京大ロー 令和2年度(2020年度) 商法

第1問
小問(1)
第1.P社は、R銀行に対して、本件保証契約は①有効な取締役会決議を経ていない間接取引(会社法356条1項3号、365条1項)②有効な取締役会決議を経ていない「多額の借財」(会社法362条4項2号)③300万円以上の債務の保証につき取締役会の承認を要求するP社定款規定に反する代表取締役の行為 に当たり無効であると主張し、R銀行に支払った530万円が「無効な行為に基づく債務の履行」(民法121条の2第1項)に当たることを理由に 原状回復請求(民法121条の2第1項)として上記530万円の返還を請求することが考えられる。

第2.①の主張
1.本件保証契約が間接取引に当たるか。
(1)本件保証契約は、P社 と P社「取締役以外の者」であるR銀行 との間の取引である。
(2)「利益が相反する取引」とは、外形的・客観的に会社の犠牲において取締役に利益が生じる取引をいう。
本件保証契約は、P社が Q社がR銀行に対して負う借入金債務を保証するものである。そして、P社取締役Bは、Q社株式の80%以上を保有し Bの親族名義の持株も合わせると実質的にQ社全株式を保有していた。そうすると、Q社の損益は全てBに帰属するといえるから、本件保証契約は 外形的・客観的にP社の犠牲においてP社取締役Bに利益が生じる取引といえる。
そのため、本件保証契約は、P社とBとの「利益が相反する取引」に当たる。
(3)したがって、本件保証契約は間接取引に当たり、有効な取締役会決議を経る必要があった。
2.P社は、本件決議は(a)「重要な事実」(会社法356条1項柱書)が開示されていなかったという瑕疵があり間接取引の承認決議とは評価できない(b)特別利害関係取締役(会社法369条2項)であるBが議決権を行使したという瑕疵があり無効である と主張することが考えられる。
(1)(a)の主張の適否
ア.「重要な事実」とは、間接取引が会社に及ぼす影響を判断するために必要な事実をいう。
本件では、Bが実質的にQ社全株式を保有しているという事実は、本件保証契約の間接取引該当性を基礎付ける事実であるから、本件保証契約がP社に及ぼす影響を判断するために必要な事実といえる。そして、本件決議の際に、上記事実は開示されていなかった。
そのため、上記事実は「重要な事実」に当たり、本件決議には「重要な事実」である上記事実が開示されていなかったという瑕疵がある。
イ.「重要な事実」が開示されずになされた取締役会決議は、間接取引が会社に与える影響を判断するための資料なく なされたものといえるから、間接取引の承認決議とは評価できないと考える。
そのため、本件決議は間接取引の承認決議とは評価できない。
(2)(b)の主張の適否
ア.(ア)会社法369条2項の趣旨は、一切の私心を去って 会社に対して負担する忠実義務(会社法355条)に従い公正に議決権を行使することが困難な者をあらかじめ決議から排除して 決議の公正を期す点にあるから、特別利害関係取締役とは、会社に対して負う忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係を有する取締役をいうと解する。
(イ)上記の通り、Bは実質的にQ社全株式を保有しており、Q社の損益は全てBに帰属するといえる。そうすると、Bが Q社の債務を保証する本件保証契約の承認決議にかかる議案について P社に対して負う忠実義務に従い公正に議決権を行使することは期待しがたく、かえって自己の利益を図って議決権を行使するおそれがあるから、Bは、P社に対して負う忠実義務を誠実に履行することが定型的に困難と認められる個人的利害関係を有するといえる。
(ウ)したがって、Bは特別利害関係取締役に当たるから、本件決議には特別利害関係取締役であるBが議決権を行使したという瑕疵がある。
イ.(ア)瑕疵のある取締役会決議の効力につき会社法に明文の定めはないが、一般原則に従い、瑕疵のある取締役会決議の効力は原則として無効であり、かかる瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさない軽微な手続的瑕疵である場合に限り、当該瑕疵により決議は無効とはならないと解される。
(イ)本件決議は、出席者5名のうちA・B・C3名の賛成で可決されているところ、Bが出席していなければ 出席者4名のうちA・C2名の賛成しかなく否決されるはずであった(会社法369条1項)。そうすると、上記瑕疵は決議の結果に影響を及ぼさないものとはいえない。
(ウ)したがって、原則通り、本件決議は無効である。
(3)上記の通り、本件保証契約は 有効な取締役会を経ていない間接取引に当たるが、その効力をいかに解すべきか。
ア.会社利益の保護を図るため、取締役会決議を経ていない間接取引は無効であると解する。もっとも、取引安全の見地から、①当該取引が間接取引に該当すること及び②株主総会・取締役会の承認を受けていないことを間接取引の相手方が知っていることを会社側が主張・立証してはじめて、会社は相手方に対し間接取引の無効を主張できると解する。
イ.したがって、P社は、本件保証契約が間接取引に当たり、R銀行が 本件保証契約が有効な取締役会決議を経ていないことを知っていたことを主張・立証した場合には、本件保証契約が無効であることをR銀行に主張でき、上記請求は認められる。

