京大ロー 令和元年度(2019年度) 民法

第1問
問1
第1.(1)の場合
1.Aは、Bに対して、甲売買契約(民法555条 以下「本件売買契約」という)にかかる意思表示の錯誤取消し(民法95条1項2号)を主張し、これにより本件売買契約が遡及的に無効となる(民法121条)ことを理由に 原状回復請求(民法121条の2第1項)として甲の返還を請求する。
Aは、本件売買契約が無効である場合には上記請求をすることができる。では、Aの上記錯誤取消しの主張が認められ、本件売買契約が遡及的に無効となるといえるか。
(1)Aは、甲を1億円で売却する意思を有し、かかる意思を表示しているので、本件売買契約にかかる「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(民法95条1項1号)があったとはいえない。
もっとも、Aは、甲が安信作の日本画であると考えて本件売買契約締結を決意したが、実際は甲は守信作の日本画であったのであるから、Aが「法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」(民法95条1項2号)があったといえる。また、本件売買契約にかかる意思表示はその「錯誤に基づくもの」(民法95条1項柱書)である。
(2)甲が安信作の日本画であるか守信作の日本画であるかは、甲の美術品としての価値に大きな影響を及ぼす事項であり、また、その判定額には大きな差があることから、上記錯誤がなければ通常人は本件売買契約にかかる意思表示をしなかったといえる。
そうだとすれば、上記錯誤は「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」(民法95条1項柱書)であるといえる。
(3)本件売買契約の当事者であるA及びBは、甲が安信作の日本画であると認識し 安信作の日本画である甲を売買しようと考えており、このことを前提として本件売買契約を締結したといえる。そうだとすれば、甲が安信作の日本画であるという事情は法律行為の内容になっているといえる。
そうだとすれば、甲が安信作の日本画であるという「事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」(民法95条2項)といえる。
(4)本件では、甲を鑑定した結果、甲が守信作の日本画であることが判明しており、当該鑑定が特に高度な手法を用いてなされた等の事情もない。そうすると、上記錯誤は、甲について何ら鑑定等の措置をとらず これが安信作の日本画であると漫然と認識していたAの「重大な過失」(民法95条3項柱書)によるものと評価できる余地がある。
もっとも、本件では、Bも Aと同様に、甲が安信作の日本画であると認識し 安信作の日本画である甲を売買しようと考えていた。そうすると、Bは、Aと「同一の錯誤」(民法95条3項2号)に陥っていたといえる。
そのため、上記錯誤がAの「重大な錯誤」によるものであることを理由に、Aが上記錯誤取消しをすることはできないとされることはない。
(5)したがって、Aの上記錯誤取消しの主張が認められ、本件売買契約は遡及的に無効となるから、Aは上記請求をすることができる。

第2.(2)の場合
1.Aは、Bに対して、本件売買契約にかかる意思表示の錯誤取消しを主張し、これにより本件売買契約が遡及的に無効となることを理由に 原状回復請求として甲の返還を請求する。
Aは、本件売買契約が無効である場合には上記請求をすることができる。では、Aの上記錯誤取消しの主張が認められ、本件売買契約が遡及的に無効となるといえるか。
(1)上記のとおり、本件では、Aが「法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」があり、本件売買契約にかかる意思表示はその「錯誤に基づくもの」であり、上記錯誤は「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」である。
(2)本件売買契約の売主であるAは 甲が安信作の日本画であると認識し 安信作の日本画である甲を売却しようと考えており、買主であるBは 甲が狩野派の作品である日本画であると認識し 狩野派の作品である日本画甲を購入しようと考えていた。そして、AがBに対して 甲が安信作の日本画であると伝えていて Bがこれを了承していたかは定かではない。
そのため、甲が安信作の日本画であるという事情が法律行為の内容になっているといえ、甲が安信作の日本画であるという「事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」といえるか否かは本問では不明である。
(3)上記のとおり、上記錯誤は、Aの「重大な過失」によるものと評価できる余地がある。また、Bは 甲が狩野派の作品である日本画であると認識しており、甲が安信作の日本画であると認識していたわけではないから、Aと「同一の錯誤」に陥っていたとはいえない。
(4)したがって、甲が安信作の日本画であるという「事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていた」といえ、かつ①上記錯誤がAの「重大な過失」によるものではない場合 及び ②上記錯誤がAの「重大な過失」によるものではあるものの、Bが Aの上記錯誤を「知り、又は重大な過失によって知らなかった」(民法95条3項1号)場合 には、Aの上記錯誤取消しの主張が認められ、本件売買契約は遡及的に無効となるから、Aは上記請求をすることができる。

