京大ロー 令和3年度(2021年度) 刑事訴訟法

第1.警察官による取り調べであった場合
1.検察官は、立証事項を「Xが会社の金を横領したこと」として本件調書の証拠調請求をすることが考えられる。
この場合、本件調書は、伝聞証拠(刑訴法320条1項)に当たり、原則としてその証拠能力が否定されないか。
(1)刑訴法320条1項の趣旨は、知覚・記憶・表現・叙述の各過程に誤りが入る危険のある供述証拠のうち、反対尋問等によってその真実性を吟味・確保することができない公判廷外供述の証拠能力を原則として否定する点にある。
そこで、伝聞証拠とは、①公判廷外の供述を内容とする証拠で②当該公判廷外供述の内容の真実性を証明するために用いられるものをいうと解する。
(2)本件調書は、警察官がAの供述を録取した供述書であるから、Aの公判廷外供述を内容とするものである(①充足)。

また、検察官は立証事項を「Xが会社の金を横領したこと」として本件調書の証拠調請求をしているため、本件調書は、その内容たる Xが会社の金を横領したこと の真実性を証明するために用いられるものであるといえる(②充足)。
(3)したがって、本件調書は伝聞証拠に当たり、証拠能力が否定されるのが原則である。
2.もっとも、本件調書は 「被告人以外の者」であるAの公判廷外の「供述を録取」したものであるから、刑訴法321条1項3号の「書面」に当たる。
そのため、本件調書は、Aの「署名若しくは押印」(刑訴法321条1項)があり、かつ、刑訴法321条1項3号の要件を満たす場合には、同号により証拠能力が認められる。
(1)刑訴法321条1項3号が掲げる供述不能事由は例示列挙と解され、当該列挙事由と同様またはそれ以上の事由がある場合には、「供述することができ」ないといえると解する。
(2)Aは、公判における証人尋問で「Xが横領していたことは知らない」旨の供述をしており、刑訴法321条1項3号が掲げる供述不能事由と同様またはそれ以上の事由があるとはいえない。
(3)したがって、Aが「供述することができ」ないとはいえないため、本件調書は刑訴法321条1項3号の要件を満たさない。
そのため、検察官が 立証事項を「Xが会社の金を横領したこと」とした場合には、本件調書は証拠能力が認められない。

3.そうだとしても、検察官は、立証事項を「Aが公判準備または公判期日における供述と矛盾する供述をしたこと」として本件調書の証拠調請求をすることが考えられる。
本件調書が、公判期日における Aの「Xが会社の金を横領したことは知らない」との供述の証明力を争うための「証拠」(刑訴法328条)に当たれば、本件調書は 刑訴法328条により証拠とすることができる。では、本件調書が同条により証拠とすることができる「証拠」に当たるか。
(1)刑訴法328条は、公判準備または公判期日における被告人等の供述が 別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより当該供述の信用性の減殺を図ることを許容することを示す確認規定であると解される。
そこで、同条により証拠とすることができる弾劾証拠は、自己矛盾供述を内容とする証拠に限られると解する。
また、自己矛盾供述がなされたという事実は 厳格な証明を要する実質証拠の証明力に影響を及ぼす補助事実として機能するから、その立証は自由な証明では足りず、厳格な証明を要すると解される。
そのため、「証拠」として刑訴法328条により証拠能力が認められるためには、刑訴法の定める要件である 供述者の署名もしくは押印(刑訴法321条1項柱書参照)が必要であると解する。
(2)本件調書がその内容とする 「Xが会社の金を横領した」との供述は、公判期日における Aの「Xが会社の金を横領したことは知らない」との供述と矛盾するAの供述であり、自己矛盾供述に当たる。
(3)したがって、本件調書に供述者たるAの署名もしくは押印がある場合には、本件調書は「証拠」に当たり、刑訴法328条により証拠とすることができる。

第2.検察官による取り調べであった場合
1.検察官は、立証事項を「Xが会社の金を横領したこと」として本件調書の証拠調請求をすることが考えられるが、この場合、第1.1.で述べたとおり、本件調書は伝聞証拠に当たり、証拠能力が否定されるのが原則である。
2.もっとも、本件調書は 「被告人以外の者」であるAの公判廷外の検察官の面前における「供述を録取」したものであるから、刑訴法321条1項2号の「書面」に当たる。
そのため、本件調書は、Aの「署名若しくは押印」(刑訴法321条1項)があり、かつ、刑訴法321条1項2号の要件を満たす場合には、同号により証拠能力が認められる。
(1)刑訴法321条1項2号における「供述することができ」ないとは、同項3号と同義であり、同号が掲げる供述不能事由と同様またはそれ以上の事由がある場合には、「供述することができ」ないといえると解されるが、Aは、公判における証人尋問で「Xが横領していたことは知らない」旨の供述をしており、刑訴法321条1項3号が掲げる供述不能事由と同様またはそれ以上の事由があるとはいえない。もっとも、本件調書がその内容とする「Xが会社の金を横領した」とのAの供述は、Aの公判期日における「Xが横領していたことは知らない」旨の供述と「相反する」供述である。
(2)相対的特信情況の有無は、供述時の外部的付随事情を基準として判断し、当該供述の内容はこのような外部的付随事情を推知する限りにおいて判断資料として用いることができると解される。
①XとAとが上司・部下の関係にあったこと②Aの公判期日における上記供述はXの面前でなされたものであること③Aが「Xは厳しい上司である」旨を供述していること を考慮すると、Aの公判期日における上記供述は Xの面前で萎縮し又は報復等を恐れてなされたものと推知できる。
そうすると、Aの公判期日における上記供述より、本件調書がその内容とするAの上記供述を信用すべき特別の情況(相対的特信情況)が存するといえる。
(3)したがって、本件調書は、Aの「署名若しくは押印」がある場合には、刑訴法321条1項2号により証拠能力が認められる。

3.加えて、検察官は、立証事項を「Aが公判準備または公判期日における供述と矛盾する供述をしたこと」として本件調書の証拠調請求をすることが考えられる。
そして、第1.3.で述べたとおり、本件調書に供述者たるAの署名もしくは押印がある場合には、本件調書は「証拠」に当たり、刑訴法328条により証拠とすることができる。

以上


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