポテト中華風炒め]、アヒ・デ・ガジーナ[鶏肉の黄色唐辛子とクリーム煮込み]、だと答えます。答えの頻度はおおむねこの順番です。

 しかし、ペルーで生活して感じたのは、ペルー料理(注1)の中心が煮込みだということです。古典的なペルー料理レストラン、食堂のごはん、家庭にお邪魔したときに作ってもらった料理、現代的なペルー料理レストランで出てくるまかない、一般向けのペルー料理の料理本などのいずれにおいても、だいたいは煮込みが食事のメインです。大皿に、何らかの煮込み、米、酸味の効いた付け合せ、少しのサラダという組み合わせが、もっとも頻繁に目にすることになるペルー料理の構成であることに疑いはありません(注2)。


 さて、煮込みの中では、何が最も典型的なのか?ひとつ選べと言われたら、私はセコ・デ・カルネ、日本語で言えば、牛肉の黄色唐辛子とパクチーとロチェかぼちゃ煮込みを選びます(注3)。別記事「なぜペルー料理はおいしいのか:クリオージャ料理の味覚の構造」でもレシピを紹介した料理です。

 この記事で述べたように、私は今のところ、ペルー料理を以下の4つの構成要素を持つものとして捉えています。①紫玉ねぎとにんにくを炒めた「アデレソ」、②アヒ・アマリージョ(黄色唐辛子)やトマトなどの主な味付け、パクチーやチーズなどの補助的な味付け、③肉や魚などのタンパク質、④ハーブやレモンなどのさっぱりさせるもの、です。(構成要素の数え方は考え中です。)セコ・デ・カルネは、これらの要素をもちろんすべて持っています。
 それだけでなく、セコは特にペルー料理っぽい、言うならば、ペルー料理を他の料理から区別するような特徴を持っているように私には思われます。

 

 ということで、ここからはセコ・デ・カルネのレシピを紹介しながら、ペルー料理の勘所について解き明かしていきます。ここからも長いので覚悟してください。


牛肉の黄色唐辛子とパクチーとロチェかぼちゃ煮込みの作り方

牛肉の黄色唐辛子とパクチーとペルーかぼちゃ煮込み
 牛肉 300g
 紫玉ねぎ 1/4個(本格派は1/2個)
 にんにく 1かけら(本格派は2かけら)
 クミン(あれば) 大量
 アヒ・アマリージョのペースト(作り方はこちら) ティースプーン山盛り2さじ
 ロチェかぼちゃ 1/8個
 チチャ・デ・ホラ 200ml
 パクチー 1/2束

 まずは、紫玉ねぎとにんにくを炒めた「アデレソ」を作ります。ペルー料理を作るときは、なにはともあれ、アデレソ作りから始まります。別記事でも書きましたが、ペルー料理はこれがなければ始まりません。
 よく炒めた紫玉ねぎの甘さ、うま味、肉を引き立てる硫黄化合物の香り、にんにくの風味、複雑さ、それがペルー人は大好きです。ペルー料理という文脈を離れても、よく炒めた紫玉ねぎとにんにくは、大抵、料理と美味しくするものでしょう。

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 紫玉ねぎとにんにくを刻みます。煮込みでは一人あたり紫玉ねぎ1/4個、にんにく1かけら使うとペルー水準です。(ここではその半量、二人分で紫玉ねぎ1/4個、にんにく1かけら使っています。私の好みです。)
 にんにくは日本のそれと同一の種類ですが、玉ねぎについて言えば、ペルー料理で一般的に使われるのは紫玉ねぎです。白玉ねぎより苦味があって、味が強いため、とされます。ガストロノミーレストランでは紫玉ねぎと白玉ねぎは巧妙に使い分けられています。 

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 最初に刻んだにんにくから炒めます。
 にんにくを紫玉ねぎと一緒に炒めると、きれいなきつね色になりにくいためとされます。またにんにくの嫌なにおいをしっかり飛ばし、良い香りだけを取り出すためだそうです。仕組みに確証はありませんが、ともあれこれがペルー流。