問2
1.Aは、Cに対して、自己が所有する甲をCが占有していることを理由に 所有権(民法206条)に基づく返還請求として 甲返還請求をする。
上記請求が認められるためには、AがCに対して甲の所有権を対抗することができる必要がある。もっとも、Cは「第三者」(民法95条4項)に当たり、Aは上記錯誤取消しをCに対抗できず、その結果、Aは甲の所有権をCに対抗できないのではないか。
(1)取引安全を図るという同項の趣旨から、「第三者」とは、錯誤取消し前に 錯誤による意思表示によって生じた法律関係について利害関係を有するに至った者をいうと解する。
(2)(1)の場合、Cは、Aによる上記錯誤取消し前に、BC間の甲売買契約を締結し、甲について利害関係を有するに至ったといえる。
(2)の場合、Cは、Aによる上記錯誤取消し後にBC間の甲売買契約を締結しているから、上記錯誤取消し前に甲について利害関係を有するに至ったとはいえない。
(3)したがって、(2)の場合には Cは「第三者」に当たらないが、(1)の場合には Cは「第三者」に当たる。また、Cは Aの上記錯誤を知らず、またこれを知らなかったことにつき過失があるといえるような事情はないから、「善意でかつ過失がない」といえる。

そのため、(1)の場合には、Aは上記錯誤取消しをCに対抗できず、上記請求は認められない。一方で、(2)の場合には、Aは上記錯誤取消しをCに対抗でき、上記請求は認められるとも思える。
2.もっとも、(2)の場合であっても、上記錯誤取消後に 甲の引渡しを備えていないAは、「第三者」(民法178条)であるCに甲の所有権を対抗できないのではないか。
(1)取引安全を図るという同項の趣旨から、「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者であって、動産物権変動についての引渡しの不存在を主張する正当な利益を有する者をいうと解する。
そして、取消しの遡及効は一種の法的擬制にすぎず、復帰的物権変動を観念できる。

そこで、取消権者と取消し後の第三者とは、被解除者を起点とした二重譲渡の当事者として対抗関係に立ち、当該第三者は対抗要件としての引渡しを備えれば民法178条の「第三者」に当たると解する。
(2)Cは、Bから甲の現実の引渡し(民法182条1項)を受けているから、引渡しを備えたといえる。
(3)したがって、(2)の場合には、Cが背信的悪意者である等 甲の物権変動についてのAの引渡しの不存在を主張する正当な利益を有しないといえるような特段の事情がある場合に限り、Cは「第三者」に当たらず、Aは 甲の所有権をCに対抗でき、Aは上記請求をすることができる。

第2問
1.Bは、Aに対して、AB間の 甲の修理の請負契約(民法632条 以下「本件請負契約」という)の仕事である甲の修理を完成したことを理由に、本件請負契約に基づく報酬請求として、50万円の支払いを請求している。
2.事故原因が修理のミスにあった場合
これに対して、Aからは、本件請負契約の目的物甲に修理ミスという契約不適合(民法562条1項)があり これを原因とする交通事故により 甲の滅失や治療費という損害が発生したことを理由に、修補に代わる損害賠償請求権の発生(民法559条、564条、415条2項1号)を主張し、この損害賠償と上記報酬請求との同時履行(民法533条本文)の抗弁を主張して、上記損害賠償がされるまで50万円の支払を拒絶するとの反論が想定される。
注文者の請負人に対する損害賠償請求権 と 請負人の注文者に対する報酬請求権とは同時履行の関係に立つ(民法533条かっこ書)ところ、両者はいかなる範囲で同時履行の関係に立つか。
(1)修補請求権と報酬請求権との同時履行が問題となる局面 と 修補に代わる損害賠償請求権との同時履行が問題となる局面との間の均衡を図るため、修補に代わる損害賠償請求権をもって報酬残代金債権全額の支払いを拒むことが信義則(民法1条2項)に反すると認められる場合を除き、損害賠償請求権 と 報酬請求権全体とが同時履行の関係に立つと解する。
(2)したがって、Aは、上記損害賠償請求権をもって50万円の支払いを拒むことが信義則に反すると認められる場合を除き 上記同時履行の抗弁を主張して50万円の支払いを拒むことができ、Bの上記請求は認められない。
また、上記損害賠償請求権と上記報酬請求権とは、共に「弁済期にある」金銭債権であるから、AとBとは「互いに同種の目的を有する債務を負担」している。そのため、Aは、上記損害賠償請求権を自働債権、上記報酬請求権を受働債権とする相殺(民法505条1項)の抗弁を主張して、上記損害賠償相当額の支払いを拒むことができる。
3.事故原因が修理のミスではなかった場合
Aは、本件請負契約の目的物甲に修理ミスという契約不適合(民法562条1項)があり、また甲が滅失していることを理由に、報酬の減額を請求(民法559条、563条2項1号)することができる。
そのため、Bは、上記契約不適合の程度に応じて減額された報酬の支払いのみを請求できる。

以上


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