第3.②の主張
1.債務の保証も「借財」に当たると解されるところ、本件保証契約が「多額の借財」に当たるか。
(1)「多額の借財」に当たるか否かは、①当該借財の価額②その会社の総資産・資本金に占める割合③会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断されると解する。
(2)確かに、300万円以上の債務の保証につき取締役会の承認を要求するP社定款規定があることから、P社においては500万円の債務を保証する本件保証契約のような300万円以上の債務の保証は「多額の借財」として扱われていたといえる(③)。もっとも、P社が保証した債務は500万円であってそれほど高額とはいえず(①)、また、その債務額500万円は、P社総資産約190億円の約0.3%、P社資本金1億円の5%にすぎない(②)。
(3)以上の事情を考慮すると、本件保証契約は「多額の借財」に当たらず、②の主張は認められないから、上記請求は認められない。

第4.③の主張
1.本件契約は、P社代表取締役Aが、P社を代表してR銀行との間で締結したものと考えられる。そうすると、第2.2.(2)で述べたとおり、本件決議は無効であるから、本件契約は 300万円以上の債務の保証につき取締役会の承認を要求するP社定款規定に反する代表取締役の行為として無効ではないか。
(1)代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有し(会社法349条4項)、かかる権限に加えた内部的制限は、善意の第三者に対抗することができない(会社法349条5項)。
(2)本件では、本件保証契約の相手方であるR銀行は、P社の定款及び本件決議の議事録の写しを入手していたことから、本件決議が無効であること及び本件保証契約の締結が上記定款規定違反に当たることにつき知っていたといえる余地がある。
(3)したがって、R銀行が本件決議が無効であること及び本件保証契約の締結が上記定款規定違反に当たることにつき知っていた場合には、本件保証契約は無効となり、上記主張は認められる。

小問(2)
1.P社は、A・B・C・D・Eに対して、本件保証契約によりP社に生じた530万円の「損害」につき、任務懈怠に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
(1)Bは、間接取引に当たる本件保証契約につき利益相反取締役に当たるから、その任務懈怠が推定される(会社法423条3項1号)。
(2)A・Cは、本件保証契約を承認した本件決議に賛成しているから、その任務懈怠が推定される(会社法423条3項3号)。
(3)Eは、本件決議について棄権しているが、本件決議の議事録に異議をとどめていないため、本件決議に賛成したものと推定される(会社法369条5項)から、かかる推定を覆せなかった場合には、その任務懈怠が推定される(会社法423条3項3号)。
(4)したがって、A・B・C・Eが上記推定を覆せなかった場合には、これらの者に対する上記請求は認められる。
また、Dの任務懈怠、すなわち善管注意義務(会社法330条、民法644条)違反、忠実義務(会社法355条)違反、及び具体的法令・定款違反(会社法355条)を主張・立証した場合には、Dに対する上記請求も認められる。

第2問
省略

以上

P.S.
本問では、「多額の借財」及び内規違反の代表取締役の行為の2点も問題となりうると考えたので、一応勉強のために書きました。
しかし、
①本番は時間制限が厳しいこと
出題趣旨・採点基準は利益相反取引についてしか言及していないこと
③本件保証契約は、500万円という一見して多額とはいえない額の債務保証であること(「多額の借財」を聞きたいのならばもっと高額にするはず)
④「P社代表取締役A」ではなく「P社」が本件保証契約を締結したと問題文に書かれていること
⑤2021年度(令和3年度)の問題で「重要な財産の処分」及び内規違反の代表取締役の行為が問われていること
を考慮すると、利益相反取引(間接取引)についてのみ書くことを要求されている気がします(書くとしても「多額の借財」の否定くらいか)。
京大ロー入試は、全ての考えうる論点を書いた場合には時間不足で死ぬ科目が多いので、どの論点がメインなのかを見極めることが重要であると感じました。
ちなみに、私は2年前に受けた際「多額の借財」のみを書いた結果、40点台でした。


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