 紫玉ねぎを加えて透明になるまで炒めます。日本のように飴色になるまで炒めることはあまりありません。適当です。
 ここで塩を加えます。紫玉ねぎから水が出て、炒める時間を短くすることができるためです。
 実は塩を入れるタイミング、にんにくと玉ねぎの順番、使う油の種類などアデレソの作り方には様々なやり方とこだわりがありますが、ここでは深追いしません。


 ある程度紫玉ねぎに火が通ったら、「アヒ・アマリージョ」のペーストを加えます。ここではティースプーンに山盛り二杯ほど入れました。写真忘れてすみません。

 アヒ・アマリージョとは、ペルーの黄色唐辛子の一種です。スペイン語で、「アヒ」が唐辛子、「アマリージョ」が黄色を意味します。黄色の唐辛子というだけならペルーには数多くの品種がありますが、「アヒ・アマリージョ」といえばこれ。それだけ代表的な種類だということです。
 アヒ・アマリージョは、②味付けの中で、おそらく、もっとも多くの料理に使われています。ペルー料理の味の基本です。日本料理における醤油に匹敵する重要性があります。

 作り方はこの記事で紹介しました。唐辛子の名の通り、そのまま食べれば辛いですが、料理に使うためのペーストにする段階で、種を取り除いたあとよく洗ったり加熱したりすることによって、ペースト自体はあまり辛くありません。また、調理段階でさらに熱を加え、他の材料で薄まるので、出来上がりのお皿にはほぼ辛みが感じられないほどになります。むしろ、ペーストを舐めると、甘みとうま味、華やかな香りを感じます。残った僅かな辛みは、辛みとしてではなく、コクのように感じられます。直火でよく焼いたパプリカを食べたことがある方は、その味や香りをさらに強めたものと想像してください。
 とはいえ、きっちり辛味を取るのはレストランのやり方で、家で作る場合出来上がりのお皿まで辛味が残っていることもあります。市場で売っているアヒ・アマリージョのペーストなどではそうですが、種を取り除いたあと、洗ったり火を通したりせず、そのままペーストにするためのです。


 また、家になかったので入れませんでしたが、多くの人はアヒ・アマリージョを加える前にたっぷりのクミンパウダーを入れます。ペルー人は多くの料理に大量のクミンを入れます。あなたが思う適量の二倍入れてください。なおクミンは、その香りを付け加えるためというより、香りや味に複雑性を増すために入れているように思われます。


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 アデレソとアヒ・アマリージョを炒めた鍋に、「チチャ・デ・ホラ」を加えます。200ml程度加えました。これは②味付けのうち、補助的なものです。
 チチャ・デ・ホラとは、アンデスを中心に飲まれる、発芽したとうもろこしで作るお酒です。発芽を利用するせいか、よく「とうもろこしのビール」と呼ばれますが、私にはこれはあまり適切だとは思えません。チチャ・デ・ホラに特徴的なのは、乳酸発酵が生み出す酸味であるためです。大雑把に言えば、日本酒やマッコリと同じ種類の酸味を持ちます。酸味を中心に複雑な味がする飲み物です。日本酒の酸味と、雑穀で甘酒を作ったときのようなくぐもった味がする、というのは、かなり雑駁ですが、一応の近似です。
 煮込みにビールやワインを使うことがありますが、チチャ・デ・ホラは、おおむねそれと同様に、料理に味の深みと酸味を与える役割を持っているように思われます。(ワインに酸味があるのはもちろん、実はビールも日本酒程度には酸っぱい飲み物なのです。)実際、チチャ・デ・ホラの代わりにビールを使うように指示するレシピが数多く見られます。
 写真でペッドボトルに入っているのは、僕が移し替えたわけではなく、こうやって売っているからです。スーパーマーケットなどには売っておらず、市場内の雑貨屋さんみたいなところで買います。使い回しのペットボトルに入っているのがリマの真正なチチャ・デ・ホラなのです。アンデスでは、何回も使いまわしたコカ・コーラまたはインカ・コーラ(ペルーの炭酸飲料)の2.5Lのペットボトル、あるいはガソリンタンクに入れて持ち運ぶのが正統。


