京大ロー 令和3年度(2021年度) 商法

第1問
第1.小問(1)
1.P社は、D・E2名に招集通知が発せられずになされた本件決議は無効であり、本件契約は 取締役会決議を経ていない「重要な財産の処分」(会社法362条4項1号)に当たり無効である と主張して争うことが考えられる。 
2.本件決議には、P社取締役D・Eへの招集通知の欠缺(会社法368条1項違反)という瑕疵がある。かかる瑕疵により、本件決議は無効となるか。
(1)瑕疵のある取締役会決議の効力につき会社法に明文の定めはないが、一般原則に従い、瑕疵のある取締役会決議の効力は原則として無効であるが、かかる瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさない軽微な手続的瑕疵である場合に限り、当該瑕疵により決議は無効とはならないと解される。
(2)本件決議は、出席者3名のうちA・B2名の賛成により可決されているところ、D・Eが本件決議にかかる取締役会に出席して 本件契約を承認する議案に賛成しなかったとすると、出席者5名のうちA・B2名の賛成しかなく否決されるはずであった(会社法369条1項)。そうすると、上記瑕疵は決議の結果に影響を及ぼさないものとはいえない。
(3)したがって、原則通り、本件決議は無効である。
3.本件契約は「重要な財産の処分」に当たるか。
(1)「重要な財産の処分」に当たるか否かは、①当該財産の価額②その会社の総資産・資本金に占める割合等の事情を総合的に考慮して判断されると解する。
(2)本件契約の目的である本件土地は、その帳簿価額が5億円の高額なものである(①)。また、その帳簿価額5億円は、P社総資産80億円の約6%、P社資本金3億円の約167%に及ぶものである(②)。
(3)以上の事情を考慮すると、本件契約は「重要な財産の処分」に当たるため、取締役会決議を経る必要があった。
4.では、P社取締役会決議を経ていない「重要な財産の処分」たる本件契約は無効となるか。
(1)会社法362条4項に反する代表取締役の行為は、取締役会による内部的意思決定を欠くにとどまるから、原則として有効であると解する。
もっとも、会社の真意と異なる意思表示が行われた場合(民法93条1項)と同視できるため、民法93条1項ただし書を類推適用し、相手方が有効な取締役会決議を経ていないことにつき悪意又は有過失の場合には、例外的に無効になると解する。
(2)本件契約の相手方であるQ社が、「重要な財産の処分」に当たる本件契約がP社取締役会決議を経ていないことを知っていた または過失により知らなかったといえるような事情はない。
(3)したがって、本件契約は有効であるから、上記主張は認められない。

第2.小問(2)
1.P社は、本件契約は 帳簿価格1000万円以上の財産の処分につき取締役会の承認を要求するP社定款規定に反し無効であると主張して争うことが考えられる。かかる主張が認められるか。
(1)代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有し(会社法349条4項)、かかる権限に加えた内部的制限は、善意の第三者に対抗することができない(会社法349条5項)。
(2)本件では、本件契約の相手方であるQ社が 本件契約が上記定款規定に反することを知っていたとの事情は見受けられない。そのため、Q社は、本件契約が上記定款規定に反することについて善意であるといえる。
(3)したがって、本件契約について上記定款規定違反があったことをQ社に対抗することはできないから、上記主張は認められない。

第3.小問(3)
1.P社は、本件契約は P社代表取締役が自己の利益を図るためにしたものであるから、代表権の濫用に当たり無効であると主張して争うことが考えられる。かかる主張が認められるか。
(1)代表取締役は 株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有するから、代表権濫用行為もその権限内の行為として 原則として有効であると解する。
もっとも、代理に関する民法の規定は代表権に適用されると解される(会社法356条2項参照)から、民法107条の適用により、相手方が代表権の濫用につき悪意又は有過失の場合には、例外的に無効になる(民法113条1項)と解する。
(2)本件では、本件契約の相手方であるQ社がAが代表権を濫用する意図を知っていた または過失により知らなかったといえるような事情はない。
(3)したがって、原則どおり、本件契約は有効であるから、上記主張は認められない。

第2問
第1.問①
1.R社は、Q社に対して、本件債務の履行として2億円の支払を請求をしている。
上記請求が認められるためには、Q社が R社に対して 本件債務を負っている必要がある。しかし、Q社は、本件譲渡の際に P社から本件債務を承継していない。そのため、R社に対して本件債務を負っているのはQ社ではなくP社であるから、上記請求は認められないのが原則である。
2.次に、Q社は、P社のホテル事業の名称のみを続用しており、P社のマンション賃貸業の名称を続用していないから、商号続用者の責任(会社法22条1項)の類推適用により 本件債務を弁済する責任を負うことはない。
また、Q社は、P社のホテル事業を譲り受けた旨を内容とする挨拶状を配布しているが、これを P社のマンション賃貸業によって生じた債務を引き受ける旨の通知と評価できる余地はない。そのため、R社は、Q社に対して、債務を引き受ける旨の広告をした者の責任(会社法23条1項)により 本件債務の弁済を請求することはできない。
3.もっとも、本件譲渡は、損失が膨らんでいるマンション賃貸業のみをP社に残して、特に問題が生じていないホテル事業をQ社に譲渡するものである。そのため、本件譲渡は詐害事業譲渡(会社法23条の2第1項)に当たり、R社は、Q社に対して、Q社が承継した財産の価額を限度として、本件債務の履行を請求することができないか。
(1)本件譲渡は、P社の資産8億円と負債7億8000万円をQ社が承継して その対価として1000万円相当のQ社株式をP社に発行するものである。これにより、P社の資産額から負債額を差し引いた額は1000万円減少し、P社の R社に対する本件債務の弁済はより困難となるから、本件譲渡は残存債権者R社を害するものといえる。
(2)R社は、本件譲渡前に行われたP社・Q社との三者会談において、本件譲渡により本件債務の弁済を受けることが困難となることを理由に 両社の代表者に対して本件譲渡を実行しないよう求めていた。そのため、P社は 本件譲渡が残存債権者R社を害することを知っており、また、Q社も本件譲渡の効力が生じた時において 本件譲渡が残存債権者R社を害することを知っていたといえる。
(3)残存債権者の保護を図るため、承継会社が財産のみならず債務も承継した場合、「承継した財産の価額」は文言通り当該財産の価額であると解される。
そのため、Q社が「承継した財産の価額」は8億円である。
(4)したがって、R社は、Q社に対して、8億円を限度として本件債務の履行を請求することができるから、本件債務の全額2億円の支払を請求できる。

第2.問②
1.本件譲渡の対価として1000万円相当のQ社株式がP社に発行された場合、本件譲渡によりP社の資産額から負債額を差し引いた額は変動しないから、本件譲渡は残存債権者R社を害するものとはいえず、本件譲渡は詐害事業譲渡に当たらない。
そのため、かかる場合には 問①の場合とは異なり、R社はQ社に対して会社法23条の2第1項に基づく請求をすることはできない。

以上


その他の答案へのリンク

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?