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 次に加えるのは、ペルーのかぼちゃ「サパージョ・ロチェ」、定訳がないようですが、ロチェかぼちゃとでも呼んでおきます。
 ロチェかぼちゃはペルー北部原産のかぼちゃで、西洋かぼちゃ・日本かぼちゃというかぼちゃの区分で言えば、日本かぼちゃのグループに属します。写真のロチェは円筒形ですが、ひょうたんのように膨らんだかたちのものもあります。バターナッツかぼちゃを見たことがある方は想像がつくでしょう。甘味は少なく、味は確かにバターナッツかぼちゃに似ています。

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 中には、日本で見るかぼちゃのように綿があります。これはスプーンでくり抜きます。

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 ロチェかぼちゃを刻みます。伝統的には、にんじんのラペを作るようなおろし金ですりおろすのですが、そんなものはないし、あってもおろすのは面倒なので包丁で刻んでしまいました。とはいえ、ある程度小さく。ロチェは1/4個使いました。皮は西洋かぼちゃほど厚くないのでそんなに手間ではありません。
 なお、あまったロチェかぼちゃはローストして食べました。コリッとしておいしかった。

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 刻んだロチェかぼちゃを鍋で煮込んでいきます。
 刻んだかぼちゃを煮込むの???そうです。それでいいんです。日本かぼちゃの系統なので煮崩れしにくい、ということでさえありません。伝統的なやり方ではロチェかぼちゃすりおろしてしまうと述べましたが、そもそも煮崩してしまいたいんです。詳しくは後述します。
 今回はロチェを刻むという手抜きをしたので、煮崩すために強火でしばらく煮込みます。

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 その間にパクチーを準備します。写真の1/2ほど使いました。
 南米料理にパクチーというと意外に聞こえるかもしれません。しかし、パクチーはペルー人が最も愛する葉物野菜なのです。とはいえサラダや、日本のおひたしのように、それを主役として生で、あるいは、生に近い加熱した状態で使うことはありません。味が強いのが、苦いのが嫌なのだそう。主にや、日本で言うところの薬味のようにして、あるいは、煮込みのベースとして使います。
 …葉物野菜を煮込みのベースに使う???そうなんです!

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 パクチーをハンディミキサーに掛けます。


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 パクチーのペーストを煮込んでいる鍋に入れます。葉物野菜を煮込んだら、色も黒くなり、パクチーに特有の香りも飛んじゃうんじゃないの???それでいいんです!!!葉物野菜を煮込みで使うことについては後でもう少し詳しく述べます。


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 数分待ったところです。だいぶ色がくすんできました。これで煮汁は完成。


 塊の牛肉を入れます。今日は150g程度の塊を二つ。
 ペルー的には、肉は塊でなければいけません。肉がたっぷりあるように見えるためです。店はともかく、家ならカレー肉のように数センチ角に切ったほうがすぐに煮込めて楽なのではと言っても頑として受け入れません。肉がたっぷりあることが何より嬉しいのです。
 今回は完成した煮汁にそのまま肉を入れましたが、他のやり方もあります。一つは、アデレソを作る前の鍋で、表面に焼き色がつくまで焼き、一旦取り出して煮汁ができあがったら鍋に戻すやり方。肉の風味が増します。もう一つが、チチャ・デ・ホラで漬け込んでおき、煮汁ができあがったところで鍋に入れるやり方です。コラーゲンたっぷりの部位を煮る場合は、酸性の液体に漬け込んでおくと早く煮えるらしいです。


 煮汁に肉を入れて、肉がひたひたになるくらいまで水を足します。弱火で煮込んでいきます。コラーゲンたっぷりの部位ではなく赤身を使ったので、中まで火が通るくらいの時間で大丈夫です。ペルーで下宿しているアパートのコンロは最大火力は弱いくせに最小火力は強いので、時々火を消したりしながら20分ほど煮込みました。
 途中で半分に切ったじゃがいも、輪切りにしたにんじんを加えます。ペルー流にこだわるならば、じゃがいもは皮を剥かなければならず、にんじんはさいの目に切らなければならず、グリーンピースも加えるべきなのですが、まあそのへんは適当で。

  具材に火が通ったら、いったん具材をお皿などに取り出し、さらに煮汁を煮詰めていきます。煮汁に濃度をつけるためです。
 ………ごめんなさい、このあたりはペルー料理的なやり方ではありません。具材を煮すぎることには頓着せず、強火でまるごとがんがん煮ていき、結果として煮汁に濃度がつく、というのが普通です。でも、それだと肉によっては固くなってしまうので、肉に火を入れる過程と煮汁を煮詰める過程を分けてました。煮魚の調理法を参考にしました。


クリオージャ・ソースの作り方

クリオージャ・ソースの材料
 紫玉ねぎ 1/4個
 パクチー 適量
 アヒ・リモ 1/6個
 ペルーライム 2個
 塩 適量

 さて、肉を煮込んでいる間に付け合せを作っていきます。

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 紫玉ねぎを細切りに、パクチーをみじん切りに、アヒ・リモを細切りにしました。
 アヒ・リモとは唐辛子の一種で、強い辛味と華やかな香りが特徴です。その香りを活かすために生で使われます。辛味がほしいだけなら他の唐辛子でもよいので。辛味もある程度は求められていますが、そこまでは必要ないので、一番辛い種と種の周りの白い部分はピンセットなどで取り除きます。このとき、手袋があれば必ず手袋をしてください。素手の場合は作業後に手をよく洗ってください。素手でアヒ・ヒモを触ったあと、うっかり目をこすってしまうと涙が止まらなくなります。

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 ペルーライムを用意します。4個用意しましたが、絞ってみたら2個ほどで十分でした。
 ペルーライム、ペルーでは単に「レモン」と呼ばれるこのライムの一種はその緑っぽい香りが特徴です。これもペルー料理には欠かせない食材とされています。
 重要な食材であるだけ、ペルーではペルーライムの使い方について様々なことが口うるさく言われます。ペルー料理で取り扱いに最も情熱が傾けられている食材であるように思われます。
 まず、黄色く熟したものではなく、緑のものを選ぶように言われます。黄色いものは、甘さばかりが際立ち、香りに劣るためとされます。料理をする際には、ペルーライムを水でよく洗います。これは汚れを落とす以上に、皮に含まれる苦さを落とすためだといいます。

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 ペルーライムを半分に切り、写真に示したライム絞りで果汁を絞ります。
 ライム絞りでは日本では見慣れない道具ですが、ペルーでは家庭にもかなり広く行き渡った道具です。それだけペルー料理でレモンが重要であることを示しています。
 この器具のいくつか穴が空いたほうに断面を向けてペルーライムをセットし、取っ手を握って、果汁を絞ります。このとき重要なのは、あまり力を入れて絞らないこと。力を入れて絞ると、皮から苦味が出てしまうから。これはレストランで口酸っぱく言われました。

 でも、どうして苦味が出てはいけないのでしょうか。周知の通り、少々の苦味は味に奥行きを与えるというのに。多少強く力を入れて絞ったところで、確かに違いが感じられるにせよ、そんなに果汁が苦くなるわけでもありません。そして確実に、レモンの果汁を最大限利用できるはずです。そう思って料理人に尋ねると、絞ったばかりならともかく、時間を置くとさらに苦味が出るから、と。それはそうなのかもしれません(結局試したことはありませんが。すみません)。ただ、どうしてそれだけ苦味が出てはいけないのか、ということには明確な説明はありませんでした。おそらく、ペルー人は苦味をかなり嫌うためかと思われます。


 閑話休題、レシピに戻ります。
 とはいっても、ここまでくればあとは混ぜるだけ。ペルーライムの果汁を紫玉ねぎ、パクチー、アヒ・リモに混ぜて、塩を振ります。あまり置いておくと塩によって紫玉ねぎから水が出るので、煮込みの出来上がりを見計らって混ぜてください。

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 これがペルー料理で煮込みの定番の付け合せです。「サルサ・クリオージャ」、クリオージャ・ソース(注4)と呼ばれます。一般にペルー料理と呼ばれる料理が、ペルーでは「クリオージャ料理」とも呼ばれることから(注1)、ペルー料理におけるその重要性はおわかりになるでしょう。実際、ペルー料理にはよくあいます。ペルーライムの酸味、紫玉ねぎの辛味、アヒ・リモの辛味、そしてすべての食材の香り、それらのいずれもがさっぱり感を生み出しており、大体はくすんだ風味を持つペルーの煮物とよい対比をなすためです。 
 ちなみに、刻んだ野菜を「ソース」と呼ぶ感覚はまだ掴めていません。
 

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 すべてをお皿に盛り付けて完成です。
 肉とソースに隠れて見えませんが、米もお皿に盛りました。インディカ米をにんにくと塩で炊いたものです。


ペルー料理の独自性

 アヒ・アマリージョ、ロチェかぼちゃ、チチャ・デ・ホラ、パクチーが渾然一体と重厚な風味を生み出しています。よく炒めた紫玉ねぎとにんにく、大量のクミンも複雑さを支えています。

 とはいえ、意地悪な言い方をすれば、それぞれの材料の特徴が感じられないとも言えるでしょう。でも、それでいいんです。ペルー料理はそれがいいんです。
 先に、にんじんは正式にはさいの目に切るべきだと書きましたが、ペルー料理では芋など限られた少数の野菜以外は細かく切るか、ペーストにするのが一般的です。一握りのレストランの料理人の包丁を除いては、ペルーで使われる包丁はことごとく切れないのに、よく頑張って細かく切るなと感心します。また、一般家庭にミキサーが行き渡っています。キッチン用具一般について言えばはるかに多くのものを備えている日本の家庭には、必ずしもミキサーがあるわけではないにもかかわらず、です(日本の家庭のミキサーの保有率は2005年時点で68%)。渾然一体感への情熱を見て取ることができます。

 この点においては、日本料理との著しい対比が見られます。日本料理で重視されるのは、味や食感の対比であるヘテロ感です。家庭料理でも食材を一口大に切ることが多いかと思いますが、その切り方はそれぞれの食材の食感と味を際立たせることに効果的です。
 もし日本料理にセコ・デ・カルネを組み上げ直すならば、例えば、ロチェかぼちゃは煮込みのベースとはせずに、一口大に切り、肉も一口大にして、それぞれの味や食感が対比されるようにするかもしれません。パクチーもざく切りにして、出来上がった煮込みの上に散らす、ということになるのでしょう。


 また野菜を煮込みのベースとすることへの志向は、世界の多くの料理と比べて、ペルー料理は独自性だと言えそうです。
 もちろん西洋料理では玉ねぎやにんにく、にんじん、セロリ、トマトが煮込みのベースとなることが一般的です。スペインではパプリカパウダー、ハンガリーではパプリカが煮込みのベースとなります(注5)。葉物野菜を煮込みのベースとする用法についても、インドのほうれん草カレーを思い浮かびます。
 しかしペルー料理は、玉ねぎやにんにく、トマトを煮込みのベースとすることに加え、アヒ・アマリージョ、乾燥赤唐辛子のアヒ・パンカ、乾燥黄色唐辛子のアヒ・ミラソルなどいくつかのナス科、ロチェかぼちゃ、パクチーなどを煮込みのベースとしています。その種類の多彩さ、ペーストや乾燥唐辛子を作る過程の洗練、かぼちゃやパクチーを煮込みのベースという発想の意外さが、ペルー料理を食べることの面白さをなしています。


ペルー料理「的なもの」を作ろう

 この記事ではセコ・デ・カルネの調理過程を紐解きつつ、ペルー料理の勘所について考えてきました。
 ここまで読んできてくださった読者の皆様、ありがとうございます。注を含めれば1万字近い文章を読み通したあなたは料理好きと見受けます。ペルー料理の構造について考察したこの記事もすでに読んでいただいたんですよね?

 そうとなれば、あなたはきっと考えているはずです。ペルーの食材ではなく、日本の食材で、ペルー料理の構造と勘所を捉えた料理を作るとどうなるのか、と。
 そういう料理を作るべく、のんびりと試作しています。次の記事をご期待ください。みなさまの提案もお待ちしております。
 

 



注1)
 ペルーには、少なくとも、首都リマを含む海岸部の「クリオージャ料理」、インカ帝国の首都クスコを含む山岳部の「アンデス料理」、ペルー西部に広がる広大な熱帯雨林の「アマゾン料理」と言った異なる料理の体系が存在する。そしてそれぞれの料理にはさらに地方差があるとされ、特にクリオージャ料理について語られる際は、トゥルヒージョとチクラヨを中心とする北部の料理、リマの料理の差異が言及されることも多い。
 しかし、冒頭で紹介した日本語の記事のように、また世界的に、「ペルー料理」という言葉で理解される料理は、そしてペルー人自身が時にその語によって示す料理は、大体がクリオージャ料理である。ここにはリマを中心とした植民地支配の歴史と、現在も続く首都一極集中の社会構造が反映されている。その所作を反復し、そのあり方に加担するようで心苦しいが、と言い訳した上で、本記事はペルー料理という語でクリオージャ料理を呼び習わす。

注2)
 ここで、私が見てきた限られた範囲でペルー料理について一般化できるのか、といったことを問い始めれば文化人類学の専門的な議論になって行くのですが、それはここではおいておきます。

注3)
 本記事で紹介する「牛肉の黄色唐辛子とパクチーとペルーかぼちゃ煮込み」は、ペルー人に言わせれば正統ではありません。パクチーとかぼちゃを使った「セコ」は北部のやり方で、北部では牛肉ではなく羊肉を使うのが本道であるためです。牛肉を使う「セコ」はリマのもので、そこではかぼちゃを使わないのが普通とされています。味付けと素材の組み合わせ、変異と地域性という問題には多くの考えるべき点がありますが、それは稿を改めて。

注4)
 「クリオージャ」は英語で言えば「クレオール」です。多くの人がクレオールという言葉を聞いて思い浮かぶのは、おそらくどこかで習った、クレオール言語、すなわち複数の言語が混ざってできた言語のことでしょう。しかしクレオールとは、「植民地生まれ」のことです。ここで「植民地のソース」と訳するのは適切だと感じられなかったため、スペイン語の音のまま「クリオージャ・ソース」としました。
 とはいえ、「クリオージャ・ソース」とぐぐっていただければわかっていただける通り、ラテンアメリカ各国でクリオージャ・ソースと呼ばれているものの内実はかなり異なります。だから本当は、この記事で扱うものは「ペルーのクリオージャ・ソース」とでも呼ぶべきなのかもしれません。こういう単語をどう処理しているのかラテンアメリカ研究者と議論してみたいものです。

注5)
 パプリカや唐辛子を含むナス科の野菜はそもそも南米のペルーを含む地域に起源を持つ。煮込みのベースとして、ペルーの唐辛子類、スペイン・ハンガリーのパプリカには用法の類似があるが、植物そのものの伝播とともに用法も伝わったのかもしれない。要調査。

これから書きたいと思っているのは「家でできる日本酒の作り方」「ペルー料理を理解するための料理・レストランガイド」「セビーチェのすべて」「ペルー料理を日本料理化する:日秘料理の構想」「砂漠への虚無旅」です!乞うご期待!